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野獣との邂逅



──ぼくもみんなも、大丈夫なんだろうか…?


ジャンティーがひとり不安で震えていると、突然、天地がひっくり返ったかのようなゴーッという物音が聞こえてきた。



気がつくと、ジャンティーの目の前に見るも恐ろしい野獣の姿がそこにあった。


体をガタガタと震わせながらも、ジャンティーは気丈にも必死に耐えていた。


「お前が、あの男の息子か?」

野獣が真っ赤な瞳をギラギラ光らせて、ジャンティーを見下ろした。

「…は、はい、ぼくが、そうです。先日ここに来たシャルルの息子です。名前はジャンティーといいます」

恐怖と戦いながら、ジャンティーはなんとか声を絞り出した。

冷たい空気を吸った喉の奥が、わずかに痛む。


「そうか、ジャンティーというのか。いい名前だ。よくぞここまでやって来た」

「はい、ご主人さま。あなたに一生懸命お仕えすることを誓います。なんなりと御用をお申し付けくださいませ。その代わり、父や妹たちには決して手出ししないと約束してください」

ジャンティーは深々とお辞儀をした。

野獣はこの約束を聞き入れてくれるだろうか。

不安に感じつつ、ジャンティーは返答を待った。


「ああ、わかっているとも、約束しよう。それと、わたしのことを「ご主人さま」などと呼ぶんじゃない、ジャンティー。ここでは、お前のほうが主人なんだ。そして、わたしのほうが、お前に仕えるしもべなんだ」

野獣は急に、わけのわからないことを口走った。


──どういうことだ?



「ついておいで、城の中へ入ろう。中を案内してやるから」

なんのことなのかまったく分からないでいるジャンティーに、野獣が手まねきしてきた。

言ってから野獣が歩き出したので、ジャンティーは戸惑いながらも付き従った。




─────────────────────


──この城の中、ぜんぶぜんぶ、お父さまの言ったとおりだ



野獣の後をついていくと、城の門がひとりでに開き、門内に入るとひとりでに閉じた。

そこからさらに進んで鉄の門扉をくぐり、城内に入っていくと、石造りの回廊に出迎えられる。

シャルルがジャンティーたちに話して聞かせたとおりの情景が、そこに広がっていた。


また、城内は異様に広く、いま住んでいる一軒家、いや、かつて住んでいた屋敷すら比べ物にならないくらいだ。


部屋数がいくつあるのかもわからない城内をあちこち案内され、ジャンティーは目が回る思いだった。


──こんなに広くて部屋がたくさんあるようなお城だと、掃除なんかも大変そうだな。迷子になってしまいそう


どの部屋にも天井からは豪奢な水晶のシャンデリアが下がっていて、窓にはどっしりしたダマスク織りのカーテン、天井には天使や神話の神々を描いた珍しいフレスコ画、周囲の壁には手の込んだタペストリーや、緻密に描かれた風景画なんかが飾られている。


床にはつづら折りの絨毯に、優美な装飾が見事な猫脚の椅子やテーブルやキャビネット、大理石の暖炉。


──うっかり壊そうものなら、何をされるかわからないな。どれも見るからに高価だし…扱いには気をつけないとな



「ジャンティー、ここに入れ」

ジャンティーの心配をよそに、野獣がある部屋の前でピタリと止まったかと思うと、そこのドアを開けて、ジャンティーに促してきた。


ジャンティーが言われたとおりにその部屋へ入っていくと、そこは、これまで見た部屋のどれよりも広くて装飾豊かな部屋だった。


「ジャンティー、それを開けてみろ」

野獣が、隅に置かれた大きな衣装箪笥を指差す。


「…はい」

ジャンティーは衣装箪笥に近づいていくと、繊細な彫刻が施された観音開きの扉を恐る恐る開いた。

そこにはなんと、色とりどりの錦や絹でできた服がぎっしりと並べられていた。


さらに野獣は、テーブルの上に置いてある大きな宝石箱を開けるように促してきた。

言われるままに宝石箱のフタを開けてみると、中にはジャンティーが見たこともないような豪華な宝飾品が、綺麗に並び入れられていた。


ルビーにサファイア、エメラルドにダイヤモンド、トパーズにアメジスト。

指輪に腕輪にネックレスにイヤリング。

それらの大小さまざまな宝飾品が、キラキラとまばゆいばかりの輝きを放つ。


「ここにある服も宝石も、みんなお前のものだ。好きに使っていいんだよ」

 

まるで、これから嫁いでくる花嫁のために用意されたプレゼントのようだと、ジャンティーは思った。


さらに、どうしたことだろうか。

自分の胸に、かすかな安心感が芽生えていることに気がついた。


──もしこの野獣がぼくを取って食べようなんて考えているなら、とっくの昔にそうしてるはずだ


そうでなければ、こんなものを寄越してくれるわけがない。


「ここでは、お前が主人なんだ。何でも自由に使うといい。お前に仕える召し使いも大勢用意しておいた。だから、望みがあれば何なりと言ってくれ」

野獣が優しく説き伏せるように話す。

そのせいか、さっきまで大きかった野獣への恐怖心が徐々に小さくなっていった。


「でも、ご主人さま…」

「さっきも言っただろう。わたしを「ご主人さま」なんて呼ぶんじゃない」

戸惑うジャンティーの言葉を、野獣が遮る。

「で、では…なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」


「そうだな、わたしの名前はウォルターというんだ。だから、名前で読んでおくれ」

「かしこまりました。では、ウォルター様とお呼びしますね。それで、ウォルター様。ぼくはここで何をすればよろしいのでしょうか?ぼくはてっきり、ここで家事や庭仕事の奉公をするものと思っておりました」


「ただ、ここにいてくれるだけでいいんだ」

「え…」

予想外の言葉に、ジャンティーは小さく声を漏らした。


「ただ生きて、ここにいてくれるだけでいいんだ。たとえば、その宝石箱に入った宝石を身につけて、その衣装箪笥の中にある服を着て、鏡にその姿を映すだけでもいい。そうだ、さっき書斎に案内しただろう?」

「ええ…」


それなら覚えている。

広い部屋いっぱいに背の高い本棚が所狭しと並べられていて、そこに何千何万冊という本がぎっしり入っていた部屋だ。


「そこにある本を読んで、一日過ごすだけというのもいい」


相変わらず、野獣の言っていることは理解できない。

ジャンティーはまたしても困惑するばかりだったし、野獣があまりに優しいから、かえって気味の悪さすら感じた。


しかし、それを口に出すことなど、ジャンティーにはできなかった。


下手なことを口にして野獣の機嫌を損ねたりしたら、何をされるかわからない。

まして、父親と妹たちの命がかかっているともなれば、なおさら躊躇いが生まれる。


「わたしはときどき、ここを訪ねてくる。そのときに、わたしと食事をしたりお茶を飲んだりしてくれるか?」

「それは、べつに構いませんが…」

はて、自分は野獣のお茶や食事の相手をするために、ここに来ることになったのだろうか。


疑問は残るが、それだけならさほど難しいことではなさそうなので、ジャンティーは快く了承した。


「ときどき、黙ってここにいるだけのときもある。とくに何もしない。それも構わないか?」

「ええ、構いません」

「そして日に一度だけ、わたしはお前にある質問をする」

「……質問、ですか?」

「それにお前がどんな答えを出すかは、お前の自由だ。わたしはもう失礼するよ、今日はゆっくり休みなさい」


そう言って、また轟くような地響きを残して野獣は立ち去ってしまった。


野獣の真の目的はいったい何なのだろう?

野獣がさきほど言った「質問」とはいったいどんなものなのだろう?

あれこれ気になって、ジャンティーは豪華な室内の真ん中、ひとり呆然と立ち尽くしていた。

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