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古城



ちょうどその頃、仕事を終えたシャルルは困り果てていた。

土産にと頼まれた薔薇の花を探すのは、思ったよりも困難だったのだ。

考えてみれば、いまは冬の真っ只中。

どこの店を探しても、どこの花壇を探しても、薔薇の花なんて一輪も咲いてはいなかった。


そんなシャルルに、さらなる悲運が訪れる。

気温が下がってきて、雪まで降り始めた。


それがだんだん強くなっていき、やがては吹雪に変わっていく。

横殴りに降りしきる雪の中、冷たく凍った強風に何度もよろめきながら、シャルルはなすすべもなく森の中をさまよっていた。



──ああ、どうしたものだろう…


霞む視界の先、シャルルは行く手の先にぼーっと大きな古城がたたずんでいるのを発見した。


どうしたことかと迷いはしたものの、もう足は冷えきって棒のようになっていて、お腹の中は空っぽだ。


シャルルは決心して、一夜の宿を求めるべくお城のほうへと向かっていった。



そうすると不思議なことに、森の中で複雑に絡み合っていた木々の枝や蔦がひとりでにほどけていき、自然と道を開けていく。


吹雪に邪魔されながら、歩きやすくなった道を辿っていくと、硬く閉ざされた鉄の門扉に出迎えられる。


さらに不思議なことに、その鉄の門扉が何の前触れもなく勝手に開いた。

その先には、何十年も何世紀も経たような壮麗な古城が、玉座に座る王のように厳かにドンと建っていた。

そのあまりの物々しさに、シャルルは圧倒されそうだった。


門内に入って石段を上がり、城の前まで足を踏み進めていけば、またしてもアーチ型の鉄の扉が勝手に開いて、シャルルを迎えてくれた。


おそるおそる入ってみれば、石造りの回廊がはるか奥のほうまで伸びていて、その先はまったく見えない。


なんとかそこを通り抜けて、大理石の階段を上がっていくと、暖炉の火が暖かく燃えている大広間に出くわした。


広間の真ん中にドンと鎮座した大きなテーブルの上には、陶器の大皿に盛られた、見るからに美味しそうなご馳走がたくさん並べられている。

どれもつい先ほど作ったばかりかのように、湯気が立っていた。


いったいここは誰の住居なのだろうか。

さっきからの不思議なできごとは、何を意味しているのだろうか。


考えているうちにシャルルは不安になってはきたものの、空腹と疲労が極限に達しているいまでは、そんな疑問と向き合う余裕さえもなかった。


シャルルは無我夢中でテーブルまで向かっていき、きれいに並んだご馳走を次々に平らげていった。





─────────────────────────




「……ごめんくださいませ。どなたかいらっしゃいませんか?」

翌朝に目が覚めて、無断で泊まって飲食したことを謝罪しようと、この城の主を探してあちこち呼びかけて回ってはみたが、返答はいっさいない。


ここは無人の城なのだろうか。

だとすれば、あのたくさんのご馳走はいったい誰のためのものなのか。

あの燃えさかる暖炉はいったい誰がつけたのか。


だんだん気味が悪くなったきたシャルルは、もうここから去ってしまおうと、玄関先まで走っていった。


しかし、門のそばまで来たときに、思わず足を止めた。

門の脇に広い花壇があり、真冬だというのに、そこにきれいな赤い薔薇が咲いているのを発見した。


結構に目立つところに咲いていたが、昨夜は吹雪で視界が悪かったから、気がつかなかったのだ。


「おお、なんてありがたい…」


これでジャンティーとの約束を果たせそうだ。

気分が高揚したシャルルが薔薇を一輪摘もうと花壇に手を伸ばした、次の瞬間のことだった。

ガラガラガラッと地鳴りのような音が鳴り響いた。


突然のできごとに、シャルルはその場に腰を抜かし、あたりをキョロキョロと見回した。

いったい、何が起きたのか。


「……無礼者!」

どこからか、野太い声がした。


姿は見えないのにもかかわらず、その声はそばで怒鳴られているのかと思うくらいにはっきり聞こえてきたものだから、シャルルは思わず身震いした。



突然、門の陰から、声の主が姿を現す。

そこにいたのは、見たこともないほどに恐ろしい野獣だった。


 「この恩知らずめ!!」


野獣の背丈はシャルルの2倍ほどもあり、全身が黒くて長い体毛で覆われている。


手足の先には鋭く長いナイフような爪が生えていて、まるで熊みたいだ。

尖った牙が剥き出しになった口と大きな耳は狼に似ている。


顔と体は間違いなく獣のそれなのに、高価そうな服を着ているのが、なんともアンバランスだ。

ビロードのロングコートにジレ、シルクのクラヴァットに、ウールのスラックス、本革のロングブーツ。


それは、かつてシャルルが豪商だった頃に身につけていたものと、なんら変わりはしない。

だのに、この熊や狼に似た野獣は二本足で歩いて言葉を解し、発することもできる。

こんなチグハグな生き物を、シャルルは初めて見た。


野獣が、ギョロリとシャルルを睨む。

その瞳孔は猫のように縦長で、瞳の色は流れ出る鮮血のように赤くギラギラ光っている。


シャルルはあまりの恐ろしさにガタガタ震え上がり、思わず摘み取った薔薇の花をその場に落としてしまった。



「よくもやってくれたな!この恩知らずめ!食事を出して、一晩泊めてやり、丁重にもてなしてやったのに、親切にしてやったのに。厚かましくも私の大切にしている薔薇まで盗むとは!!」

野獣が、シャルルに向かって雷鳴のような声で吠えかかる。



「も、申し訳ございません!お許しください、お許しくださいませ!!ここがあなたさまの城だとはぜんぜん知らなかったのです。道に迷ってしまって、死ぬほどお腹が空いていたものですから……この薔薇が、とても美しかったものですから……」

シャルルは跪き、許しを乞うた。


「ほう…ならば、お前が大切にしているものを差し出せ。そうすれば許してやる。そうだ、お前には子どもはいるのか?」

野獣がニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。


「ご、ございます。3人ございます」

「そのなかの、誰かひとりをこちらに連れてこい。そうすれば、引き換えにお前の命だけは助けてやろう。さあ、早く連れて来い!」



野獣に怒鳴られて、シャルルはたまらずその場を離れていった。

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