ドラフトに引っかからなかった社会人選手の異世界やきう ーおれは異世界をスキル『やきう』で無双するー
『この物語は野球ではなく、やきうを扱ったものであり、途中で野球と言う単語が出てきても、それは目の錯覚であり、そういうことであり、現実の野球を揶揄するものでもなければ、まあ、そういうことである。あと、異世界転移のお約束の説明については端折っているのでご理解ください』
「今年もダメだったかぁ」
俺が見ているのは今年のドラフト会議だ。すでに育成まで終わっているから、今年も俺を指名してくれる球団は無かったということになる。
俺は、野球が好きだ。そして力もあったし努力もした。事実、小学中学では4番でピッチャーは当たり前。高校でもそこそこの強豪校でレギュラーを張るくらいの力はあった。甲子園は行けなかったけど。
現在はとある社会人野球選手として、いつかプロになってやると頑張っている。しかし今年もダメ。そもそもドラフト前の風物詩である各野球まとめサイトでも、俺の名前が登場したことがない。そういうレベルの野球人なのだ、俺は。
社員寮の自室に置いてあったバットを手に取り、部屋を出る。せめて素振りでもして、憂さを晴らさないと寝れそうにもない。玄関をくぐり、外に出たその時だった。
「暴れトラックだあぁぁ」
「なんだそれっ!?」
聞き慣れない叫びに振り向いてみれば、何故か社員寮の入り口に突っ込んでくるトラックが見えた。それが俺の日本での最後の記憶だ。
◇◇◇
「ううっ」
どれくらいの時間が経ったのかは分からない。意識を取り戻した俺がいたのは、草原としか表現のしようがない野っぱらだった。
さてどうしたものかと起き上がって気づいたのは、右手に持っていたバットであった。
「トラックに突っ込まれて、気づいたら草原って、よくあるよな。よくあるのかな? 頼むぜ、相棒」
バットに語り掛けてしまう。そう、俺はそっち方面もちょっと齧っていた。すなわち『異世界転生』。まあ、この場合は異世界転移になるのだろうか。とりあえず、街を目指すのが常套手段だが。どっちに向かえばいいのやら。
「きゃああああ」
「定番かよっ!!」
遠くとも近くとも微妙な距離から聞こえてきた『女性の悲鳴』に、思わずツッコミを入れつつも、俺は走り出す。身体が軽い。これは異世界転移効果なのか?
なんにしても今は悲鳴の主を探し当てることだ。多分、か弱い商人か初心者冒険者の女性がゴブリンに襲われているんだろう。容易く想像できてしまう。で、そこにいたのは。
目算で、身長3メートル以上あるサイクロプスに襲われている、なんかゴージャスな縦ロールの髪型をしたエルフ女性だった。最初のイベントとしては、味が濃すぎないかこれ。
◇◇◇
「来てはだめだ!」
俺に気づいたエルフが叫ぶ。なるほどその一言で気高い属性と、男言葉属性が理解出来た。さらに髪型で悪役令嬢属性もあると見た。濃い。
確かに彼女の言うと通りだ。バットという、細い木の棒一本でサイクロプスを相手に出来るか? 普通、中盤からなんなら後半直前のモンスターだろう。どうしよう。
「わたしの事は気にするな。南西にダバリウスの街がある。そこに行って状況を説明しろ!」
つまりは、自分が引き留めているから、お前は報告に走れ、と? ほほう、なるほど。
「出来るかあああ!! 健全なプライドを持った男子だぞ! 出来ることと出来ないことがあるけど、出来ない事を出来るように頑張るもんだろうが!」
「意味が分からん! とにかく」
「ステータス!!」
俺は叫んだ。世界のルールに期待して叫んだ。そして、出現した。そう、ステータスプレートだ。
イチロウ・オオタニ ヒューマン 22 レベル7
ジョブ:なし ユニークジョブ:野球選手
スキル:なし ユニークスキル:「やきう」「野球装備創造」「野球装備不壊」「各種野球戦術」
球速:C、コントロール:D、スタミナ:C
フォーシーム:C、ツーシーム:D、スライダー:D、カットボール:E、スプリット:D、チェンジアップ:E
ミート:D、パワー:C、走力:E、守備力:D
スキルポイント:21
おおおおい。違うだろぉ! 異世界の場合そういうステータスじゃないだろ。しかもレベル7に底上げされて、この値って、俺って大したことないパワータイプってことかよ。凹むぞほんとに。だけど好都合。相手はウスノロのサイクロプスだ。だったら。
頭の中に流れ込んでくる。何がって? ステータスシステムだ。まずは「野球装備創造」! よっし、右手に硬球が出現した。後はこれをどうするかだ。
とりあえずは球速を上げる、CからBへ、16ポイント!? いいよ。持ってけ。残り5ポイントは温存。
「いけや、おらあああ」
サイクロプスの手前、15メートルくらいで俺はセットポジションから、そのまま投球フォームに入る。
「そうりゃああ!」
投げたボールはサイクロプスのやや右側に逸れたかに見えた。違うんだよ、それはスライダーだ。サイクロプスの手前で急速に左側に変化したボールが、奴の左脇に直撃した。
『グオォォォ!!』
よっし、完全にヘイトがこっちを向いた。
「そこのエルフのお嬢さん、後は俺がやる」
「な、なにを!?」
「見てりゃわかる!!」
わき腹を抉られ、悶絶するサイクロプスに再度攻撃を、いや、投球を重ねる。創成したボールの握り目を確かめる。この世界に来て、微妙に力が上昇して、さらに球速ステータスを上げた。後は技術だ。ボールの縫い目にしっかりと指を添えて、渾身の力をリリースに込める。回転数を載せる。
ああ、これは俺の最高のフォーシームだ。糸を引くようなストレートがサイクロプスの首に吸い込まれていく。目測で156。以前の俺の平均146を10キロ越える、自身過去最速のストレートがサイクロプスの喉に突き刺さった。
「相手の背が高いもんだから、浮いた球みたいになっちまった。個人的には低めに決めたかったな」
ずずぅぅん。
崩れ落ちるサイクロプスの轟音に俺のつぶやきがかぶさった。
「さて、お嬢さん。俺はイチロウって者だ。助けてもらえるかな?」
「わたしはフサリエッタと言う。助けるとは? むしろ助けられたのはわたしなのだが」
「いやその、ここどこなんだ? 言うなれば俺は迷子なんだ。しかも一文無し」
いや、ほら、現地の第一救助者に助けを乞うのは基本だろ。
「迷子はどうとして、路銀については問題ないな」
フサリエッタが一つため息をつき、倒れたサイクロプスを指さした。
「アレはお前の、イチロウのものだ。10日は遊んで暮らせるだろう」
「そんなに貴重なのか」
「貴重というよりは、異常だ。本来この辺りに現れるような魔物ではない。それの調査を依頼されて、ここに来たという事だ。結果、助けられてしまったわけだな」
◇◇◇
「いや俺は冒険者じゃないし、サイクロプスの素材なんて分からん、折半で構わないからお願い出来るか?」
というわけで、フサリエッタはサイクロプスの解体に勤しんでいる。それを見ている俺。なんか情けないな。フサリエッタは金褐色の髪を縦ロールにして両肩に垂らしている、肌色は俺より白くて、鋭い瞳は緑色だ。耳が笹の葉のように尖って、いかにもエルフといった感じだ。そんなエルフがナイフでザクザクとやっている。エルフ像的にアリなのか? この光景。
「まあ、こんなものだろう。半分は持ってくれるか」
「ああ助かった。勿論持たせてもらうよ。さっきもいったけど、近くの街への案内と解体の手間賃ってことで、半分な」
「貰いすぎだとは思うがまあいいだろう。どうせ訳アリなのだろう? 『流れ人』か?」
ん? 『流れ人』?
「黒髪、黒目。伝説通りなら『ニホン』から来たとかか?」
冗談のように、茶化すようにフサリエッタは笑っていたが、俺は笑えない。
「いやその、なんと言うか、その通りなんだ」
「嘘ではないのだろうな」
フサリエッタの目がさらに鋭くなった。
「わたしはイチロウに恩義があるから忠告だ。隠せ。お前はただの農民の三男だ。くいっぱぐれて冒険者になろうとしている命知らずだ。いいな?」
「りょ、了解したよ。ありがとう」
「感謝される謂れは、まあ、あるか。これも案内料金の内としよう。では、行くぞ」
そうして俺たちは、南西にあるというダバリウスの街へと向かった。
◇◇◇
「へぇ、でっかいし、高い壁だなあ」
それが俺の正直な感想だった。ここはダバリウスの街の正門、らしい。
「へえぇ、にーちゃん、そんな武器で冒険者やろうってのかい。どうせ『金弓』のおこぼれなんだろう? Bランクのフサリエッタさんもヤキがまわったもんだ」
現在、典型的な形で絡まれている。まあ、確かに筋肉の山みたいな男たち3人だ。強いのだろう。さて、どうしてこうなったか。
まずは、門を通過する時に身元確認のプレートを持っていなかった俺は、フサリエッタが保証人として、仮証明書を発行してもらった。もちろん、なんかの丸い石に触れて赤く輝くことも砕けることも無かった。銀貨2枚、つまり200エーンはフサリエッタが立て替えてくれた。
続いては、冒険者ギルドだ。フサリエッタの中では俺が冒険者になるのは、すでに当然のことになっているようだった。俺もまあ、他にやりたいこともなかったので、付きあうことになった。
で、冒険者ギルドを訪ねた俺は、受付で登録する際、よくある黒いプレートに手をかざし、職業やらステータスやらを確認されたわけだ。ついでに、サイクロプスの存在と討伐を素材を提出することで確認してもらって、受付嬢さんが大声をあげた。ああ、ステータス測定用のプレートは壊していない。
さあ職業はと見てみれば、これがもう、正に俺だった。『野球選手』。いやまあ確かにそうだけどさ。これはプロと言えるのか? いや言おう。俺はこの世界に来て、初めてプロ野球選手となったのだ。悦に入っていた所で、前述のやりとりだ。
「いや、すみません、冒険者になったばっかりで、失礼があったのなら謝罪します」
そもそも俺自身の実力がどれくらいなのか分からんのだ。サイクロプスの時みたいにボールをぶつけたら、多分殺人者になる。それはさすがに御免だ。
「ほう、この俺様にアヤつけようってわけか」
「一言も言ってません」
「よっし、分かった。裏に訓練場がある。ついてこいや」
「フサリエッタ。この人たちって、話聞かないんだけど、そういう何かなのか?」
「初心者冒険者用の存在だ。そういうものだと思え」
「ええー」
という流れで、何故か裏庭みたいな訓練場に到達してしまったわけだ。
「おらおら、にーちゃん、そんな細っこいこん棒一本で戦うつもりか? 装備も持ってないのかよ」
失礼な、こん棒じゃない、バットだ。バット。
ちなみに相手は、皮みたいなのを軽装備した主人公みたいな恰好だ。ツノとかトゲとか生えてないし。スタイルがおかしくないか? 悪役のくせに。
「『キャッチャーフル装備』。これでいいですか?」
「な、なんだそれはぁ!」
「いや、装備ですよ。メットにマスク、スロートガード、プロテクター、レガーズ、ついでにミットです」
そう、俺はキャッチャーフル装備の上、左手にキャッチャーミット、右手にバットという、日本でやったら職質間違いなしの格好となっていた。
「ぐ、ぐぬぬ、おまえらやっちまえ!!」
どこのチンピラの言葉だか分からないけど、取り巻きの二人が殴りかかって来た。ちなみにサイクロプスを倒してレベルが4つ上がって得た12ポイント、合計17ポイントにしていた俺は、この時点で守備力をDからCにしていた、使用ポイントは8。
ずぱあぁぁん。
チンピラの拳は、見事にキャッチャーミットの中に納まった。そりゃそうだ。160キロのボールを受け止めるミットがそこらのパンチを受け止められないはずがない。守備力ってなんなのだろう。ちなみにもう一人の拳は、ヘルメットで受けた。
「ぎゃあああ」
メットを殴った方のチンピラが叫び声をあげる。安心のメイドインジャパン。素手で殴って無事で済むか。ミットで受けた拳は、叩き潰そうかと思ったが、不憫なので振りほどいて放り飛ばした。
「取り巻きは消えたみたいだし、どうしますか? まだ来ますか?」
「て、てっめぇナメやがって!」
最後の親分みたいな冒険者が、ついに剣を抜いた。抜きやがった。そうなればこちらも相応の対応をしてやらなくちゃならない。左手のミットを投げ捨て、両手でバットを握る。こちらが構えている間に、相手が剣を大きく振り下ろしてきた。
「『ミスショット!』」
俺がフルスイングをすると同時に、鈍い音を立てて相手の剣が大きく弾かれた。くるくると頭上に舞い上がり、俺の後方に落っこちてきた。
「キャッチャーファールフライってとこかな」
ぶっちゃけ、『ジャストミート』することも出来たが、それをやると相手を殺してしまうかもしれない。なので、ワザとこうしたのだ。本当だぞ。
「ち、ちっくしょお!」
まだあきらめないのか、今度は素手で襲い掛かって来た。俺は再び構えをとる。ちなみに右投げ左打ちだ。
「『カット!』」
本気で、腹にバットを叩き込んでやりたい気持ちになっていたが、さすがに良心が咎めたので、腕を流すようにバットを打ち込み、相手を吹き飛ばした。
「ぐああぁぁ」
折れちゃいないだろうさ。さあどうする。って立つのかよ。変な根性あるな。さっきの二人は気絶した振りして寝っ転がってるぞ。
「根性ありますね。正直すごいと思います」
だが、そろそろ終わらせよう。ボールを創造した俺は、セットポジションから投球した。相手は両腕をクロスして頭から胸をガードする。まあ、そうするだろうな。だけど、球種は『スプリット』なんだ。
急速に落下したボールはワンバウンドして、相手の股間にぶち当たった。悶絶である。
いつの間にか集まっていた観衆がざわめいている。
「あいつ、一人で『鉄風』をやっちまったぞ」
「見たことねえ戦い方だったな」
「なあ、投げた石が途中で曲がっていなかったか?」
「すげぇ、『金弓』と一緒にいるわけだ」
『鉄風』なんて格好良い名前のパーティーだったのか。なんかフサリエッタも俺と行動する気マンマンみたいだし、格好良いパーティ名を、『金弓』と俺だから『金球』。ダメだろ。後回しにしよう。
その時だ。
「大変だああ!! スタンピードだあ!」
展開早すぎだろ。
◇◇◇
慌ててギルドのカウンターに戻ってみれば、そこは大騒ぎになっていた。
「大型から小型まで総数は、約2万じゃ。街長からは衛兵に指示が出ている頃じゃろう。冒険者も協力するのじゃ」
のじゃロリだああ。サキュバス系か? なんかちっこいのが演説じみた指示を出している。流石は異世界、こういうのもあるんだな。
「イチロウ、どうした。ギルド長がどうかしたか?」
フサリエッタから、鋭い視線が投げつけられた。だが俺は野球選手だ。打ち返す。
「ああ、あんな幼さそうなナリなのに、大したものだと思ってな」
ふっと、微笑んでみせる。フサリエッタの懐疑の視線は薄れない。どうしよう。
「で、フサリエッタはどうする? 俺はやるけど」
「むろんわたしもだ。だが、残念だな」
「なにが?」
「イチロウの実力も見せて貰った。パーティー登録をしてからが良かったのだが」
「じゃあ、これが済んだらそうしよう。パーティー名、考えておいてくれ」
「ああ」
ようやくフサリエッタから険が取れた。言ってしまった以上は仕方ない。このスタンピードを切り抜けよう。
『金弓』は有名であったし、俺も遠距離型ということで申請したので、俺たちは街壁に配置されることになった。実は俺の望み通りのシチュエーションだ。ここでレベルを稼いで、スキルに割り振れば、結構イケると踏んだのだ。
そして実際その通りになった。
壁の下にある城門では近接戦闘組が戦っている。ってか、さっき対戦した3人組もいる。やるじゃないか。
そして俺はといえば、ボールを創造しては投げまくっている。レベルが上がる上がる。というわけで現在はこんなステータスだ。
イチロウ・オオタニ ヒューマン 22 レベル38
ジョブ:「投擲者」 ユニークジョブ:野球選手
スキル:「投擲」 ユニークスキル:「やきう」「野球装備創造」「野球装備不壊」「各種野球戦術」
球速:B、コントロール:B、スタミナ:B
フォーシーム:B、ツーシーム:C、スライダー:C、カットボール:E、スプリット:C、チェンジアップ:E
ミート:D、パワー:B、走力:D、守備力:C
スキルポイント:5
ああ、頼むからスキルポイントとレベルの整合性を計算しないでくれ。要は完全に速球タイプの遠距離攻撃型になったってことだ。ジョブとスキルはなんか、勝手に生えていた。
そうして、ひたすら投擲、いやさ投球を続けた。ちょっとズルい感覚で、なるべく強そうな、つまりは経験値が高そうな相手を優先しているのは秘密だ。現に今もレベルがちょいちょい上がっている。まあ、それが戦況に良い影響になるはずだから、恥ずかしいことじゃないだろう。
3時間は経っただろうか。さすがに防衛側に疲れが見え始めた。だが、敵の波は止まらない。範囲攻撃とかないのか? 野球で範囲攻撃……、『乱闘』しか思いつかん。しかも俺一人だからこれは無理っていうものだ。
さらに1時間、いよいよ門の前の前衛が崩れ始めた。どうする? 多分このまま投球を続ける方が確実だ。だが『鉄風』の連中はどうなる。必死で門を守っている連中はどうなる。
「ままよぉ!」
街壁を飛び降りながらステータスをいじる。
ミート:C、パワー:A、走力:C、守備力:C
どうよ、ついにパラがAになったぜ。殴り倒してやる。もはや野球じゃないな。やきうだ。まあ、俺のスキルが街を守れるなら、それで構わない。
「お前、なにしに!」
「助っ人だよ!」
『鉄風』の親玉が叫ぶ。こっちも叫び返す。
「とっとと、片づけて、飯でも食おうや」
「……認めるぜ。お前は立派な『冒険者』だ」
「違うぜ、俺は『野球選手』で冒険者は仮の姿なんだよ」
「そうか。今はどうでもいい。でだ、親玉様のお出ましのようだぜ」
「ん?」
遠くに見えるたのは、赤いドラゴンだった。
◇◇◇
「いやあ、あんちゃん、まさかドラゴンスレイヤーかよ!」
「たまたまっすよ、たまたま」
「ふっ、たまたまと球をかけるか」
フサリエッタさん、そういう意図で言ったわけじゃないから。
「なるほど」
『鉄風』の親玉も納得するなって。
スタンピードのラストに現れたドラゴンがどうなったかというと、俺が無茶苦茶ボールをぶつけた。
球速:A、コントロール:B、スタミナ:B
フォーシーム:A、ツーシーム:C、スライダー:C、カットボール:E、スプリット:C、チェンジアップ:E
ミート:D、パワー:A、走力:D、守備力:C
ストレート全ブリにして、とにかく数とパワーで押し切ったのだ。まずは翼に穴を開けて地面に降ろして、ブレスを振りまきそうなタイミングで口の中にボールを叩き込んだ。それをひたすら繰り返したら、いつの間にかドラゴンスレイヤーになっていたわけだ。もちろん周りにいた連中も牽制してくれたし、俺だけの功績ってわけじゃない。だから報奨金を使って、ここで飲んだくれているわけだ。
◇◇◇
「というわけで、王都からの召喚なのじゃ」
「断ったらどうなります?」
「まあ、国外退去ならまだ良し、色々と面倒なことになって命を落とすじゃろうな」
「命令じゃないですか」
「召喚と命令の違いなんぞ、ワシにも分からんのじゃ」
というわけで目出度く、俺とフサリエッタは王都に召喚されることになった。定番っちゃ定番だ。
で、10日後、俺とフサリエッタは王都の王宮の謁見の間に居た。
「先日のスタンピードにおける活躍は聞いた。ここに王国七等勲章を贈るものとする」
ああ、王様は黙って玉座に座っているだけだ。しゃべっているのは全部、多分宰相殿なんだろう。それにしても、何で呼ばれた? 七等勲章とやらが目的じゃないだろ。ちなみに七等勲章は『平民』が貰える最高の勲章で、それはそれで名誉なのだが貴族階級からしてみると『四等勲章』以下は、ゴミみたいなものらしい。そういうことだ。
「魔王が復活した」
「へ?」
「理解が遅いな。魔王が復活したと言っているのだ」
イラっとした感じで宰相様が繰り返した。それで、俺にどうしろと。ってか、どうにかしろってか?
「貴殿らは、先のスタンピードにおいてレッドドラゴンをも討伐したという。そこでだ、勇者パーティーとして同行を認めたいと考えておる」
おい。同行してくださいじゃなくって、同行を認めるってか。名誉だからってか。断ったら殺されるんだろうなあ。
ちらりとフサリエッタを見ると、諦めたような表情で目くばせをされた。ゴーサインか。
「かしこまりました」
「ふむ、よかろう。この後、勇者パーティーに紹介するので、別室で待機せよ。謁見はここまでだ」
真っ先に王様が出ていった。結局一言もしゃべらなかったし、目線もよこさなかったな。宰相が顎を向けると、俺よりも強そうな近衛兵に追い立てられるように別室に連れていかれた。
10分も待たずに、4人の人物が部屋にやって来た。まあ俺とフサリエッタの後ろには近衛が2名見張っているわけだけど。4人の内訳は、男1人に女3人。全員多分、俺より若いだろう。いや、一人は多分ドワーフだから、年齢不明だな。
「初めまして、ラーズと言います。一応、勇者ということになってしまいました」
最初に若い男が言った。これが勇者か。
「イチロウです。投擲者ですね。こちらは」
「フサリエッタだ。弓術士をやっている」
俺とフサリエッタも挨拶を返す。一応ジョブも言っておいた。
「ボクはミミ・ドラグ。斧使いだよ。見ての通りドワーフだよ」
「わたしはアレーシア・フォルタインです。教会より聖女の認定を受けております」
「わたくしは、シスターナ・ドゥ・ターレストですわ。魔術師ですわ」
「ターレストってまさか」
おいおい、王族かよ。
「ええ、第二王女ですわ。ですが今は、一介の魔術師と扱ってもらいたいですわ」
「わ、分かりました」
◇◇◇
ラーズとミミが前衛、俺が中衛、フサリエッタ、アレーシア、シスターナが後衛という、まあ無難なパーティと言えるかもしれない。回復役もいるし、悪くない。問題なのは俺が暫定パーティリーダーにされてしまったことだ。
なんと4人は戦闘経験がなく、一番高いのがシスターナのレベル7。対して俺はレベル54、フサリエッタに至っては68だ。フサリエッタは弓に集中したいということで、中衛にいて前も後ろもカバーできる俺がリーダーにされてしまった。見た目年齢も俺が一番上だったというのもある。まあ、いつかはラーズかシスターナに移譲しよう。
「仕方ない、まずはパワーレベリングだな」
「パワー? なんですか」
ラーズが問うてくる。ちなみに敬語不要ということになっているが、各自の勝手でもある。
「とりあえず、ここらの近くの手ごわそうな敵を倒してレベルを上げる。そしてスキルポイントを稼ぐ。ある程度皆が強くなったら魔王退治に出かけよう。さて、パーティ登録だ」
みなでステータスボードを操作して、パーティ登録を行う。これで経験値分配がなされるわけだ。ちなみにパーティ名は『ファイターズ(仮)』。別に食品会社がスポンサーというわけではない。適当だ。
「王都に周辺に詳しいのは、シスターナかな。近くでなるべく遠距離攻撃が有効な狩場ってあるかな」
「そうですわね、魔獣の谷と呼ばれる場所がありますわ。このメンバーなら、崖の上から打ち放題かと思いますわ」
「いいねぇ」
最初は緊張していた面々だが、打ち解けるのは速かった。みんな良い奴らだったからだ、一番不安視していた第二王女のシスターナが敬語不要、身分無関係と言い放ってくれたのが助かった。
で、それから10日。俺たちは魔獣の谷の近くにキャンプを張り、崖の下の魔獣を倒し続けた。といっても、それをやったのは俺と、フサリエッタ、そしてシスターナの3人だけだ。なんとこの世界、パーティさえ組めば戦闘貢献に関係なく経験値が分配されるのだ。都合よすぎないか?
途中で、宰相の使者とやらが早く出発しろと言ってきたが、シスターナが一喝してくれたおかげで退散した。
そんなわけで10日たった現在。ラーズたちはレベル30から40の間。俺は61、フサリエッタは72だ。さすがにレベルが上がりにくくなってきた。
「そろそろ出発するの?」
ミミがウズウズしているが、まだまだだ。ここからが大変なんだよ。
「いや、後10日はここにいる。ただし配置を変える」
「どういうことでしょうか」
アレーシアも敬語のままだな。勇者と聖女だけが敬語という謎パーティだ。シスターナは敬語なんだかどうなんだか分からん。
「ラーズとミミ、アレーシアと俺は崖を降りる。フサリエッタとシスターナはそのまま崖の上から援護。要は実戦だよ」
「ああ、なるほど」
ラーズが理解を示してくれた。そうだよ、前線組とヒーラーはこの10日なんもしてないじゃないか。スキル使って、存分に戦ってくれ。
「ヤバそうなのは、俺かフサリエッタがやる。悪いけどラーズとミミは痛みに慣れてくれ。アレーシアはヒーラーとして冷静になるようにしてくれ」
さらに10日。最初はスキルに振り回されていたラーズとミミも、ボロボロになりながら頑張った。5日目からはフサリエッタとシスターナも崖の下に降りて、連携を高めていった。特に、俺とフサリエッタは近接から長距離までの合体連携まで高めていった。『ヒットエンドラン』『ランエンドヒット』『ダブルスチール』『セーフティースクイズ』まあ、ほとんどがフサリエッタが弓を放つと同時に俺が突っ込んでバットで殴るって感じだ。
途中で枢機卿の使者だかが、早く出発しろと来たが、これまた聖女たるアレーシアが負い返した。
「さて、じゃあ、行こうか。サクッと魔王倒そう」
「はい!!」
イチロウ・オオタニ ヒューマン 22 レベル67
ジョブ:「投擲者」 ユニークジョブ:野球選手
スキル:「投擲」 ユニークスキル:「やきう」「野球装備創造」「野球装備不壊」「各種野球戦術」
球速:S、コントロール:A、スタミナ:A
フォーシーム:A、ツーシーム:B、スライダー:A、カットボール:D、スプリット:A、チェンジアップ:D
ミート:B、パワー:A、走力:C、守備力:B
わははは! 俺のストレートは167は出るぜ。というわけで、魔王退治だ。
◇◇◇
それから1年。苦しい旅だった。
魔王軍に襲われた村を救い。ラーズの聖剣を手に入れるためのクエストをこなし。なんか聖女がパワーアップして近接殴り戦闘を身に付け、ミミの地元でイージスと言われる聖なる盾を手に入れ、シスターナが極大魔法を手に入れるために迷宮の深層に潜り、エルフの里でフサリエッタが伝説の神弓を手に入れた。ついでと言ってはなんだが、俺はアオダモの世界樹の枝から創成された新たなバットを得た。
要はRPG的なパワーアップイベント満載だったわけだ。経験を積み、レベルを上げ、スキルを磨き、強力な力を手に入れたのだ。
そうして、俺たちは魔王に挑んだ。闇域にある魔王城では魔界四天王(5人いた)と戦い、魔界三兄弟を打ち破り、魔界二大側近と死闘を繰り広げ、ついにたどり着いたその先に、魔王がいた。
そして、死闘の上、魔王は倒れた。
「よくぞ我を打倒した」
「どういうことだ」
何故かリーダーは俺のままで、こういうときの会話は任されている。
「もはや我がいう事はない。天上の主よ、あなたのご登場ではないかな?」
「そうだな、魔王よ、よくぞ役割を果たしてくれた。感謝する」
「光栄にて」
そうして魔王は消え去った。
「まあ、私は君たちにとって神にあたるのかもしれないね」
この世界の神様は、えらくフランクだった。そしてそこから伝えられたものとは。
「実験と言っては失礼だろうね。色々な世界で色々な試みをしてきた。この世界では、ジョブ、レベル、スキルがそれにあたる。そして『流れ人』よ、君が成し遂げたことで、その頸木から解放されるんだよ」
「なくなるっていうのか?」
「そうだよ。君の故郷のように、ただ自分の才覚のみで努力して、挫折して、儘ならない世界がやってくる」
「それは……」
「混乱が起きるだろうね。持つ者と持たない者、それが同時に持たない者になる。さあ、ここから先のこの世界、繁栄、中庸、破滅、どうなるのか見せて貰うよ」
そういって、自称神様は消えた。俺たちは魔王を倒し、そして世界の理を変えてしまったんだ。
「どうしよう」
「さあ、成るようになるんじゃないですか」
ラーズをはじめに、ミミ、アレーシア、シスターナ、そしてフサリエッタも笑っていた。やれと言われたことをやってのけただけだ。それだけだ。
◇◇◇
3年後。王国も大混乱し、特に軍部の再編が大変な事になったらしい。パワーレベリングで実戦経験もない貴族組が格を落とし、逆に経験豊富な衛兵たちから名を上げるものが出始めた。それがある程度おちつくまで3年もの時間を必要としたんだ。
だけど俺達には関係ない。
何故か「ファイターズ」は今もSクラスパーティとして活動している。ラーズとアレーシアは婚約し、シスターナはギリギリとハンカチを噛みしめていた。俺に責任をとれと詰め寄って来たが、背後からフサリエッタ弓をつがえて牽制している。『申告敬遠』を使って危機を脱したが、心臓に悪いことこの上ない。ミミ、笑うなよ、飛び火させるぞ。
そして俺たちはいま、野球をやっている。
◇◇◇
ここは俺にとっての最初の街、ダバリウスの町営野球場だ。木組みで造られたスタンドでは多くの町民が歓声を上げている。今日はシーズン最終戦。ゲーム差は0。『鉄風ドラゴンバスターズ』対『勇者ファイターズ』の決戦だ。いや『鉄風』おまえらドラゴン倒していないだろう。
俺はピッチャー、1番ファースト『疾風のシスターナ』、2番ショート『鉄壁のミミ』、3番センター『癒しのアレーシア』、4番サード『勇者ラーズ』、そして5番キャッチャー『盗塁殺しのフサリエッタ』、以下略だ。いや、フサリエッタだけ肩書おかしくないか?
かきーん!!
球場に澄んだ打球音が響き渡る。打たれたのは俺だ。相手は『鉄風』の親玉だ。完璧にやられた。
「大丈夫か?」
フサリエッタがマウンドに来てくれた。
「ああ、だいじょ、ってアレ?」
俺の周りに小さな光が回っている。なんだこれ。
「妖精たちだな。そうか、帰る時が来たのだな」
「帰るって、おい、どういうことだよ」
突然俺にフサリエッタが飛びつき、キスをした。唇を離し。
「お前は、イチロウは元の世界でやり残したことがあるのだろう。寂しい、寂しいが、やり遂げろ。なに、魔王を打倒するよりは簡単なはずだ。わたしはこの世界で、お前はそちらの世界で」
後の言葉は出てこなかった。フサリエッタは涙を流しながら嗚咽していた。いつの間にか仲間たちが俺を囲んでいた。『鉄風』までもが輪の中に居た。
「ありがとう。こっちに来て楽しかった。だから戻っても、楽しく、そして強くなるよ。みんなありがとう」
そうして俺は世界から消えた。
◇◇◇
「うおっ!」
そこは社員寮の俺の部屋だった。思わず辺りを見回してしまう。
「変わっていない?」
異世界で4年以上の時間を過ごしたのだ。しかも俺はトラックに撥ねられたはず。部屋が元通りのはずがない。しかしどう見ても、ここは……。ふと気づき洗面台に駆け込んで鏡を見た。
「戻ってる」
そうだ。22歳に戻っている。つまり今の時間は。カレンダーをみれば2021年の10月だった。
「夢だった、訳はないよな。あれは夢なんかじゃない」
彼らと旅をしながら交わした会話を思い出せる。フサリエッタの温もりも思い出せる。
「妖精さんも粋なことをしてくれるってわけか」
しばらくボケっとしていると、外から大声が聞こえた。
「暴れトラックだあぁぁ」
そして社員寮の入り口が轟音と共に破壊された。
◇◇◇
幸い死者も出ず、トラックの運転手も軽症で済んだらしい。今は社員寮の修理が行われている。
暫定の裏口から外に出た俺は、グラウンドへと向かう。そして一人、ネットに向けてボールを投げる。
「覚えてる。分かる」
22歳に戻って、肉体的には異世界に行く前の状態だ。もちろんレベルもジョブもスキルもない。だけど、脳に焼き付いた経験という名の記憶が残っている。
ボールの縫い目に指かかかる。踏み込みからの体重移動がよく分かる。リリースポイントがしっくりくる。
「楽しくて大変な冒険だったけど、こんなお土産まであるとはな」
ふと、フサリエッタとの最後の会話を思い出した。
だから、俺は、来年電話がかかってくる来ること、いや、かけざるを得ないくらい強く上手くなるために、練習を再開した。