団らんの食事
「えーん。痛いよー」
朱希は叩かれた頭をさすりながら、1階へと降りていく。
「あれだけ俺の唐揚げを馬鹿にして、それが食べたいなんて言うからだ」
「いいじゃない。あたしホントはお兄ちゃんの唐揚げ大好きなんだよ」
ブーブーと、朱希はブーイングをするが無視。
リビングに入ると、朱希はテレビをつけ、ソファーに寝転がった。
結局、夏季の部屋にいた時と変わらない態勢だ。
やれやれと、夏季はため息をつく。
「そもそも家に帰ればいいじゃないか。俺が作らなくてもさ」
「んー、今日お母さん帰り遅いし」
朱希はテレビを観ながら、足をぷらぷら揺らす。
朱希の母親の名前が出て、夏季は神妙な顔を作った。
「・・・静江さん。仕事忙しいのか?」
「そうみたい」
慎重に尋ねると、朱希は特に気にすることなくテレビを眺めながら答えた。
それからしばらく会話が無く、何とも言えない空気が立ち込める。
そんな空気に耐えられなくなった夏季は、どこか投げやりな態度で朱希を見た。
「大体さ、お前が作ればいいだろ?」
「もう7時近いじゃん。あたしが作ったら何時になるか分からないよ」
「・・・手軽に作れるのでいいだろうに」
「そうはいかないんですなこれがー」
妙に気取りながら朱希は唸る。
朱希は料理が出来ないわけではない。
ただちょっと凝り性なのだ。
カレーを作ろうとすれば、やたら時間をかけて煮込むし、なんと大型スーパーでスパイスを買ってきて自分で調合する。
ラーメンのスープも骨や煮干しを買ってきて元から作る。
うどんも打つ。
女の子らしくお菓子も作る。
一度ハムの原木と専用器具を買って来た時にはたまげたものだ。
つまり、作り出したら何時間もかかってしまう。
対して夏季の料理はお手軽だ。
一々調合などしなくとも、市販のカレールーはメーカーで何度も試行錯誤して開発された物だ。
素人が調合したカレー粉よりも旨いに決まっている。
ラーメンにしてもうどんにしてもそうだ。
化学調味料も普通に使う。
だってそっちの方が楽だもの。
朱希はあまり化学調味料は使わないが、使っていたからといって文句をいうわけではなく普通に食べる。でも拘りがあるらしい。
「じゃあ、唐揚げ頼むよお兄ちゃん!」
「はいはい」
夏季は唐揚げに関しては拘りがあり、市販の唐揚げ粉を使うこともあれば、自分で一から味付けすることもある。
今回は後者だ。
下味をつけた鶏肉を低温で揚げ、一度取り出した後、温度を上げた油でもう一度揚げる二度揚げ。
しっかり油をきれば、はい。カリカリ唐揚げの出来上がりでござい。
「はいお待ち」
「わーいお兄ちゃんの唐揚げだー!」
朱希は無邪気に両手を上げて喜んだ。
箸で摘んだらかぷりと齧る。
その際にカリッとした音が夏季の耳に届く。
うまい具合に仕上がったようだ。
朱希はほっぺを抑え、ホフホフと口の中で唐揚げを転がせながら食べる。
どうやら満足しているらしい。
夏季も唐揚げを齧るとカリッとした衣の中からジューシーな肉汁が溢れ、それがタレの旨味と共に口の中に広がる。
「うまうま」
冷めた唐揚げも味わい深いが、やはり揚げたてに勝るものはない。
食べかけの唐揚げを口の中に放り込み、白飯をかっこむ。
(幸せだ。じーん)
夏季は幸福感に浸っていた。
唐揚げこそ至高の食べ物だと夏季は断言する。
三大珍味?
A5和牛?
寿司?
何それ、これに勝てんの?
人によって意見は異なるだろうが、夏季は唐揚げに軍杯が上がると本気で思っている。
コンビニで買ったカットサラダに、冷凍のブロッコリーを盛りつけたお手軽サラダで口直しをし、再び唐揚げからの白飯。
このローテーションを繰り返す。
夏季にとってこれが至高の食事法であった。
なんともお手軽な庶民である。
2人はしばらく食事に集中した。
パン!
「ご馳走様でした」
朱希は手を合わせて完食した。
「お粗末様」
夏季も食べ終わって手を合わせる。
「食器持ってきてくれ。洗う」
「はいよー」
返事をした朱希は流しまで食器を持っていき、それを夏季はスムーズに洗っていく。
その間、朱希はソファーに寝転がりながら、テレビのバラエティー番組をなんとなく観ていた。
「風呂、入ってくか?」
洗い物を終えた夏季は、朱希の横、L字型のソファーに座り聞いてみる。
「んー、いいや。着替え持ってきてないし」
服はまた着てもいいが、下着は嫌だ。
家に帰ってすぐに履き替えたとしても、一度身に着けていた下着をまた履きたくはない。
「じゃあ、そろそろ戻るか?」
「そうだねぇ」
壁掛け時計を見ながら、朱希は思案した。
「ん。帰る」
そう言って立ち上がった朱希は、再び夏季の部屋に行こうとするので、夏季は慌てて待ったをかけた。
「おいおい。ここにいるんだから玄関から帰れ」
「えー、靴ないし」
「サンダル使えよ」
夏季は逃げ場を奪う。
「うっ」となった朱希は唇を尖らせた。
「・・・分かった」
玄関でサンダルを履いた朱希は、玄関のドアを開けて外へ出ると、夏季もそれに続く。
朱希は首を傾げて振り返った。
「ん? どったの?」
「お前が家に戻るのを見てる」
朱希はずっこけた。
「え、歩いて数秒ですけど」
「女の子が夜外出したら距離は関係ないだろ」
半眼で乾いた笑いを浮かべる朱希。
「お兄ちゃん。過保護すぎて若干ウザい」
グサァ!!!!
ウザい。
そうか。そうだったのか。
夏季はマジで落ち込んだ。
溺愛している妹からウザいはかなりクル。
自分にもし娘が出来たら、間違いなく同じ道を辿るだろう。
胸を抑えて苦しんでいる夏季を見つつ、朱希はふちゃりと笑った。
「お兄ちゃん。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
朱希はどこか機嫌よく、自宅の玄関ドアを開けた。