昼休み
「夏季。学食行く?」
「うん。行く」
午前の授業は全て終了し、昼休みになった。
夏季は健太に誘われるままに鞄から弁当箱を取り出して席を立つ。
この高校の学食は、お弁当持参が許されている。
購買で買ったパンも持ち込み可だ。
夏季達は弁当を持ちながら学食へ移動する。
「割と混んでるな」
今日の学食の混み具合を見て、夏季は苦笑した。
8割の席が埋まっている。
急がなければ、自分達の座れる席がない。
「僕、席確保しとくよ」
「ごめん夏季。任せた」
弁当持参の夏季なら、すぐに移動することが出来る。
空いている席を発見し、そこへ飛びついた。
「ふぅ。確保、と」
まずは一安心である。
これで健太が来るのを待てばいい。
夏季は弁当を広げて健太を待った。
どうやら健太の狙いはラーメンのようだ。
食堂のおばちゃん達はテキパキと動いているので、間も無く健太もやって来るだろう。
ペットボトルを開けてお茶を一口。
無難なお茶の味が口の中に広がる。
「あー、腹減ったな」
今朝は食パンが一枚だけだった。
もう少し時間があればもう一品くらいは用意できたものを。
そんなことを考えていると、健太がこっちにやって来る。
無事に夏季を発見できたようだ。
「ん?」
健太の後ろから付いてきている人物が2人。
1人は朝、日直の手伝いをしたかおり。
もう1人が朱希だ。
「えー」
(どういうことだ?)
疑問を解決できぬまま、3人は夏季と合流。
「四季さんと宮崎さん。座るところがないみたいで、そこ、相席いいよな?」
「あ、うんうん。勿論」
夏季は周りを見て納得する。
もう殆ど席は埋まってしまっていた。
「ありがとう。男2人のところごめんね」
トレイをテーブルに乗せた後、かおりは両手を合わせて謝った。
夏季と健太はにこやかに笑う。
「いいよいいよ。これくらい」
「夏季もこう言ってるからさ。座んなよ」
そう言って、夏季と健太が隣の席に、夏季の前にかおりが座る。
つまり朱希は夏季から対角線上の位置となる。
健太はラーメン。
朱希は蕎麦。
かおりはカレーをトレイにのせている。
全員席に着いたところで、
「「「「いただきます」」」」
4人は手を合わせ、食事に取り掛かった。
「あ、夏季君の唐揚げ美味しそうだね」
かおりは目ざとく夏季の弁当に注目した。
「うん。好物なんだ」
唐揚げはラーメン、カレーに続き、日本の国民食である。
夏季は唐揚げをこよなく愛する唐揚げ愛好家であった。
ゴロンとした唐揚げを一口で口に放り込めば、漬けてあったタレと肉汁が衣から溢れ、口内に幸せを運んでくれる。
「うまうま」
「美味しそうに食べるね。あたしも食べていい?」
「・・・え?」
夏季が固まった。
唐揚げを譲り渡す?
一瞬にして凄まじい葛藤が夏季の中で行われた。
そして、
「ど、どうぞ」
弁当をかおりに向けた。
「い、いいよいいよ! 好きなんだね唐揚げ」
ここまで悩まれるとかおりとしては引かざるをえない。
手を前にして振りながら辞退した。
「い、いや。どうぞ」
逆に夏季としては、一度上げると言った以上、この唐揚げはかおりの物だ。
名残惜しいが、この唐揚げとはここでさよならである。
「いや、ホントいいから! そんな血の涙を流しそうにしてる人から貰えない!!」
それはいくらなんでも大袈裟だろうに。
(そんな顔、してないよ、な?)
「はは、夏季は唐揚げ大好きだからねぇ」
健太は素直な感想を言った。
夏季はコクコクと頭を上下させる。
やはり揚げたてに勝るものはないが、冷めた唐揚げもよいものである。
唐揚げ程白飯が進むおかずを、夏季はまだ知らない。
「だからいいよ。それは草村君の物だよ」
かおりはにこやかに笑った。
心に若干のシコリは残るものの、そうまで言ってくれるなら、この唐揚げは自分が美味しくいただこう。
そう思っていたら、
「小さな男」
そんな、冷ややかな声が場を支配した。
朱希の双眸が夏季を捉える。
「たかが唐揚げでそんなに渋って。草村君。少し度量が小さ過ぎやしないかしら?」
朱希の鋭い指摘が、テーブルに振り落とされ、夏季は脂汗を垂らす。
確かに、小さいかも知れない・・・。
悔しいが、そこは朱希の言う通り。
「色々と、小さいわね」
「色々って何かなぁ四季さん! 身長? ねえ、身長のこと言ってる?」
「フッ、私の口から言わせたいの?」
夏季は目を充血させた。
確かに夏季の身長は160前半。
しかし、まだ入学したて。
これから伸びる可能性は十分に秘めている。
例え今は朱希と変わらない身長だとしてもだ。
「たかが唐揚げ如きでかおりの頼みを断って。寂しい男ね」
真っ赤になった夏季と朱希の間にかおりが割って入った。
「あ、あはは。あたしは全然気にしてないよ。そもそも草村君は断ってないしね。ね、朱希ちゃん、草村君。一旦落ち着こ?」
「私は貴方の代弁をしているのよかおり。草村君の度量が狭くてちっさ」
「ああああ、あたしはそんなこと思ってないから草村君!」
「うん。そうだね。僕を悪様に言ってくれるのは君だ四季さん」
朱希は「ハン!」と、鼻で笑った。
夏季は歯軋りして朱希に恨めしげに睨む。
「唐揚げを『如き』と言ったなぁ。唐揚げはな、凄いんだぞ。色々なバージョンがあって、調理法も違って千差万別なんだ。三千世界が開けるぞ」
「ぷっ」
「ブギーーー!!」
「あ、落ち着こう夏季。なっ?」
「朱希ちゃんも、これ以上煽んないで」
「そんなつもりはないのだけれど。それにしても、ふふふ。唐揚げで三千世界? 仏教用語をそんな用法で使うなんて、ぷっ」
「・・・」
その後、夏季はずっと朱希を睨んでいたが、そんな視線を扇風機代わりにして、朱希は上品に蕎麦をたぐるのだった。
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