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学園のアイドル

 夏季はホームルームの時間まで自分の席でラノベを読んでいた。


 昨日は読んでいないラノベを朱希に買わされたが、こっちは夏季も読んでいるラノベで、ひねくれ者が主人公の青春ラブストーリーである。


(最近のラノベはこういうのが多いな)


 そんな漠然とした感想を抱きながら、夏季はページをめくる。

 夏季は自分がオタクであることを隠してはいない。

 教室で平気でラノベも読むし、ゲームの話もする。

 本に視線を移した時、前の机に座っている健太が声をかけてきた。


「昨日買ったラノベ?」


 そう尋ねられ、夏季は硬直した。


(しまった。昨日買ったのなら、それを読んでいるのが自然だ)


 さて、どうやって言い訳したものか。

 夏季は頭を回す。


「まだ読みかけのがあるんだ。まずはこっちを片付けようかと思ってさ」


 これならば自然だ。

 健太も納得がいったようで、それ以上の追及はしてこなかった。


「じゃあ感想会は当分先かな?」


「そうだね。まだ積んである本もあるし、当分先になると思うけど。いいかな?」


「勿論いいよ。急かせてるわけじゃないしな」


 危機は脱した。


 夏季は内心をおくびにも出さずに会話を続ける。


「健太君は最近読んでいる本はないの?」


「ミステリーかな。今度貸そうか?」


「いいね。ミステリーは好きだよ。あ、でも積んでいる本があるから・・・」


「いいよいいよ。だから急かせているわけじゃないって」


 健太はそう言うと穏やかに笑う。


 いい友達を持った。

 そう夏季は思う。


 健太は同じ読書家であり、オタク仲間でもある。

 夏季同様に雑食でラノベ以外にも物語といえばなんでも読むけれど、こうして自分に話を合わせてくれる。

 知り合って日が浅いにも関わらず、小学校から一緒だったんじゃないかと思えるほど親しくしてもらっている。

 こうして前の席になれたのも縁だろう。


(もっとも、俺が12~15歳までの知り合いなんて、ここにはいないんだけどね)


 そう心の中で独り言ち、それからしばらく健太との他愛もない雑談を続けていると、黒髪をなびかせて、女生徒が教室に一人入って来た。


 その生徒が教室に現れた瞬間に、雪原を思わせる静謐感。

 その人物が発するオーラは、まるで雪が日の光を反射させて眩く光っているかの様な錯覚さえ覚えさせた。


「おはよう」


 女生徒が挨拶をすると、他の女生徒が代わる代わる挨拶を返した。


四季(しき)さんおはよう」

「おはよう四季さん」

「おはよう朱希ちゃん」


 そう。

 四季朱希である。


 朱希が席に座ると、これまで別々に会話をしていた女生徒が集まり、話に花を咲かせている。


 それを眺めていた健太は「相変わらず人気だね」と呟いた。


「そうだね・・・」


 夏季は素っ気なくそう返すと、健太は朱希から夏季へと視線を戻す。


「夏季ってさ。何となく四季さんのこととなると、わりとドライだよな?」


「えっ、そう?」


 ギクリとし、夏季は取り繕うように苦笑いを受かべる。


「そうさ。あれだけの美人だよ。ほら見てごらん。遠目から彼女を見ている男子生徒達を」


 わざわざ見るまでもない。

 それは入学してからのありふれた光景だ。


 確かに朱希は美少女である。

 それも、入学してまだ間もないというのに、一年生は勿論のこと、二年、三年にも名が知れ渡ってしまったこの学園一とも言える美少女だ。

 まだあどけなさが残るが、これであと二年もして最上級生になれば、その美しさに更に磨きがかかることだろう。


(クーデレ、ねぇ)


 昨日の朱希の言葉を思い出す。


 よくもまあ上手く化けるものだと素直に感心する。


 その時、朱希がチラリと夏季を見た。

 だが、それも一瞬で、何事もなかったように視線を外す。

 それでも、夏季にはその視線の意味は明白だ。


 『おはよう』


 朱希は夏季に視線だけでそう言ったのだ。


「既に何人かの男子生徒が玉砕したって話だ」


「・・・ほぅ?」


 夏季と朱希の家庭事情は性が違うことからも分かるように複雑だ。

 それを根掘り葉掘り聞かれると面倒だし、家庭事情を友人であろうと話すつもりはない。

 だから二人は学校では赤の他人で通している。


 だが、妹に言い寄る虫がいるとなると、兄としては敏感にならざるをえない。


(あいつ、そんなこと言っていなかったぞ)


 ギン! とガンをつけるが、あっちはこちらを見もしない。


「えっと、誰? その人達?」


「詳しくは知らないよ。このクラスに1人か2人いたんじゃないかな?」


(誰だコンチキショーーー!!)


 夏季はギョロギョロと視線をさまよわせる。


(お前か? お前かぁー!?)


 微妙な空気になったのを感じた健太は、一つの結論に達し、夏季に笑いかけた。


「はは、なんだ。夏季も四季さんに気がある口か」


「んぐ!?」


 夏季は健太にそう断定され息を呑んだ。


「え、なんだって?」


「誤魔化さなくてもいいよ。あれだけの美人だ。気を持ったってなにも可笑しなことじゃない。まあ、普段2人の関係を知っているから意外ではあるけどね」


「あ、いや。僕はそんなことを思ったわけじゃ・・・」


「そうなのか?」


「違う違う。僕はさ。凄い人気だなーって思っただけ」


「ふーん」


 健太は若干疑わしそうに夏季を見たが、追及はしなかった。

 ここで追及されるとどんな言い訳を用意すればよいか分からないので、ここで止めてくれて良かった。


「そうだよね。あれだけ美人で学業優秀。入試で首席だったって話だし、さらにスポーツ万能ときてる。まあ、体力はないみたいだけど、それがまた、男の保護欲を誘っていて、いいって話だし」


「・・・因みになんだけど、健太君はあき・・・四季さんに興味あったりする口?」


(お前は今、俺との友情を問われてるぞ?)


 夏季は心の中でそう言った。


「はは、身の程は弁えてるよ。俺じゃ釣り合いが取れない」


「そ、そうか。はは、そっかそっか」


 夏季は破顔して健太の肩をバンバン叩いた。


「痛いよ」


「あ、ごめんごめん」


 夏季は我を取り戻して謝る。


 だが、夏季はどうにも腑に落ちないことがあった。


「でもさ、『身の程は弁えてる』っていうのは違うと思うよ」


「ん? どういうことだ?」


 健太は首を捻って夏季に問う。


「例え高値の花だと解っていても、釣り合わないなんてこと、相手にしたら関係ないんじゃない? 好きなら好きって伝えるべきだ」


「相手は『お前如きが何言ってんだ』って言ったら?」


「そんなことを言う奴はこっちから願い下げだよ」


 夏季はそう断じた。


 健太は面白そうに夏季を見つめ、


「夏季はさ。真っすぐだよね」


「ん?」


 何を言っているのか解らない夏季。


「もしかしたら、四季さんの心を射止めるのは、夏季みたいな奴かもしれないな」


「ごふ!」


 冗談でも止めてほしい。


 昨日も自分がデレるのは夏季だけだと朱希は言っていたが、それはあくまでも親愛の情だろう。


「それはないと思うよ」


「そう?」


「そうそう。あ、でもさ。四季さんは健太君みたいな人なら、ぞんざいにあしらうことはないと思うよ」


「どうだろうね」


「きっとね」


 それだけは自信をもって言える。


 そう。

 朱希は夏季の自慢の妹なのだから。


「じゃあ、俺もアタックしてみようかな?」


(ぐっ。藪蛇だったか!!)

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