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青春の汗

 夏季の朝は早い。


 まず、起きたら歯を磨き、その後はジャージに着替えてジョギングに出かける。


 ランニングではなく、あくまでもジョギング。


 特に身体を鍛えようとか、運動系の部活に入っているわけではない。


 では何の為なのか。


 健康の為ということは勿論あるが、なんとなく青春ぽいからというよく分からない理由だったりする。

 朝露が太陽に照らされている中、走る様がかっこいい。

 そんな理由で初めているのだ。


 ジョギングを終えた後はシャワーを浴びて朝食を作る。

 作るといっても、パンを焼くだけとか、ご飯に海苔や納豆をぶっかけるだけとかいう簡単なものだ。

 その後でインスタントコーヒーを淹れて軽く一休み。

 洗い物をして、テーブルを綺麗に拭いた後は忘れ物がないか、念のために点検し、制服に着替え、そのまま出かける。


 これが夏季の朝のルーティンである。

 ホームルームが8時40分から始まることを考えると、徒歩で行ける夏季の通う学校。

 朝景(あさかげ)高校に7時ちょい過ぎに出るには少し早いと言える。

 だが、夏季はそれでもこの時間に家を出る。

 一番の理由は朱希と出かける時間が被らない為。


 性が違うことからも分かるとおり、2人の家庭は複雑だ。

 それ故に、学校では赤の他人というスタイルをとっている。


 同じ時間、2人一緒に登校するのは人目的に不味いのだ。


 それともう一つ、これは単に夏季が朝、人の少ない学校が好きという理由もある。

 早く行って特に何をするわけでもないのだが、雰囲気、空気が気に入っているからだ。

 朝練に精を出している部員を見るのも楽しいし、時には日直の仕事を手伝ったりもする。

 クラスでは「物好き」「変わり者」と言われる。


「さて、今日は」


 どうするかはその時の気分で決める。


 考えた末、夏季は教室に直行した。



 教室に行ってみるとそこには既に誰かがいた。


 まあ、いるのは変ではない。


 夏季よりも早く人がいることも珍しいわけではないから。


 そこにいたのは、宮崎かおりという女生徒だった。


 紺のブレザーに可愛らしいリボン。

 白いシャツを下に着て、白と緑を基調としたプリーツスカートと、この学校の制服を着こなしている。

 そして、朱希の友人でもあった。


 夏季は笑顔でかおりに声をかける。


「宮崎さん、おはよう」


 かおりは振り返り、夏季を認めると、これもまた笑顔で返した。


「あ、草村君おはよう。いつものことながら早いね」


「もうすっかり習慣でね。そっちも早いね。いつもこれくらいの時間だっけ?」


「日直」


 かおりは率直に夏季の質問に答えた。


 なるほど。

 それならば夏季よりも早く登校していても不思議ではない。

 夏季は頷いて、納得したのだが。


「日直って二人だよね。もう一人は?」


「高梨君なんだけど、来ないね。サボったっぽい」


「あー、高梨君か」


 高梨。

 高梨勝也(たかなしかつや)


 朝景高校はこの辺りではそれなりに名の知れた名門校であり、入学倍率も高い。

 なので、この高校の生徒は基本真面目なのだが、中にはヤンチャな生徒も出てくる。

 まあ、不良が成績悪いと決めつけるのもどうかと思うし。

 勝也はそんな生徒の一人だった。


「じゃあ、一人でやってるの? 大変じゃない?」


 夏季が尋ねると、苦笑しながらかおりは答える。


「それ程でもないんだけどね。いてくれたらそれはそれで助かるんだけど」


「手伝おうか?」


 夏季の提案に、かおりは驚く。


「え、いいの?」


「勿論。早く来てるけど、特に何かやってるわけじゃないからね」


 一瞬戸惑ったかおりだったが、すぐに「それじゃあお願いしようかな」と、夏季の提案を受け入れた。


「じゃあ、あたし日誌取って来る。その間、草村君は黒板拭いといて」


「了解」


 夏季に簡単な指示を出すと、かおりは教室から出て行った。


 それを見送った夏季は、黒板までやって来る。


「さて、と」


 まずは黒板消しを専用の機械にかけて染みついてしまったチョークを吸い取らせ、それが終わると黒板を拭いていく。


 若干白かった黒板が黒へと変わる。

 綺麗になった黒板に満足した夏季は、再び機械にかけて、薄っすらと白くなってしまった黒板消しのチョークを吸い取らせる。


 次に机を綺麗に整頓し、後ろの棚に置かれている観葉植物に水やり。

 最後に机を雑巾で拭いていった。


 そうこうしていると、かおりが日誌を持って戻って来る。

 机を拭いている夏季を見るや、かおりはポカンと口を開けた。


「え、机拭いてるの? 全部?」


「ああ、お帰り宮崎さん」


 夏季は机から顔を上げて、かおりを見ると、かおりは慌ててこっちにやって来た。


「ちょっとちょっとっ」


(なんぞ?)


 手順を間違えたかと思った夏季だが、どうもそんな感じではない。


「そこまでしなくていーって」


「ああそういうこと。いいのいいの。早く来た時にたまにやるから」


 それを聞くとかおりは仰天した。


「え、マジですか? まったくの善意でやってるの?」


「善意っていうか。こっちの方が自分でも気持ちいいじゃない? 達成感もあるし。自己満足」


 俺やったぞ! という達成感があるからやっている部分も大きい。

 誰かに褒めてもらいたいからではない。

 結局のところ、自分の為にやっていることだ。


「はー、まったく人がいいっていうか」


「そんなつもりはないんだけどね」


「と、とにかくありがと。黒板は・・・拭いてくれたね。観葉植物は」


「そっちは水やっておいたよ」


「そうなんだ。重ね重ねありがとね」


「いいって。情けは人の為ならずだよ。ん? 使い方これで合ってるよね?」


 夏季は自信なさげに尋ねるとかおりは「うんうん」と頷く。


「情けは人の為にならないって誤用があるけど、本当は情けは人の為だけじゃなくて回り回って自分に返って来るって意味だよ」


「だよね。合ってて良かった」


「草村君。国語苦手?」


「ふっ、自慢じゃないけどこの間の小テストは38点だったぜ」


「自慢じゃないことを何故自慢げに言うのか謎だけど。それってやばくない?」


「赤点は免れるね」


「そこを基準にしちゃ駄目だと思うな~」


「いいのいいの」


 夏季は気にした風でもなく手をプラプラ振った。


「まあ、何にしても助かったよ。あ、他の人もちらほら来たっぽい」


 かおりは教室の入り口を見ると何人かの生徒が中に入って来た。


「あたし一人じゃまだ終わらなかった。今度埋め合わせするね」


「いいって。見返りを求めてやったわけじゃないから」


「お人よしだねぇ草村君は」


 かおりは眉を八の字にして苦笑したのだった。

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