異変
中腹を過ぎた頃、それなりに疲れも溜まって来た。
汗を拭いお茶を飲む。
「ふぅ」
空を見上げると木々の合間から木漏れ日が差し込んでくる。
見渡す限りの快晴。
天候に恵まれて本当に良かったと思う。
大きく息を吸い込んだ。
「空気が美味いってこういうことをいうのか」
「確かに、都会では味わえない空気を感じる」
健太も大きく息を吸い込み、同じ感想を漏らす。
「な、なあ。川があったらいいと思わないか?」
「川? 水遊びがしたいの和泉君?」
「いや、そうじゃなくて、マイナスイオンが発生してそうじゃないか」
「あー、確かに」
滝とかあればさぞ気持ちがいいだろう。
まあ、このハイキングコースにはないと思うが。
そんな話をしていると、前方に別の班の生徒が何やら話し合っていた。
なんだろうと思っていたら、
「なあ、こっちの道に行ってみないか?」
「いいのか? 学校のルートとは違う道だぞ」
「こっちの方が早いって。どうせ山頂は一つなんだし」
それを聞いて夏季は真っ青になった。
「それフラグーー!!」
夏季は急いで駆けつけた。
「お、おう草村。なんだよ?」
「そっち行っちゃ駄目だよ。学校で決めてあるルートじゃないと」
「いや、こっちの方が早いと思って」
「漫画じゃ、こういう場面大抵遭難するんだ。絶対駄目!」
「そ、そうか・・・」
男子生徒は夏季の勢いに押され、学校指定のルートを進んだ。
夏季は胸を撫でおろす。
そこに中村先生が現れた。
「草村君。どうしましたか?」
「いや、こっちの道に行こうとしている人がいたもので」
「えっ! ああ、そういうことですか・・・」
中村先生は頭を悩ませている様子だ。
学生ならば冒険心から探検したくなる生徒もいるだろう。
しかし、学校が把握していない道を通るのは極めて危険だ。
「仕方ありません。私はここに立って、生徒達に注意を呼びかけます。君達は先に行っていなさい」
「分かりました」
中村先生を残し、夏季達は再び歩き出した。
そろそろ頂上も近いと思われた頃にはかなりの体力を消耗していた。
インドア派の和泉は玉の汗をかき、息を切らせている。
「大丈夫? 和泉君」
「ああ、結構疲れたな」
「頑張ろう。多分もうすぐだ」
「そうだな」
頷くと和泉はペットボトルの水を飲む。
夏季は朱希をチラっと見る。
少し後ろからついてくるが、かなり辛そうだ。
先程から夏季はかなりペースを落としている。
それでも朱希はついてくるので精いっぱいといったところだ。
気が付けば周りに生徒はいない。
もしかしたら、夏季達の班が最後尾なのかもしれなかった。
夏季は朱希に歩み寄る。
「四季さん。大丈夫?」
「・・・問題ないわ」
とてもそうは思えない。
息は荒く、苦しそうだ。
夏季は苦い顔をする。
「皆。もう少しペースを落とそうか」
皆は心配そうに頷くと一旦足を止めた。
「・・・皆。先に行ってちょうだい。私は1人で大丈夫」
「そういうわけには」
「お願い。行って。行ってちょうだい」
夏季は眉をひそめた。
足手まといになるなど、朱希のプライドが許さないのだろう。
こうなった朱希は頑固だ。
頭をかいて3人の方を向く。
「皆。もうすぐ頂上だ。先に行って。僕と四季さんもすぐ行く」
「草村君・・・」
「大丈夫だよ宮崎さん。すぐに追いつくから」
かおりも朱希が心配なのだろう。
同時に朱希の性格をよく解っているかおりはここで待っていても朱希の不興を買うと思い、重々しく頷いた。
後ろ髪を引かれながらも3人は先に行った。
夏季と朱希だけが残る。
「・・・余計なことして」
「少しここで休んで行こう。朱希、飲み物は飲んでるか?」
「うん」
朱希はペットボトルを取り出してお茶を飲む。
「お兄ちゃんも先に行ってよ。あたしは1人でも登れる」
「そう言わないでくれ。一緒に行こう」
「・・・」
朱希は諦めたのかそれ以上は何も言わなかった。
その時、朱希の体がふらりと揺れた。
「朱希!」
ふらつく朱希を夏季は抱き留めた。
その時、初めて気が付いたのだ。
熱い。
体が熱を持っている。
目を見開いた夏季は朱希の額に手を当てた。
「お前熱が!!」
「熱がなくちゃ人間生きていけないよ・・・」
「誰がとんちを言えと言った!」
夏季は慌てて朱希を座らせる。
失敗だ。
今日は気まずくて朱希の顔をあまり見ていなかった。
まさかこんなことになるとは。
いや違う。
朱希の体が弱いのは分かっていた筈だ。
もっと気に掛けるべきだった。
夏季は忸怩たる思いで歯を食いしばった。
「今先生を呼んでくる。お前は座って待っとけ」
「駄目だよ。お兄ちゃん。頂上に行かないと・・・」
「今は体を優先しろよ」
「お兄ちゃんにゲーム買ってもらうんだ」
「馬鹿。そんなもんいくらでも買ってやる。ここまで頑張ったんだ。よくやったよ。ここで終わったって」
「嫌だ!!」
相当辛いだろうに声を荒げる朱希。
夏季は驚いて一歩下がった。
「ここまで来たんだ。最後までやりたい。やり遂げたい」
「・・・朱希」
「嫌なんだよ」
よろりと朱希は立ち上がる。
「山登りなんてタルいよ。面倒くさいよ。でも、やるからには最後までやりたい。途中で逃げたくない。体が弱いって言い訳を使いたくないんだ!」
改めて夏季は思い知らされる。
四季朱希は、意地っ張りで負けず嫌いで、誰よりも頑張り屋なのだ。
だが、誰が何と言おうと、こんな状態の朱希にこれ以上続けさせるべきではない。
助けを呼ぶべきだ。
だが、
だが!
夏季は朱希に背を向けて座った。
「お兄ちゃん?」
「寄りかかれ。おぶってやる」
「ええ~・・・」
「ほれ、早くしろ」
「いや、大丈夫だよ。あたしは1人で」
ギっと、夏季は奥歯を噛んだ。
「朱希。俺はお前の兄貴だ」
「・・・」
「お前は俺が背負う。頼む。お前を背負わせてくれ」
朱希は無言でしばし夏季の背中を見つめている。
そして、穏やかに、それでいて切なそうにしながら、ゆっくりと夏季の背中に寄りかかった。
朱希の体温を感じる。
熱い。
こんな状態でよくここまで登って来たものだ。
(本当に、なんで気が付かなかったんだ)
体が沸騰しそうな程の後悔の衝動が夏季を襲う。
首をぐるりと朱希の腕が回したところで太ももを押さえ、ゆっくり立ち上がった。
「大丈夫?」
「当たり前だ。じゃあ行くぞ」
大地を踏みしめ坂道を歩く。
「どうだい。胸を押し当てられている感触は?」
「・・・それだけ減らず口が叩けるなら上等だな」




