遠足に心躍らせる夏季
「よーし。校外学習という名の遠足か。これはテンション上げて行こう!」
夏季は嬉しそうにはしゃぐ中、和泉はげんなりしていた。
「夏季は元気だな。俺はこういうイベントは嫌いなんだ・・・休みたい」
典型的なインドア派な和泉はこの手のイベントが大の苦手だ。
というか、団体行動が嫌いだ。
出来れば、この日は風邪を引いて休みたい心象であった。
「うーん。和泉の言うことも分かるけど、ここでズル休みはよくないよ」
そう言って健太が神妙な顔で和泉を嗜めた。
「・・・それは、解ってるさ」
和泉は大きくため息をついた。
本気ではなかっただろう。
そうしたい心境だというのは間違いないだろうが。
だが、和泉は心の底からホッとしたように息を吐いた。
「夏季、健太。ありがとな。俺を仲間に入れてくれて」
「いいっていいって」
「そうそう」
夏季と健太はニコニコ頷くが、どうも和泉の思いはそう軽いものではないらしい。
「いや、ここはちゃんと礼を言わせてほしいんだ。もし2人がいなければ、こんな班決めなんて、苦痛でしかなかった筈なんだ」
確かに、夏季が声をかけるまで、ずっと和泉はおろおろしていた。
もし、あのまま夏季が声をかけなければ、余りができた班に自動的に組み込まれていた可能性が高い。
さして親しくもない人間と班を組んだら、嫌で堪らないだろう。
それこそ、ズル休みしても不思議ではない。
夏季は薄く笑う。
「はは、和泉君は律儀だなあ」
「そうだな。そんなこと気にしなくていいのに」
そう言われて、和泉は恥ずかしそうに頬を指でかく。
「わ、悪いかよ。くそ、恥ずかしいな」
それを見て、2人は穏やかに笑った。
「それにしても、あれだな」
健太が声を落とす。
「まさか、四季さんと同じ班になるとは思わなかったよ。夏季と和泉は四季さん苦手だろう?」
「「うっ」」
2人は同時に呻いた。
「た、確かに四季さんはちょっと苦手だなぁ。なんていうか、圧が強い。彼女は特に意図してないんだろうけど、あの話し方と目で睨まれると動けなくなる・・・」
和泉は苦笑いを浮かべた。
高梨程ではないだろうが、女子の中ではもっとも苦手なのは間違い無いだろう。
夏季は申し訳なさそうに和泉に謝る。
「ごめんね和泉君。僕のせいだ。多分僕に嫌がらせしたくて班に入っただけだから」
健太がニヤニヤ笑う。
「いやいや、夏季が四季さんに熱い視線を投げかけていたからじゃないのかい?」
「ち、ちがっ、違うよ!」
「でも、見てはいたんだろう?」
「そ、それは・・・」
夏季は押し黙った。
朱希というより、朱希に群がっていた男共を見ていたのだが、それを加えると更なる疑惑を持たれかねない。
さりとて、このまま肯定してしまうのも・・・。
「いや、ほら。相変わらず四季さんは人気だなぁって思って見てただけで」
「本当に?」
「本当に!」
健太はまだ疑わしげであったが、これ以上ここを突っついても夏季が意地になるだけと思ったか、素直に引く。
この辺の空気の読み方は流石と思う。
「・・・思ったんだけどさ」
「何? 和泉君」
夏季が尋ねると、和泉は考える仕草をして、こう切り出した。
「四季さんて、夏季のこと本当に嫌いなのかな?」
「「え?」」
「いや、事あるごとに絡んでくるけど、嫌っている相手にあんな絡んでくるかな? むしろ構ってほしいみたいな」
「・・・」
「ともすれば甘えているとも取れる気がしてさ」
夏季はさながら名探偵にお前が犯人だと言われ、指をつきつけられる思いがした。
和泉の推測は当たっている。
大正解と言っていい。
まさか、言い当てられるとは思っていなかった。
なるほど、和泉はこれまでずっと1人で教室の中にいた。
その間、それとなく人間観察を続けていたのだろう。
夏季と朱希の会話、立ち位置をよく分かっている。
さて、どうしたものか。
まさか正解と言うわけにはいかないし、アドリブは苦手だが誤魔化さなければ。
「四季さんが僕に? はは、ないない」
「そうか?」
「そうさ。あるわけないよ。なんだったら聞いてみる?」
「い、いやいや! ないな。あるわけない!」
和泉は慌てて自分の意見を撤回した。
(ふう、なんとかなったか)
それにしても和泉には驚かされた。
今後、和泉のような人間が現れないとも限らないし、注意をしなければならないだろう。
もっとも、あの朱希がそれを素直に聞きいれるとは思えないけれど。
「班になったのもさ、あれじゃない。この前のゴールデンウイークの時、一緒に遊んだでしょ。あれがあったから今回もってことじゃないかな?」
「ああ、確かにそれはあるかもな」
あの時、一緒に遊んだことがここで活きてきた。
なんだかんだで、食事も一緒にとったことがある。
間に健太とかおりがいてくれたおかげで、夏季と朱希だけではまず起こりえなかったグループが出来上がっていたのだ。
これからは和泉もこのグループに組み込まれることになるだろう。
「このグループで遠足か。楽しみだな」
来るべき遠足を想い、夏季は高揚を抑えられずにいたのだった。




