校外学習
「はい。来週は一年生全員で行う行事。校外学習です」
そう言ったのは、夏季達のクラスの担任教師。中村つぐみだ。
ふわふわっとした天然パーマ、茶色が混じったボブカット。
身長は155センチ前後の小柄の体形。
数学の先生である。
その中村先生が言っていた校外学習とは、この学校の近くにある小高い山に登るというもので、まあ、校外学習という名目の遠足である。
入学して初となる学年イベントだ。
青春を満喫したい夏季にとっては待ってましたの行事だろう。
「はいはーい。楽しみにしている人もめんどいと思っている人もいるでしょうけど、これは学校行事ですので我儘は許されません。それにきっといいこともありますよ。男女混合のこのイベントで、気になる意中の人との仲を深める絶好のチャンス・・・かもしれません!」
「「「おおお~」」」
主に男子から声が上がり、チラチラと女子の見る。
入学して1ヶ月ちょっと。
既に意中の人間を定めている男子は多いようだ。
で、だ。
(ちぃ!! ほとんど朱希をみているじゃねーか!!)
夏季は静かに怒っていた。
朱希は視線に慣れているのか、そよ風のように受け流しているのに、夏季の方が敏感に反応してしまっている。
よく見ると、女子は朱希を羨望や嫉妬の眼差しが混じる視線を向けている。
羨望はいいとして、嫉妬は困る。
あれだけの美人だ。
変なトラブルに巻き込まれるのではないかと夏季はヒヤッとした。
困るのは、朱希が勝気な性格だということ。
そんな連中が絡んで来たら、受け流すのではなく真っ向から受けて立つのではないかと、夏季は想像するだけで気が滅入る。
(いやいや。起こってもいないことを気にしてどうする)
夏季はブンブンと顔を横に振った。
「夏季? どうした?」
チラっと健太が夏季の方を見るので、夏季は慌ててにこっと笑う。
「なんでもないよ」
「そうか。ならいいけど」
パンパン、と。
中村先生が手を叩く。
「はいはーい。男子諸君。気持ちが高まるのはいいですが、あまり暴走しないでくださいね。それと、草村君。興奮のあまり頭をブンブン振ってますけど、落ち着いて」
「は、はぇい」
変な声が出てしまった。
周りでクスクスと笑う声がして、夏季は身を縮こませる。
その時、朱希と目が合った。
ニヤリと笑いながら夏季を見ている。
恥ずかしくなって夏季は下を向いた。
「えー、では、日程の説明をしますね。9時に学校を出発。あちらには9時半くらいに到着の予定です。その後で~」
中村先生が遠足の予定を説明していく中、夏季は胸を膨らませていた。
「では、班決めを行います」
ざわっとクラスが震えた。
誰と一緒になるか、それはとても大事。
1番大事と言っても過言ではあるまい。
ここで仲の良くない人と一緒になった日にはせっかくのイベントが台無しだ。
「えーと。じゃあ、しばらく時間を上げますので、適当に組んじゃってください。班は5人構成にして、男子か女子が上手い具合に半々になるように組んでくださいね。男子が3人でも女子が3人でもいいですけど、とにかく5人です」
そう言われ、真っ先に視線が合ったのが、健太である。
「健太君。一緒になろうか?」
「勿論。頼むよ夏季」
2人はふっとほほ笑む。
「さて・・・」
夏季が教室を見渡すと、オドオドしている和泉を発見。
こっちこいと手招きした。
目が合った和泉は飛び上がるほどの勢いでこちらにやって来た。
「・・・あの、夏季、健太。お、俺も・・・」
「勿論。一緒になろう」
「ああ、一緒に行こう」
「ふ、2人ともいいのか?」
オドオドしてる和泉に対し、2人はニッコリと笑った。
和泉は天の助け。
あるいは地獄から垂らされた蜘蛛の糸のようにしがみ付く。
「あ、ありがとう。ありがとう2人共」
今にも涙を流しそうな程和泉は喜んだ。
「はは。いいって。さて、後は、と」
2人はあっさり決まった。
つまりはあと2人。
その中でも女子を入れなければならないのだが。
周りを見渡すと・・・。
「あ、あの、四季さん。俺達と一緒の班に」
「何言ってんだよ。四季さん。俺らと一緒になろうぜ」
「いや、四季さん。是非俺達と」
「はは。あっちは凄いねー」
健太は半笑いで見ていた。
彼にしてみればハッキリ言って他人事だ。
自分が四季朱希と一緒の班になれるとは思っていないのだろうし、以前朱希にアタックしてみようと言っていたのも本気ではないだろう。
しかし、夏季としては心穏やかではない。
どいつもこいつも、隙あらば朱希との仲を深めて、あわよくば告白をしたいと思っている連中ばかりだろう。
夏季としては気が気ではない。
思わずガン見してしまった。
すると、朱希と視線が交差した。
とても嫌な笑みを浮かべ、夏季は「うっ」と呻く。
絶対にろくなことをしない。
夏季は戦慄を覚えた。
朱希はかおりと一言二言話し合うと、2人でこっちにやって来た。
健太はキョトンと、和泉はギクリとして、夏季は天井を仰いだ。
「3人共、女子とは班を組めたかしら?」
涼し気に朱希が質問してくるので、健太は首を横に振る。
「いや、まだだよ。誰を誘おうかな、と」
「そう。それなら、私達2人を入れてくれないかしら?」
「「「えっ」」」
夏季達3人は一様に驚いた。
夏季は「マジか」という思いと、健太は意外に思い、和泉は驚嘆した。
「いいの?」
「ええ、ちょっと私も誘われ過ぎて辟易としてしまって。入れてくれるとありがたいのだけれど」
「俺は構わないけど・・・」
健太は夏季と和泉を見て意見を求める。
「・・・え、えっと。俺は」
和泉はオドオドしていると、朱希はスゥっと和泉を見据えた。
「倉本君」
「は、はい」
「いいわね?」
「はいぃ!!」
和泉は悲鳴を上げながら頷いた。『いいわよね?』ではない『いいわね?』である。
一応疑問形であるが、一切の抵抗を許さない。
そんな質問である。
和泉としては頷くしかない。
もう蛇に睨まれた蛙である。
「それに」
朱希はニヤリと夏季を見る。
嫌な予感が止まらず冷や汗がだらだらと流れた。
「ふふ、そちらからそんな熱い視線を向けられては、ね」
ざわ。
教室が震えた。
全員が夏季を見る。
「く、草村。お前、四季さんのことを・・・」
「マジかよ。あれだけ弄られてるのに・・・」
「いや、むしろそこがいいのか? 弄られたいのか?」
「草村君てやっぱりドエム・・・?」
「ち、ちっがーーーう!!」
夏季は顔を真っ赤にして否定したのだが、それで周りは納得してはくれなそうだ。
「ふっ、誤魔化されないわよ草村君。貴方がずっと私を見つめていたのは分かっているんだから」
「ぬ、ぐ、ぐぅ。そ、それは」
咄嗟に嘘が出てこなかった。
まあ、見ていた理由は朱希に悪い虫がつくんじゃないかと恐れていたわけであるが。
「草村。お前、やっぱり・・・」
「やっぱりって何さ和泉君! 違うよ? 僕ノーマルだよ!?」
「ふふふ。私も罪な女ね」
(お前は黙れ!)
またも弄られてしまったが、結果オーライだ。
これで悪い虫の心配をしなくて済む。
夏季は安堵の息を吐いた。




