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夏季の怒り

 放課後。


 朱希は意味もなく校舎を徘徊していた。


 不味い。

 非常に不味い事態だ。

 いつものように夏季をからかおうとしただけなのに、えらいことになってしまった。


 このままでは本当に夏季に彼女が出来てしまうかもしれない。

 いや、だがあの兄のことだ。

 いくら彼女が欲しいからと言って、誰彼構わず告白するようなチャラい真似はすまい。


 しかしだ。


 今日初めて知ったが、どうやら夏季は結構モテるらしい。

 ならば今日。

 夏季は彼女募集中と言っても同然の発言を公衆の面前で大々的に発言した。

 これを機に、夏季に告白する輩が現れないとも限らない。


(どうしよう。お兄ちゃん取られちゃう・・・)


 朱希はとても胸が苦しくなった。

 こんな思いをしたのは、夏季がしばらく自分から離れてしまったあの時以来だ。

 しょんぼりしたまま帰ろうと思っていたら、教室で夏季を見かけた。

 思わず、さっと隠れてしまう。


 夏季は机を動かしていた。

 それを見て、朱希は納得する。


(ああ、今日お兄ちゃん、掃除当番だ)


 よく見れば、夏季以外に3人の女子がいた。

 彼女らも掃除当番なのだろう。


(げ、北条・・・)


 その中の1人に北条なぎさという女生徒がいる。

 チャラチャラしている所謂ギャル系で、朱希とは別グループの生徒だ。

 朱希はああいうタイプは好かず、あまり話したことがない。


「あー、掃除だっる」


「ねー」


「この後さー、遊びに行かない?」


「いいね。行こう行こう」


「カラオケとかどう?」


「いいねー」


 そんな風にキャッキャと話に花を咲かせている。


(話してないで手を動かせよ)


 朱希はイラついた。

 先程から掃除をしているのは夏季1人。

 他の3人はダラダラお喋りしているだけである。


 すると、彼女らはヒソヒソと何かを話し合い、夏季に歩み寄る。


「ねーねー。草村君。あたしらさ。ちょっと用があって。掃除任せてもいいかな?」


「え?」


 夏季はキョトンとした。

 それを聞いて、朱希は怒りで顔を赤くなる。


(あいつら!! 何が用だ。これからカラオケ行くんだろうが!)


 朱希は正義感が強い。

 こういうのは我慢ならない質だ。

 お人よしな兄のこと。

 簡単に了承してしまうだろう。


「ねー、いいでしょ?」


 北条は甘えた口調でそう言う。


 もう我慢できない。

 朱希は教室内に突貫しようとした。

 日頃の夏季と朱希の関係を考えれば、朱希が夏季を助けるなど不自然極まりないが知ったことか!


 だが、


「ふーん。じゃあ僕もサボろうかな」


「「「は?」」」

「え?」


 朱希も、北条らも目を丸くした。


「3人がサボるなら僕も一緒にサボろうかなって」


 夏季があっけらかんと言うので、北条らは戸惑った。


「・・・いやさ。君までサボったら、掃除誰がやんの? あたしら用が」


「カラオケ行くんでしょ? 今言ってたじゃない」


「っつ」


 北条の顔が引きつる。


 朱希は呆れた。

 聞かれていないと思ったのか。

 夏季がそれでも引き受けてくれるという前提で話していたのか知らないが、馬鹿な連中である。


「い、いいじゃ~ん。今回だけだから。ね、ね?」


「遊びに行くのにいいわけないよね?」


「・・・」


 愛想よくしていた北条らであったが、段々とイラついてきた。


「い、いいじゃない。いつも誰か手伝ってるじゃん。あたしらを手伝ってくれたって」


「誰かが困ってるならいくらでも協力するよ。でも、君達は違うよね? ただサボって遊びたいだけだ。そんな人の願いをほいほい聞く必要なんてないだろう?」


「うっ」


 当たり前の正論をぶつけられ、北条の顔が歪んだ。

 しかし、あからさまに馬鹿にした口調でこう言う。


「あんたが最初にサボったからあたしらもサボったって言うことも出来るんだよ?」


 朱希は歯ぎしりした。

 血管がぶち切れそうになる。

 涼やかに振舞っているが、そもそも朱希の沸点は低いのだ。

 あんな馬鹿共のせいで夏季が不名誉を負うなど我慢ならない。


「・・・へぇ。お前らそういうこと言うんだ」


 その時、夏季の雰囲気が、表情が、態度が一変した。


 いつものにこやかな表情は消え去り、目を吊り上げ、太々しくなる。


 途端に豹変した夏季に、北条は一歩引いた。


「いいよ。言ってみろよ。普段のチャラいお前らと()のどちらを信用するか、先生に判断を委ねようじゃないか」


「くっ」


「さあ、どうする? カラオケ行くか?」


 北条は顔を赤くするが、次第に萎んでいき、箒を手に取った。


「ちっ、やればいいんだろやれば」


 不機嫌さを隠そうともしない北条にまだ朱希の溜飲は下がらない。

 すると夏季が不敵に笑う。


「ああ、良かった良かった。これを使わずにすんで」


「えっ?」


 なんのことか解らなかった北条だが、夏季の持っているスマホを見て、顔色を変えた。


『あんたが最初にサボったからあたしらもサボったって言うことも出来るんだよ?』


「・・・そ、それ」


 それは先程の北条の肉声で合った。

 夏季はこうなる可能性を予測して、あらかじめボイスレコーダーをセットしていたのだ。

 深読みしすぎとも取れるが、何という用意周到さ。

 北条は愕然とした。


「お前らが本当にサボったなら、これを先生に提出しないといけなかった。いや、クラスのグループSMSにでも流した方がいいのかな?」


「ちょ、ちょっと。止めてよ!!」


 そんなことをしたら、自分達はどうなる?

 まあ、クラス会議なんて事にはならないだろうが、クラスから白い目で見られることは間違いない。

 ここは基本真面目な生徒が集う進学校なのだ。

 気が大きくて普段から大きな声で話している為、カースト上位にいる自分達の地位は失墜する。


「ああ、止めてやるよ。箒を手に取ったからな」


「そ、それ。消してよ・・・」


 消え去りそうな声で怯えて頼むと、夏季は嫌らしく笑う。


「ああ、お前らが反省したらな。それまではしばらく保存しておく」


「し、しばらくって、いつまでよ!?」


 北条は恐怖に怯えた。

 後ろの2人も同様だ。


「さあ、それはお前らのこれからの態度次第だな。あ、まずはそうだな。和泉君を遠目から馬鹿にしたようにクスクス笑うのを止めてもらおうか?」


「分かった。分かったから!」


 今にも涙を浮かべそうになりながら、北条は約束した。

 それを見て、夏季はふにゃりといつもの穏やかな顔を作る。


「うん。分かってくれればいいんだ。さ、掃除の続きをしよう。なあに、協力してやれば15分とかからないよ。その程度の時間でこんな(いさか)いをするなんて馬鹿馬鹿しいでしょ?」


 完全に夏季に呑まれた北条らはコクコクと頷いて、黙って掃除を始めた。


 もし、ここで北条を帰してしまっては、これから事ある事に北条は夏季に面倒事を押しつけただろう。

 それを解ってか、夏季は機先を制したのだ。


 朱希はそっと教室から離れた。


「へへ、お兄ちゃん、かっけぇ」


 先程の怒りは何処へやら。

 朱希はスキップしそうな程足取り軽く、学校を後にする。

 帰って来た夏季は、これまで以上に甘えてくる朱希に、困惑するのだった。

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