サウナ2
サウナの前までやって来た和泉は明らかに挙動不審だった。
前をじっと見られず、キョロキョロとし、サウナから出てくる人を凝視した。
出てくる人は一様に体が真っ赤だ。
汗もダラダラかいている。
和泉はゴクリも唾を呑み込んだ。
「そんなに緊張しなくても」
夏季は呆れるが、どうやら和泉には大事らしい。
「いや、サウナって昔一回だけ入ったきりで」
「初めてではないんでしょ?」
「そうだけど、あの時は暑さにヒーヒー言いながら出てきた記憶しかなくて」
「そうなんだ。水風呂には入った?」
「い、いや。足首だけ入ったけど、凄く冷たくて、すぐ出た」
「ええ!?」
夏季は仰天した。
夏季の価値観からしたら考えられないことだ。
「そりゃ勿体ない。サウナで気持ちよくなれる瞬間を逃すなんて」
「あ、あれが気持ちいいのか?」
「そうだよ!」
「やっぱり夏季って・・・」
「ん?」
「いや、何でもない」
何やら失礼なことを考えられていると感じた夏季だが、今はスルーだ。
「じゃあ、入ろう。あ、体の水滴は綺麗に拭いてね」
「皆、びちょびょちょで出てくるけど?」
「あれは汗。床は木で、タオルが敷かれてるけど、それを濡らしちゃいけないから」
「そうなのか。分かった」
納得して和泉はフェイスタオルで体の水滴を拭き取り、夏季も同じようにする。
いよいよサウナに入る時がきた。
和泉はおっかなびっくり夏季の後に続く。
「うわっ」
押し寄せてくるこの熱気。
部屋の外とは雲泥の差だ。
温度計があったので見やると、90度を差している。
一般的なサウナでは、高すぎず低すぎずである。
高い所だと110度を越えるのだから、初心者にも優しいといったところだろう。
和泉にはまだ暑いかもしれないが。
夏季と並んで和泉も座る。
しかし夏季はやんわりと和泉にアドバイスした。
「あ、和泉君は下の段に座ったほうがいいよ」
「なんで?」
「そっちの方が暑くないから」
サウナは下段の方が上段よりも暑くない。
夏季はサウナに慣れているが、初心者の和泉は下段の方がいいだろう。
しかし、和泉は足を動かそうとしなかった。
夏季は不審に思ったが、
「いや、夏季と同じでいいよ。そっちの方が同じ暑さを感じられるし」
「そう? 和泉君がそう言うなら止めないけど」
やめた方がいいんじゃないかなーと思いつつも、夏季は何も言わなかった。
「なあ、夏季。あの時計変じゃないか?」
和泉が指さす時計を見る。
「あれな1目盛1分だから」
「ああ、なる」
今も秒針がゆっくりと回っている。
納得した和泉は、備え付けられているテレビに注目した。
今はバラエティー番組をやっているようだ。
夏季はそんな和泉を見た後、ゆっくりと目を閉じた。
サウナにはテレビを置いてある所が結構ある。
夏季はテレビを見ることもあれば、あまり興味がない番組がかけられている時は、目を閉じて、ゆっくり自分と向きあう。
汗が出てきた。
高温の室内はじっとりとした湿気がある。
いわゆるフィンランド式サウナだ。
ゆっくりと体が蒸されていく中、夏季はその暑さを一心に受け止めていた。
暑さ以外は何も感じない。
テレビの音も聞こえなくなってきた。
(ああ、いい)
暑い。
しかし、この暑さが心地いい。
脈がトクトクと早くなっていくのを感じる。
いい感じだ。
「な、なあ、夏季。俺、そろそろ限界かも」
ハッとして横を見ると、和泉が湯だった顔をしている。
しまった。
目を閉じて自分の世界に引きこもっていた。
「ごめん。出ようか」
「あ、ああ。助かる」
初心者にはキツい時間だったかもしれない。
急いでサウナを出た夏季達は、今度は水風呂の前に立った。
「ごめん、和泉君。暑かったね?」
「い、いや。大丈夫だ」
口ではそう言っているものの、辛そうだ。
「まあ、でも、そんな時こそこの水風呂が気持ちいいよ」
そう言うと夏季は桶で水を掬い、それを頭からぶっかけた。
「ひゅー」
「つ、冷たくないのか!?」
「冷たい!」
「それって気持ちいいのか?」
「いいよ。和泉君もやりなよ」
「あ、ああ」
桶を持った和泉は怖々水を肩からかける。
「ひゃあ!」
「気持ちいいだろ!」
「つ、冷たい!」
「それがいいんだ。さあ、汗をかいたまま水風呂に入るのはマナー違反だからね。もう一回くらいかけよう」
「うええぇ!」
驚いた和泉だったが、言われるがままに、水をかけた。
そして、ついに水風呂に入ることとなる。
「うう、ううう」
水風呂は深い。
立った状態なのに既に胸あたりまで水がある。
夏季はなんの躊躇もなく、ズポンと、肩まで水に浸かった。
「ふぁぁ。ひゅー」
「お、お前それ、大丈夫なのか!」
「いいよ。和泉君もやってやって」
「うう・・・」
和泉はゆっくりと体を沈めていく。
「一気にいった方がいいよ?」
「むむむむ、無理だ!」
和泉は震えながら肩まで水に浸かった。
「まあまあ、慌てないで。しばらくすると慣れてくるから」
「慣れるのかこれ?」
「うん。そろそろかな? どう?」
「ど、どうも何も冷たいだけ・・・あれ?」
和泉は今、自分の体の異変に気がついているだろう。
そう。
あまり冷たく無くなってきた自分に。
「どうやら、和泉君にも羽衣が出来たようだね」
夏季はニヤリと笑った。
「は、羽衣?」
「そう。暑くなった体と水の間に膜が出来るんだ。それで暑さをあまり感じなくなるのさ」
「へえ。確かにこれなら、、あっ、なんか気持ちいいかも?」
「だろう!」
夏季は会心の笑みを浮かべた。




