新しい友達
弛緩し始めた教室内に、再び暗雲が立ち込める。
夏季と朱希。
2人の中が険悪であることは、学年中で評判だ。
「お・・・草村君。何かしら? 今私は倉本君と話をしていて」
「おっと。君も国語の勉強が必要なんじゃないかな、四季さん?」
「くっ」
先程のやり取りを見事に返され、朱希は言葉に詰まった。
多分本気で夏季を睨んだ朱希は、夏季にしか見えない角度で舌打ちをしつつ、夏季の傍までやってくる。
「いいわ。これ以上騒ぎを起こすのは私も本意じゃないし」
「はは。またまたー。四季さんもツンデレだねって痛!」
思い切り足を踏まれた。
すれ違いざまに小さく「後で覚えてろよ」と言われ、夏季は苦笑する。
ここでなんとか復活したかおりが朱希に飛びついた。
「朱希ちゃーん!」
「何、かおり?」
「何じゃないよー。怖かったよー。もうあんなこと止めてね」
朱希は困り顔だ。
「そう、ね。でも私はあまり我慢が得意なほうじゃないから」
「朱希ちゃんが正義感強いのはよく分かってるよ。でも、あたしの心臓が持たないんだよー」
「・・・かおり」
今にも泣きだしそうなかおりをゆっくりと抱きしめ、朱希はかおりの頭を撫でる。
「ごめん。次からもっと上手くやるわ」
「出来れば、やらないでほしいんだけどな・・・」
そう言ってかおりは苦笑いをした。
あっちはあっちで一段落したようだ。
「さて」
夏季はニコニコ顔を作りながら倉本に近づいた。
「いやー。災難だったね倉本君」
「・・・草村、君」
倉本は気まずげに上目づかいで夏季を見た。
「あまり気にしないほうがいいよ。彼もどうやら今日は虫の居所が悪かったみたいだし」
「・・・情けない奴だとお前も思ってるんだろう?」
「は?」
思わず間の抜けた声で答えてしまった。
倉本はきゅっと口を結ぶ。
「あんなこと言われても言い返せない。剰え。女の子に助けてもらって、その四季さんにも手痛く言われる始末。そんな俺をかっこ悪いとお前だって思ってるんだろう?」
「いや、そんなことないって」
どうにも倉本の負の感情に土足で踏み込んでしまったようだ。
夏季が戸惑っていると、倉本は視線を外して、目を瞑った。
「・・・どうせ、どうせ俺は陰キャだよ。あんなこと言われても何も出来ない。暗くて、ボッチで、休み時間もずっとソシャゲくらいしかやることのない。そんなつまらない人間さ!」
どうやら相当鬱憤が溜まっていたらしい。
夏季が何かを言う前にドンドン喋る速度が上がっていく。
「お前みたいな陽キャに俺の気持ちなんか解らねーよ! ずっとクラスに居場所がなくて、下向いている俺なんかの気持ちなんか」
「陰? 陽、キャ? 何それ?」
言葉の意味が分からない夏季は、ポロっと本気で尋ねた。
改めて尋ねられて困ったのか、倉本は口をつぐむ。
「だ、だから、俺みたいな奴を陰キャって言って」
「大人しくてゲームが好きだとその陰キャになるの?」
「・・・そうだ。で、お前みたいに明るい奴を陽キャって」
なんだか言ってて恥ずかしくなってきたのか、倉本の声が次第に萎んでいく。
「ふーん。で、それって悪いことなの?」
「え?」
夏季は真顔で言い返した。
「暗いっていうのは大人しいとも言えるよね。ゲームが好きなのは趣味だし。ただの個性じゃない。それを恥じているみたいだけど、なんで?」
「いや、だって、それって」
上手く言葉に出来ず、倉本は口籠る。
「・・・お前らは、俺みたいな奴を見下して」
「なんで?」
心底不思議そうに夏季は首を傾げた。
言っている意味が分からない。
そもそも、夏季はあまり倉本とまともに会話したこともないし、目立っていないので気にしたこともない。
そんな人間を見下すなんて発想がまずない。
だが、その発言がむしろ無神経だとも言える。
自分がずっと悩んでいる。
苦しんでいる問題をどうでもいいように言われている気がするからだ。
「お前みたいな奴には、俺の気持ちは解らないよ」
そう、倉本は吐き捨てた。
「お前みたいな奴に、1人でいるボッチの気持ちなんか解んねーよ!!」
ハアハアと息を吐きながら、倉本は言い切った。
この時、朱希が怒りの表情を見せ、倉本に突進しようとしたのだが、それを察して夏季が視線でそれを制した。
「・・・っつ」
今にも口を開きそうな朱希が何か言う前に、夏季は興奮して椅子に座っている倉本に視線を合わせた。
「解るよ」
「え?」
「周りに人がいる中で、自分だけが置いてきぼりで、孤独を感じるその気持ち、解るよ」
目と目が合ったその時、倉本は直感で解った。
夏季は嘘をついていない。
その瞳は、1人でいることの寂しさをよく解っていると告げていた。
なんで?
こんなに明るく、友達もいるのに、なんで?
「だ、だって。お前みたいな陽キャに陰キャの俺の気持ちなんて・・・」
「キャッキャキャッキャと五月蠅いな」
声の音量が上がり、倉本はビクッと震えた。
「僕はキャラクターと話してるんじゃない。君と話してるんだよ倉本君」
「---!」
その言葉が、倉本の心にスッと入って来た。
随分と青臭いことを言っている。
だが、それが心に染み入ったのだ。
「・・・俺、俺、俺は」
何か言いたいのに声に出せない。
表現できない。
それが解った夏季は話題を変えた。
「そういえばさ。ソシャゲやってるんだね?」
「え?」
「ほら、さっきゲームやってるって」
「え、ええ? うん。やってるけど」
「僕もゲームはやっててさ。どんなの?」
「な、なんだよ急に。こ、こういうのだけど」
言われるがままに、倉本はスマホを取り出し、ゲームを起動する。
そこに映し出されたのは、可愛らしいイラストの少女だ。
「あっ」
倉本は慌てた。
勢いに押されて起動してしまったが、それは可愛い女の子だけが出てくるRPGだ。
咄嗟に手で隠す。
まあ、見られてしまったので後の祭りなのだが。
「おお。可愛い子だね。キュートだ」
「き、キモイだろ?」
「なんで?」
「いや、こういうゲームやってるから・・・」
「そんなの僕のいも・・・知り合いもやってるよ? 萌えるぜ! って」
「そ、そんな知り合いが草村君にもいるのか」
「ま、まあね」
後ろから朱希のプレッシャーを感じた。
あまりこの会話を続けると不味い。
夏季は健太を手招きした。
いきなり呼ばれて健太は驚くも、誘われるがままにやって来る。
「ね。このイラスト可愛いよね?」
「ああ、これ。プリプリだ」
「プリプリ?」
「そういう略のゲーム。ユーザー数も多いよ」
「なんだ。やってる人いっぱいいるんじゃん。ほらほら、この子なんて結構アングルが際どいよ」
「あ、ああ。確かに」
夏季はスマホを取り上げて健太に見せつける。
屈みこんで胸の谷間が強調されたイラストだ。
「や、止めろよ!!」
「ええ、いいじゃーん」
「夏季。止めてやれ・・・」
夏季が騒ぎ、倉本が焦り、健太が夏季を制止する。
いつの間にかさっきの緊迫した空気は薄らいでいた。
「男子って」
「・・・キモ」
ヒソヒソと女子が話し合っている。
それが聞こえ、倉本は赤面した。
「いいんです~。これが健康な男なんです~。ねえねえ皆も見てごらんよ」
「ちょ、ちょっとお前ふざけんなよ!」
周りの男子をぐるっと見回して、夏季は倉本のスマホを持ち上げた。
さっきから空気に当てられていた男子の数人が釣られてやって来る。
「お、こいつはやべぇ」
「もっと違うキャラないのか?」
「え? あ、あるけど」
倉本は囲まれて、おっかなびっくりキャラ一覧表を開いた。
「俺、この子結構好みかも」
「やべえ、妹キャラがいる」
「おまっ。それここで言っちゃう?」
「実は俺もこのゲームやってたり」
「お、俺も」
倉本は呆気に取られ、その光景を眺めていた。
そもそも、こんなに人に囲まれた経験が倉本にはない。
夏季は視線を倉本に移す。
「まっ、健全な男子なんてこんなもんだよ」




