兄妹でカレー
「さて、唐揚げでも作るか」
家に帰って来た夏季は、台所で悩んでいた。
冷蔵庫を開けて、中に入っている食材を確かめる。
唐揚げを至高の料理と信じている夏季は、常に鶏肉を冷蔵庫、冷凍庫に保存している。
これでいつでも唐揚げを作ることが出来るのだ。
冷蔵庫を覗きつつ、夏季は先程の一幕を思い出した。
静江とはどうしても上手くやれない。
子供の頃はまだ上手くやれた気がする。
上手くやれたというよりも、まだ理解できていなかったというべきか。
それが小学校に入り、自分が静江にとって、四季家にとって異物であると思うようになってから、夏季は距離を取り始めた。
父と朱希は意識的に夏季を受け入れようとしていたが、静江はそうではなかった。
いや、恨んでなどいない。
それが普通だと、夏季は思っている。
静江がなにも陰険な人間だなどと思ったことは一度もない。
さっきも、自分の心配をしてくれていた。
ただ、不器用なのだ。
静江も、そして夏季も。
「俺がもっと上手くやるべき、なんだよな」
夏季は四季家に受け入れてもらったのだ。
父と朱希はあちらから自分に歩み寄ってくれた。
それを静江にまで求まるのは図々しいというものだろう。
自分が上手くやっていれば、今、家を分けることも、もしかしたら、世間一般の人間が、中学生生活を謳歌している時も、四季家の中で、今も一緒に食卓を囲むことも出来たかもしれない。
現状に甘えているのだと、情けない気持ちでいる夏季。
まったく、自分で自分が嫌になる。
ビービービー!
「おっと」
いつまでも冷蔵庫を開けっぱなしにしていたので、警報装置が作動したらしい。
夏季は一度冷蔵庫を閉めた。
「うーん。やる気でねぇ」
どうにも思考がネガティブだ。
今から料理を作る気にはどうにもなれない。
割と唐揚げは手間もかかるし。
そういえば、静江はカレーを作ると言っていたか。
「カレーか」
確かレトルトカレーがあったはずだ。
もう今日はそれでいいかと夏季は思い始めた。
「米はあるよな?」
炊飯器を開けると、昨日炊いた米がまだ残っている。
常温保存食をまとめてある棚を開けると、そこにはレトルトカレーが一個残っていた。
「もうこれでいいか」
棚からレトルトカレーを取り出そうとすると、スマホが鳴った。
「誰だ?」
連絡先を見ると、そこには朱希の名前がある。
『もう夕飯作っちゃった?』
「んん?」
なんだろう?
「まだだ、ぞっと」
返信するとそのまま既読がつく。
そしてすぐに返信が来た。
『じゃあ作らないでちょっと待ってて』
夏季は首を傾げた。
「なんだってんだ?」
「やーやー、どうも」
しばらく待っていると、朱希が何かを持ってやって来た。
リビングでテレビを観ていた夏季は、首だけ動かし朱希を出迎える。
「なんだったんだ、あれ?」
スマホを振りながら質問すると、朱希はニコニコ笑いながら、手で持っていたタッパーを取り出した。
「なんだそれ?」
「ふっふっふ。カレーだよ」
タッパーを開けると、そこには旨そうなカレーが入っている。
一気にリビングの中には、カレーの匂いが立ち込めてきた。
朱希を待っていた為、腹が減っていた夏季はカレーの匂いに釣られ、腹が鳴る。
「おお、どうやらタイミングバッチリだったみたいだね」
「それ、さっき作ったカレーか?」
「そうそう。出来立てほやほや」
「持ってきてくれたのか。悪いな」
「いいってことよ。お米あるよね?」
炊飯器を見ながら尋ねる朱希に、夏季は頷いた。
「差し入れありがとな。実は俺もカレーにしようと思ってたんだ。レトルトだけどさ」
「おっ、それはよかった。じゃあご飯よそってきて。食べよ食べよ」
朱希はすっかりこっちで食べるつもりでいたので、夏季は少し慌てた。
「お前もまだ食べてないのか?」
「ん。食べてないよ」
「え、それじゃあ。静江さんは今1人なのか? いやそれはよくないよ。お前はあっちで食えよ」
「大丈夫。さっきお父さん帰って来たから」
朱希は心配ご無用とばかりに笑う。
「父さん、帰って来たのか。今日は早いな」
「ね。まあそんなわけでお母さんは1人じゃないので大丈夫。2人共あたしはこっちで食べなって言ってくれたから」
夏季は頭をかく。
「そうか。悪いな」
「いやいや。大したことじゃないぜー。あたしの分もよそって」
「あいよ。どれくらい食べる?」
「大盛ー」
「了解」
朱希は大食漢というほどではないが、夏季と同じくらい食べる。
カレーならば少し米の量が多くてもぺろりと食べきってしまうだろう。
米を皿によそい、持ってきてくれたカレーをドバっとかける。
どうやらサラダも持ってきてくれたようで、それもよそって夕飯の準備が整った。
「「いただきます」」
手を合わせて2人はカレーを頬ばる。
慣れ親しんだ味が、口の中に広がった。
四季家でよく使っているカレールーだ。
ちょっと辛めであるが、全員辛い系には強く、問題ない。
「これ、何の肉?」
「鳥だってさ。チキンカレーだね」
なるほど、このほろりと口の中で解れる触感は確かにチキンだ。
唐揚げを愛する夏季は、詰まる所、牛よりも豚よりも鳥が好きなのだ。
ビーフカレーも勿論作るが、夏季はやっぱりチキンカレーをよく食べる。
もぐもぐとカレーを食べていると、朱希がチラリと夏季を見た。
「やー、あれだね。中々上手くいきませんなー」
上手くいかないというのは、さっきの一幕のことを言っているのだろう。
つまり、夏季と静江の関係のことだ。
夏季は気まずげに苦笑いをする。
「・・・悪いな。変な空気にさせて」
「あたしは全然大丈夫なんだけどね。お兄ちゃんはどうかなーって」
「どうかって?」
「どうかは、どうかだよ」
どう言葉にしてよいか分からないのだろう。
神妙な顔をして朱希は夏季を見つめる。
夏季は頭に手を当てた。
「俺は大丈夫だよ。今に始まったことじゃない」
朱希は「たはは」と眉をハの字にした。
「そういうことじゃないんだけどな~」
(解ってるよ)
朱希は家族団らんがしたいのだ。
一緒に食卓を囲みたい。
普通の家族が欲しいのだろう。
今の家庭が歪であることは夏季だって理解している。
だが、上手くいくのなら幼少時代に既に解決しているはずだ。
それが出来ない。
出来なかった。
2人の関係はどうしようもなく拗れてしまっているのだ。
だが、それが朱希を気まずくさせているとは理解している。
自分の為ではなく、朱希の為にも静江と和解(いや、喧嘩してはいないのだが)したいと思っていた。
夏季が悩んでいると、朱希ははにかむ。
「まっ! 今の関係も嫌いってわけじゃないけどね!」
「朱希・・・」
無理に言わせてしまっている。
辛くてどこか苦いカレーを食べ、夏季は下を向いていた。




