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朱希の中身

「・・・なんでいる?」


 夏季は眉間に指を当てて、当然のように自分のベッドを占拠する朱希に苦情混じりに問い詰めた。


「愚問だよお兄ちゃん(・・・・・)


 朱希はポテチを口に運ぶ指を止め、ぐるりを夏季の方を向く。


「ポテチの救出してんの」


「あん?」


 意味が分からん。


 夏季のストレスゲージが上がった。

 ちろりん。


「だーかーらー。この開けてしまったポテチ。このままだとしおしおに湿気ちゃうでしょ? だからあたしが救出して、お腹に入れているわけ」


「そこじゃねーよ! なんで俺の部屋にいるのか聞いてんだよ!」


「兄の部屋に妹がいるのがそんなに不自然?」


「移動手段が自然ではないな! また隣のベランダから飛び移ったんだろう!?」


 そう。

 夏季と朱希の家は隣同士なのだ。

 朱希は自分の家のベランダから夏季の家のベランダに飛び移ったのである。


 何故兄妹が別々の家に住んでいるのかは、また別の機会に。


「見事な推理だよヘイスティングス」


「そこは普通にワトスンと言っておけよ」


「たまにはポワロでもいいじゃん」


「俺はホームズの方が好きだ。そうじゃなくて、玄関から普通に来ればいいだろ。なんでわざわざベランダから飛び乗ってくるんだよ?」


「分かってないなぁお兄ちゃんは」


 やれやれと朱希は首を横に振った。

 イラっとした。


「ベランダから飛ぶ。本来ならあり得ない非日常感。それを楽しんでいるのだよあたしは」


「どうでもいいよそんなの!」


「そんなことよりさー」


 朱希はキョロキョロ部屋を見渡すも、不思議そうに夏季を見据えた。


「なんで水曜に出るあの雑誌がないのさ?」


 水曜に発売される二大雑誌のことを言っているのだろう。


 朱希はそれを毎週楽しみにしているのだ。


 なのだが、この部屋にはそれが見当たらない。


 夏季は無情にもこう告げた。


「買ってない」


「何やってんだこの馬鹿兄ーー!!」


「うお!?」


 いきなりキレた。


 キレやすい若者である。


 しっかり取ろうカルシウム。


 それで本当に治るのかは知らないが。


「正気か? もうこれ国民の義務だろ! 頭おかしいのか貴様ーー!!」


「お前高山にでも住んでるのか! 沸点が低すぎるわ!」


 朱希は立ち上がり、ベッドの上で地団駄を踏んだ。


 ベッドが壊れるので速やかにやめて欲しい。


「そういえば、先週あたしの読んでるラノベが発売されたんだけど」


「ああ、あの科学と魔術が交差するやつか。あれも買ってない」


 枕が飛んできた。


 妹が悪鬼の如く目を尖らせてこちらを見ている。

 それは錯覚か? 長い髪がユラユラと揺れ動いているかのようだ。


「買って来ぉい! ハリー! ナウナウ!!」


「大袈裟な。今度買ってきてやるから」


 ストレスマックスになった妹はポテチをバリバリと貪り始めた。


 もう夏季の分はないだろう・・・。


 夏季は頭をかく。


「なんでお前は外と家とじゃ、こうも違うんだ?」


 朱希は動かしていた手を止めて、チロりと指で舐めた。


 なんてことのない行為なのに、この美少女がやるだけで、なんとも言えない色香がある。


 もっとも、兄である夏季には通じないが。


「あたしだって、やりたくてやってるんじゃないよ」


 ぺろぺろと指を舐めた後、朱希は唇を尖らせる。


「小学校の頃は病弱だったから、なんか『薄弱の美少女』なんて呼ばれちゃって、それが定着しちゃったんだ。お母さんもご近所では評判がいいとか言ってそのままでいろとか言うし。肩こるったらないよ」


「それにしても変わり過ぎだろ」


 外では周りがため息をつくほど深層の令嬢然としているので、このギャップがもの凄い。


 実際は漫画も読めばラノベも読むしアニメも観るオタクだというのに。


 因みに、夏季もライトなオタクだ。


 フィギュアなどのグッズは買わないし、コミケに足を運ぶガチ勢ではないが、朱希と同じ趣味を持つ。

 なのだが、朱希の方が深い沼に沈んでおり、読む量が多いので、この部屋には夏季がまるで手をつけていない本が多数存在する。


 朱希の家には文芸書はあれど、オタク的な本は皆無な為、全て夏季の部屋に置かれているのだ。

 夏季のお小遣いを消費して。


「お兄ちゃん。あたし、クーデレ路線で行きたいと思ってるの」


(なんか言い始めましたよこの妹は)


 いつものことだ。


 夏季は適当に聞き流そうと決めた。


「外ではクールに、家ではデレデレ。それをあたしは目指します!」


「誰にデレるんだお前は?」


 そんな相手はいないだろうに。


 もしいるのなら是非紹介して貰わねばなるまい。


 しかしこの妹は恥ずかしそうに(多分演技だ)微笑む。


「あたしがデレるのはお兄ちゃんだけだよん」


「・・・はいはい分かった分かった」


 夏季は頭をかきながら、おもむろに朱希が散らかした本棚を直していく。


「あー、今照れたな?」


「そんなわけあるか」


「いーや、照れたね。うりうりうり。可愛いお兄ちゃんめ」


 ベッドから降りてきた朱希が夏季の頭をぐりぐりといじりだしたので、夏季は朱希の手を叩いた。


 朱希は大袈裟に後ろによろめき、泣き顔を作る(これも演技だ)


「ひどい! 妹に手をあげるだなんて!」


 夏季は面倒くさそうにため息をついた。


「軽く(はた)いただけだろ。まったく」


 いつものように適当に流そうと思った夏季だが、朱希はしょんぼりして唇を尖らせた。


「・・・いいじゃん。あたしが素を出せるのはお兄ちゃんの前だけなんだよ」


 こう言われると夏季は弱い。


 どう雑に扱おうと、やはり妹は可愛いのだ。


「・・・出かけてくる」


 夏季は着替えずに、一度置いた鞄をそのまま持つと、半回転して、部屋から出て行こうとする。


「ほへ? どこ行くの?」


「欲しいんだろ。雑誌にラノベ。買ってくるよ」


 それを聞くや否や、朱希はキラキラと目を輝かせた。

 夏季はお星様を見た気がした。

 単純な妹である。


「流石お兄ちゃん! 愛してる!」


「はいはい俺もだよ」


 雑に言ったのだが、ちょっと恥ずかしかった夏季は急足で家を飛び出した。

面白かった。

続きが気になると思ってくれた方は広告下の星を黒くして下さい。

よろしくお願いします。

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