深窓の令嬢
始めまして。
さく・らうめと申します。
これまでファンタジー作品ばかり書いてきましたが、初めての試みとして学園物を書いてみました。
どうぞよろしくお願いいたします
草村夏季は清潔感のある白亜の城の中で、白い椅子に座り、白い壁を見つめながら、屈みこんで指を交差していた。
待っている人物はなかなか診察室から出てこない。
微動だにしない夏季ではあったが、内心は苛立ちを募らせていた。
(まだか)
大きく息を吐きだしながら、凍り付いているかのように動きが遅い時計の秒針をチラリと見た。
時計が鏡となり、映し出された自分の姿は、身長162センチと男性にしては低め。
だが、まだ高校に入学したての身であるから、今後の成長には無限の可能性を秘めている。
諦めずに前を向いて歩こう。
痩躯な体形でガリガリとは言わないが筋肉はついていない。
髪は黒。
顔立ちは鼻が高く、堀が深く、まつ毛はスッと長い。
だが、他のパーツには神様もモテ要素をふってくれなかったようで、美男子と言うには若干遠い。
髪は特に気を使っているわけではなく、服装は長袖の白いシャツにデニム。
特に印象に残る服装ではない。
化ける可能性はあるものの、本人にはその気がない。
とまあ、毎朝見ている自分の姿を見てもなんの感慨も沸かない。
その時。
診察室のドアが開き、一人の女性が姿を現した。
夏季は待ち望んだ少女に目を移し、その姿を改めて確認する。
身長は夏季と同じくらいで、細見の体形ながら、女性としての凹凸はしっかりある。
白いワンピースに白いカーディガン。
新雪の如き白い肌に、夏季と似た長いまつ毛と薄くほんのり桃色の唇。
美しく整った顔立ち。
そして、肩まで伸びた黒髪。
その姿は正に深窓の令嬢そのものだ。
どうやら神様は不平等にも彼女にはカンストまで極ふりしたらしい。
「お待たせ」
細く高めの声が病院に響き、津波は薄く消えていく。
少女の外見のイメージ通りの声色は、他に診察を待っている人達を引き付ける魅力に溢れていた。
「いや、それで、どうだった?」
「何でもないわ。いつも通りよ」
ツン要素多めのニュアンスで彼女は答えた。
「そうか」
まずは小さく安堵の息を吐き、夏季は立ち上がった。
「じゃあ行くぞ朱希」
「焦らないで。会計受付前は列が出来ているわ」
「・・・病院は嫌いなんだ」
夏季は眉間にわずかにしわを作るが、朱希はなんでもなさそうに夏季を見る。
「そう? 私は嫌いじゃないわ。この清潔感に溢れた白い壁も、独特の匂いも」
「真逆だな。俺はそれが嫌いなんだ」
「そう。見解の相違ね」
やはり、ツンが強めだ。
朱希は粛々と会計を済ませると、その足で薬局に向かい薬を受け取る。
その間、夏季は後ろに付き従う。
朱希の美貌を目の当たりにする通行人は親衛隊その一が後ろからウロウロと付いてくるような格好だ。
しかし、夏季はそんな視線を一切気にすることはない。
それは朱希も同様で、燦々と浴びる視線を気にも留めずに歩を進める。
「このまま家に帰るか?」
夏季の質問に、朱希は可愛らしい腕時計に目を移し、「何処かで食べましょう」と、辺りを見渡す。
夏季もまた辺りを見渡し、適当な店がないか探した。
「あそこがいいんじゃないか?」
そこはブラウンを基調とした喫茶店だった。
レストランでランチにするにはお財布は軽く、ファミレスは見当たらない。
ファミレスのほうが料理の種類は多いだろうが、あの喫茶店にも軽食はあるだろう。
朱希は頷くと、喫茶店にドアを開けて中に入った。
席に案内された2人は紅茶とクリームパスタを注文して、料理が来るまで紅茶を楽しんだ。
「見られてるな・・・」
夏季はぽつりと呟く。
何も二人の服装がおかしかったり、挙動が変というわけではない。
紅茶を楽しむ朱希の佇まいに周りの視線が集まっているのだ。
「気にしても仕方ないわ」
「そうだが、食事くらいはゆっくりとりたいじゃないか」
「なら別々の席に座る? 私は構わないわよ?」
「夏季は顔や顰め、「そこまでしなくていい」と反論した。
「なら、我慢する」
夏季はため息をつき、見るなら金取るぞと心の中だけで叫んだ。
やってきたパスタは思いのほか美味しく、二人は手を止めることなく平らげると、口を拭き、残りの紅茶を飲み干す。
すると、
「コホ! コホコホ!」
「大丈夫か!?」
朱希が咳き込み、焦った夏季が思わず立ち上がった。
朱希はハンカチで口元を押さえる。
そっと、見守っていた他の客も店員も、思わずハラハラしてしまう。
薄弱の令嬢。
それは強い保護欲を誘った。
「大丈夫よ。ちょっと咳をしただけじゃない」
「しかし・・・」
「腫れ物扱いしないで」
朱希に睨みつけられ、夏季は渋々席に座り直した。
「薬。飲んどけ」
「はいはい」
朱希はバックから先程もらった薬を取り出した。
「あとシュッシュッ」
「シュッシュッ? ああ、吸引器?」
容器から吸い込むタイプの薬だ。
朱希は理解したが、思わず吹き出した。
「く、くっく。シュッシュって。ふふ」
「う、うるさいな。咄嗟に出てこなかったんだよ!」
「ええ吸うわ。そんなに怒らないで」
「怒ってはいない・・・」
「はいはい」
それ以降、朱希が咳き込むことはなく、二人は会計を済ませた。
「ご馳走様」
誠意はおよそ、三割程度のお礼を言う朱希を夏季は半眼で睨む。
「何故俺が当然のように支払うことになってるんだ?」
朱希は小首を傾げる。
「え? こういう時って男性が払うものじゃないの?」
「俺の小遣いじゃ厳しい出費だぞ」
「バイトしたら? うちの学校は校則で禁止されていないわけだし」
「それは考えているし、青春の一つの形ではあるけど、もっとこう、多角的に楽しみたいんだ」
「贅沢ね」
「奢ってやるお前に言われたくないわ!」
その後、夏季は朱希を家まで送った。
やっと任務から解放される(いや、勝手についていったのだが)
「それじゃあまたね」
「ああ、また学校で」
そう言って二人は別れた。
「ただいまーっと」
誰もいない玄関で夏季は靴を脱ぐ。
まずは冷蔵庫から冷えたお茶を飲んで、家着に着替えようと自室に向かうべく階段を上ろうとしたその時、
ギシリ、と、音がした。
夏季は眉を顰める。
泥棒とは考えなかった。
別の可能性が限りなく濃厚だと判断したからだ。
ずかずかと階段を上り、自室のドアを勢いよく開く。
そこには、
「あ、おかーりー」
ダボダボのシャツと短パンを履いた朱希が夏季のベッドに寝そべり、パタパタと足を振りながら夏季がゴムで縛っていた食べかけのポテチを食べていたのだ。
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さく・らうめ