塩チョコマフィンにぼくはなる!
その晩、晩ごはんをを食べ終わると、里香ちゃんはすぐにキッチンに立った。スマホを片手に材料を取り出していく。
「えーっと、薄力粉40グラム、チョコレート75グラム、卵二個、バター90グラム……。バター90グラム⁉︎ ほとんど半分じゃん!」
どうやらレシピを見ながら作るらしい。小麦粉を使うということは、クッキーかケーキ……!
ぼくら食べ物は、手をかけて料理してもらうことには、割と喜びを感じる。おいしく食べようと頑張ってくれる人に愛着を覚える。パクっといっちゃってくれても、もちろんオッケーなんだけど、手間暇かけてもらうのは、やっぱりくすぐったくて幸せな気持ちになる。
里香ちゃんがテーブルの上に、ぼくを含む材料を全部並べて、エプロンを着けて腕まくりをした。
・薄力粉 40g
・ベーキングパウダー 2g
・塩 1g
・バター(有塩)90g
・卵 2個
・砂糖 90g|(ダイエット中なら半分でも可)
・チョコレート 75g|(好みでミルクかスイート、ビターでも可)
「よし、作るぞ!」
里香ちゃん、気合い充分だな! ソワソワドキドキ、良い気分!
「お湯を沸かしてボールに入れて、ビニール袋を二つ。それぞれチョコレートとバターを入れて溶かす」
いよいよ……溶ける時がやって来た。夏の間はドキドキしたけど、どうにか持ちこたえた。なんだか感無量で泣けて来る。
刻まれてビニール越しに熱いお湯を感じる。トロトロと身体が端から溶けてゆく。ナニコレ! 気持ち良いかも! 隣の溶けたバターもいい匂い。
ぼくとバターがボールの中で並んで溶けている間に、里香ちゃんはメレンゲを作りはじめた。
「よろしくお願いします」
隣のバターさんにそう声をかけられた。ちょっと声が裏返ってる。
「こ、こちらこそです。頑張りましょう!」
ぼくも緊張して少し噛んでしまった。今から一緒の戦場に立つ戦友だ。良い人そうでホッとした。
里香ちゃんが卵白をハンドミキサーで泡立てる。『しっかりツノを立てる!』とか『わっ、飛んだ! 目が……目がぁ!』とか、悪戦苦闘が伝わってくる。今のぼくらには溶けることしか出来ないけど、頑張れ里香ちゃん!
溶けたバターさんに、砂糖が投入された。
「あ……ふわぁ……」
隣から甘い声が聞こえる。砂糖を入れたせいなの? なんだか色っぽくて、目のやり場に困る。続いて、計量した薄力粉とベーキングパウダー、塩が入れられて、くるくると混ぜられてゆく。バターさん、ゆるゆると嬉しそうだ。
ぼくには卵黄が投入されて、木杓子で丁寧に混ぜられる。ああ、なんて気持ち良いんだろう!
「ムラなく混ぜるってこんな感じかな?」
うん、里香ちゃん。混ざってるよ! ムラもない。
「いい匂い! もう美味しそう!」
里香ちゃんが卵黄を混ぜたぼくに、指を入れてペロリと舐めた。うわぁ! 不意打ちだよ! 心の準備出来てないよ!
「あ、美味しい!」
「美味しいって! バターさん、ぼく、美味しいって言ってもらえましたよ!」
「うんうん、良かったね! 初めてなんだね!」
半泣きで訴えてしまった。バターさん、まだなのに。ごめんなさい。
そのあと粉類が入ったバターさんと、卵黄入りのぼくがボールに入れられた。なんだか照れくさい。
「ツノが立った卵白を入れて、さっくりと混ぜ合わせる」
里香ちゃん、ここが大切だよ! ちゃんと混ざらなくて良いんだ。卵白の泡を潰さない方が大事。マーブル模様になってても、焼けば溶けて混ざるから大丈夫!
あとはスプーンでひと口大の型に流して、余熱した180度のオーブンで10〜15分焼くだけだ。ぼくとバターさんに任せて! 精一杯美味しいチョコマフィンになるよ!
* * *
「溢れる! 溢れるよバターさん!」
「ダメです! 踏みとどまって!」
「チョコくん、私、ちょっと端っこ焦げてる?」
「まだ大丈夫! いい感じです!」
ぼくらは頑張った。バターさんと手を取り合って頑張った。メレンゲくんも、とても良い仕事をした。ふっくらふわふわ膨らんだ。塩がぼくの甘さとバターさんの風味を引き立てた。きっと冷めてもおいしい。
悔いはない。ぼくらは最善を尽くした。






