ぼくはちょこれいと
ぼくはチョコレート。板チョコだ。寂れた商店街の端っこの、小さな駄菓子屋の棚の上に並んでいる。子供たちはきれいな色のついたチョコや、色々な味がするガムが好きみたい。なかなか買ってもらえない。
「こんなことなら、スーパーかコンビニに行けば良かったなぁ」
もうすぐバレンタインなのに売れ残っているなんて、チョコレートとしてのプライドがズタズタだよ……。
「そりゃあ、元々、庶民カカオだったけどさ」
ぼくはカカオ農園の端っこの木で生まれた。一番日当たりの良い場所にはエリートカカオの木があって、特別な肥料で手間暇かけて育てられていた。格差はいつでも、どこにでもあるものだ。
それでもカカオの木の母さんは、精一杯葉を伸ばし、根を張ってぼくらを育ててくれた。
「ほらほら、遠慮しないで大きくおなり。少しくらい日当たりが悪くたって大丈夫! きっと美味しいチョコレートになれるさね!」
惜しまずに栄養をぼくらに回してくれた母さんのためにも、立派なチョコレートになろうと兄弟カカオと誓ったっけ。
残念ながらぼくは、有名パティシエに選ばれることも、高級ブランドチョコになることも出来なかった。けれど普通のミルクチョコだって悪くない。疲れたサラリーマンが、気分転換にたまたま口にするのでもいい。小さな子供が、手をベタベタにして頬張るのでもいい。
『おいしい!』
そう思われながら、口の中で溶けて消えてゆきたい。ぼくは出荷のトラックの中で、希望に燃えていた。
ところが着いた先は、寂れた田舎街のそのまた端っこの、小さな駄菓子屋だった。
「バレンタインフェアでもやってほしいけど、お婆ちゃんじゃ無理だよなぁ」
このままバレンタインが過ぎて、賞味期限さえ切れて、ゴミ箱に捨てられてしまうのだろうか?
そう思うとぼくの四角い身体が、初めて感じる恐怖で縮こまった気がした。
「このままじゃ、しょっぱくなっちゃいそうだよ……」
そんな気持ちで迎えたバレンタイン前日。夕方の閉店ギリギリに、女の子が店に駆け込んで来た。
「お婆ちゃん、板チョコある? スーパーはどこも売り切れなの!」
この子は見たことがある。お店のお婆ちゃんの孫の里香ちゃんだ。時々お母さんの作ったおかずを持って、お婆ちゃんの店に来る。
「あらあら、里香。もしかしてバレンタインかい? 里香も年頃だもんねぇ」
「そ、そんなんじゃないよ! 今は友チョコっていうのがあるの。友だちと交換し合うの!」
あ、チョコの話をしてる! もしかして、ぼくを手に取ってもらえるかも知れない!
ぼくはソワソワしながら、その時を待った。里香ちゃんは、お婆ちゃんが『持って行っていいよ』と言ったのに、律儀にお金を払ってぼくを買ってくれた。ぼくはじんわりと、胸が暖かくなった。