case2
私は、近い将来死ぬことが決まっている。
なぜわかるかと言うと、目の前に死神が立っているからだ。
目の前にに立っているのは、見た目が12才くらいの青い目に赤い髪をしている死神。
まるで、外国の有名ブランドのモデルのように愛くるしい少年だ。
しかし、こんなに目立つ姿なのに、私以外は気づい
みたなていない。
死神越しの向かい側に座っている先輩は、死神に気づいた様子もなく、仕事を行っている。
「高橋さん、この書類のチェックお願い」
死神の腹部が水面のように揺らいだかと思うと、先輩の腕が死神のお腹を貫通し、私に書類を渡してきた。
「分かりました」
先輩から書類を受けとると、先輩は死神の腹部から、腕を引き抜いた。
『高橋愛。職業医療事務。享年25才予定』
死神は、先程腹部を腕が貫通したと思えないほど平然と立ち、私と手に持っている本を見比べている。
ジャケットと半ズボンを履いている姿は、お坊っちゃま小学生にしか見えない。しかし、こちらを見ながら持っている本と私を見比べている目は、淡々としてして、まるで研究者が実験用のマウスを見ているようだ。
きっと、死神が持っているあの本に私の死因が書かれているんだろう。自分がいつどこで死ぬのか知らない。だけど、私は私の死因を知っている。
'自殺'
これが私の死因。
真夏に似つかわしくない長袖のブラウス。そのブラウスの下にはおびただしいリストカットの跡。
家には、いつでも死ねるようにネットで買った自殺用の練炭や死後の埋葬の希望や両親に向けて書いた遺書が準備してある。
来月26才の誕生日を迎える私は、あとひと月以内に死ぬのか。
死神は、私を一瞥したあと、何事もなかったかのように壁を通り抜け部屋から出ていった。
私が死神の存在に気づいたのは、小学生のときだった。
大好きな祖父が入院してしまい、お見舞いに行くと、毎日そのひとはいた。
その人は私の死神とちがい、金髪碧眼の美しい人だった。グレーのスーツを着こなす姿は、いかにもキャリアウーマンだった。
その人はいつも、祖父の病室の隅に立っていた。
気になって母に、あの人は誰かと聞くと、母は「そんな人いないわよ」と答えた。
当時、芸能人の不倫がお茶の間を賑わしていたため、幼心に祖父の若い愛人だと思ってしまった。愛人のことが皆嫌いだから無視しているもんだと思った。
祖父の愛人問題にひとり悶々としていたある日、病室から祖父が危篤になったと連絡があった。
慌てて家族で病院に駆けつけると、
「今晩が家族での最後の時間になります」
医者から、無情にも祖父の命のタイムリミットを告げられた。
泣き崩れたり、祖父の手を握りったり、励ましの言葉をかける家族をよそに、愛人はいつも通りの場所におて、淡々とした表情を浮かべている。
そんな薄情な愛人に嫌悪感を覚えたが、それよりも命の期限が迫る祖父の方が大切だった。私も、母や父と同じように祖父に駆け寄った。
数分経ったのか……
それとも数時間経ったのか、祖父の呼吸が弱くなり、いよいよかと誰もが覚悟した時、窓際に立っていた愛人がこちらに向かい歩いてきた。
どこから出したのか、愛人の手には100㎝ぐらいの棒が握られていた。
そして、祖父の枕元まで行くと、棒の先端が光だした。愛人はその棒を勢いよく振り下ろした。すると、先端の光は細長く伸び、窓を通り越して空まで伸びた。それは、まるで光の道のようだった。
光の道が空まで伸びると、祖父の体は輝きだした。その光はホタルのように小さな丸い光となり、光の道を通るように空へ飛んで行き、やがて見えなくなった。
そして、祖父の心臓が止まったことを告げる音が病室に響いた。
病室には、すすり泣く声が響いた。
愛人は、祖父の頬にそっと触れるたあと、病室の壁に溶けるように消えて行った。
愛人が消えたあと、この時になって彼女が死神だということに気づいた。
彼女は、本やゲームに出てくるような死神とは違い、黒いローブを身につけおらず、そして鎌も持っていなかった。
しかし、あれは紛れもなく死神であった。
そして、今まで本能的に、彼女のことは誰にも話してはいけないと思い、誰にも彼女のことを話すことなく過ごしてきた。
まあ、祖父の死以来、親しい人が亡くなることもなく、死神を見る機会もなかったが、まさかこんなにも早く自分の死神を見ることになるとは思わなかった。
これからの一ヶ月何をして過ごそう。
帰りの電車のなかで、そればかり考えている。
車窓から流れる景色はいつもと何ら変わりがない。だけど、この景色を見る事柄できるのがあと一ヶ月だけだとわかると、何の変哲のない景色さえいとおしく感じるものだ。
死ぬことが決まっているなら、自分のやりたいことをやろう。
残りの有給を使って、二、三週間旅行に行こう。
北海道一周をしようかな
それとも、ヨーロッパを巡るのも楽しそう。
そうだ、カルフォルニアのディズニーランドに行ってみよう。
さっそく、スマホの旅行サイトを立ち上がる。カルフォルニアのディズニーランドのプランを探す。
丁度、駅に着いたためスマホをいじりながら電車を降りた。
この、駅ともあと一ヶ月の付き合いか。
帰宅時間ともあって駅はとても混雑している。多くの人を乗せた電車はひっきりなしに駅に入ってくる。
「え?」
ホームを歩いていると、何かにぶつかった。そのひょうしに、体は線路に落ちていった。
電車がホームに入るアナウンス
人々の驚いた顔
電車のヘッドライト
え?え?
何で?
私、今死ぬの?
何で?私死ぬの来月じゃないの?
あっ、きっと小説な主人のようにきっと私は異世界にいけるはず
いけるはずたよね?
やだ
死にたくない!
あれ?
体痛くない
よかった、助かった‥‥
わけじゃないよね‥‥
目の前には長い棒を持った、赤毛の少年。
目の前には空に伸びる白い道
足元には、原型を留めていない私の体があった。
そっか、私
『死んだのか』
「汝の魂が安らかでありますように」
死んだことに落ち込んでいると、死神が優しく語りかけ、私の頬にキスをした。
あぁ、私は神のもとに行けるのか。
そう思うと、心が安らかになった。
どこからか、綺麗な讃美歌が聞こえる。
この讃美歌は私が神のもとへ行くことを祝福しているんだろう。
「さあ、この道を歩けば神のもとへ行けるから」
死神に促されて、私は空へ伸びる道を歩き出した。
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調査書
名前 高橋フランチェスカ愛
25才
死因 電車との衝突
アメリカ人の父の影響で、洗礼を受け20歳でクリスチャンとなる。
練炭自殺用に2年前に練炭を購入するも、使用にまで至っていない。
リストカットするも、生を感じるための行為のため傷は浅い。
特記事項
生きるために懸命にもがき苦しんだ。
また、死神が見えるため接触には注意が必要。