きみはかわいいぼくのこいびと
シャーロットは眠る青年の頬を優しく撫でる。
彼女の眼差しは慈愛に満ち溢れており、美しい容貌も相まってまるで聖女のようだ。
青年が瞼を開き「きみは…?」とシャーロットに尋ねる。
シャーロットは、「私は貴方の恋人ですわ、エリック様」と優しい声音で歌うように答えるのだった。
この屋敷にシャーロットはエリックと二人だけで暮らしている。かつては多くの使用人がいたが、今はもう誰一人として居ない。屋敷の掃除をして、食事を作り、眠るエリックをそっと眺めるのがシャーロットの毎朝の日課だ。
エリックは、毎朝起きるたびにシャーロットのことを忘れてしまう。だからシャーロットは、エリックの好きなクロワッサンとコーヒーを用意して、ゆっくりと、「貴方はエリック様です。毎朝起きるたびに私のことを忘れてしまう困った私の恋人ですわ」と説明をしている。
エリックは戸惑ったように「そうか…」と言ってから、シャーロットに「ありがとう」と微笑む。
シャーロットはそのエリックの微笑みが何より好きだ。
毎朝忘れられても、毎朝自分が教えればいいだけ。
エリックが覚えられないなら、自分が記憶に残せばいい。
エリックが覚えれないなら、自分がエリックの記憶を作ってあげればいい。
こうしてゆっくり教えれば、エリックはシャーロットを愛してくれるのだから。
シャーロットは朝食を片付けてから「お慕いしております、エリック様」とエリックに抱きついた。
エリックは「ありがとうシャーロット、僕も愛しているよ」とシャーロットを抱きしめ返した。
シャーロットはエリックの隣で刺繍をしながら、さまざまなことを語った。隣のバーバラ夫人が最近林檎をお裾分けしてくれたこと。隣国のサーモ王子が婚約したこと。
時折明るい笑いを交えながら仲睦まじく時は過ぎる。
時間はあっという間に昼の12時を迎えた。
鳩時計の鳩がクルックーと元気よく機械の声を上げる。
シャーロットが刺繍の手を止めた。
「あら…貴方は…?」
シャーロットが不思議そうに目の前の青年に問いかける。
「君は僕の可愛い恋人だよ、シャーロット。」
エリックは愛しい者を見る眼差しでシャーロットに応えた。
シャーロットは毎日、昼の12時になると記憶を失ってしまう。
記憶を無くしたことで少し不安げなシャーロットに、安心させるようにエリックは微笑みを向ける。
「大丈夫だよ。僕は君を愛してるんだ。」
シャーロットが何も覚えて無くても、エリックはそれで構わない。12時まで、シャーロットはエリックを心から愛してくれた。そして「12時になり今度は私が記憶を失ってからもまたエリック様を愛したいです」と言ってくれた。
エリックは何もわからないシャーロットにたくさんの話をした。自分はきっと朝になればまた、シャーロットを忘れてしまうだろう。
でも、記憶なんてなくても、シャーロットがまた教えてくれる。
エリックは寝るまでゆっくり、シャーロットに愛を込めてたくさんのことを話した。
自分を愛するシャーロットが、明日シャーロットを愛する自分を作り上げてくれるように。
End.