第84話 スタンピードの後処理
翌日、この日は前夜の痛ましき出来事を嘆くかのような大雨だった。
昨夜は家に帰った後、パンとスープだけを口にし、風呂に入った後はそのまま眠りに就いた。
オレ達の精神状態にしても、とてもまともに料理する気にはなれなかったから。
今日も朝からギルドへ行く予定だ。
スタンピードで討伐した魔物、約1200匹は全てオレのアイテムボックスに入れてある。
それらを解体リーダーであるオーグストンに預けなければ、直ぐにでも騒ぎ出す冒険者が居てもおかしくないそうだ。
パウロの亡骸は冒険者ギルドの霊安室に安置されている。
エイルらゴールドランクのメンバーとマッドネスサイスのメンバーは、昨夜はそこで夜を明かしたようだ。
どのようにこの夜を過ごしていたのかは想像出来ない。
だが、色々な意味で憔悴してるのは間違いないだろう。
気付けばオレは、そこに居るであろう人数分のオーク肉サンドを作っていた。
何てことのない、肉を焼いてパンに挟むだけの物だ。
どんな状況でも体は資本だ。とりあえず食べなきゃ始まらないだろう。
これを持ってミルファと二人、ギルドへと向かったいった。
ギルドには献花台が設けられ、一般の人達が朝から花を手向けている。
マッドネスサイスは嫌われてるというイメージがあったが、それは大きな間違いであった。
嫌っていたのは一部の冒険者達だけであり、オレが見聞きしたのはこれらの発言や、エイルとの確執だけであり、実際にはこれだけ多くの人々から愛されていたのだ。
ブロンズランク試験の際にケントに聞いたのだが、マッドネスサイスに加入後にケントを見かけた時に全員の荷物を持たされていたのも、加入後10日間は基礎体力作りとしてやらされる事らしい。
その間は本当に地獄のようで何度も辞める事も考えたとか。
しかし、それを乗り越えた後は戦闘訓練に入り、パウロが付きっきりでケントを鍛えたようだ。
付き合いは短かったが、ケント自身もそんなパウロを心から慕っていた。
そのショックは計り知れないだろう。
ギルド内では冒険者カードのチェックを行っていた。
霊安室に一般の人間が入るのを防ぐ為らしい。
霊安室にはパウロの他にアイアンランクが三人の亡骸が安置されている。
この三人も昨夜の戦いで亡くなってるようだ。
聞くと、最後にアイアンランクとコモンランクでゴブリンの残党狩りをしていたのだが、この際にそれまで何もさせて貰えなかった事によりフラストレーションが溜まり、群れに突っ込んでいったらしい。
その結果数匹のゴブリンに囲まれ返り討ちにあったとか。
魔物と戦う時は慎重にという事だろう。
霊安室の前にもギルド職員が警備をしている。
ここでもギルドカードのチェックをしなければいけないようだ。
初めて入ったが、中は思いの外広い。
詰め込めば2~300人くらい入れそうだ。
パウロの亡骸の場所は一目で分かった。
其処だけ明らかに人が多いので誰が見ても分かるだろう。
亡骸の周囲はマッドネスサイスのメンバーが囲っている。
ディルは近くの壁にもたれ掛かっていて、エイルは椅子に座り後ろを向いている。
マリーとソニアは疲れが出たのか眠ってしまったようだ。
ギルド長の姿は見えない。立場上此処にいる訳にはいかないのかもしれない。
オレとミルファは此処に来る前に買ってきた花を手向け、両手を合わせる。
ケントや他のマッドネスサイスのメンバーは、そんなオレ達に終始頭を下げていた。
「ケント……」
こんな時に掛ける言葉など持ち合わせていない。
頭を下げ続けるケントの肩に、ポンと手を置き、そこから離れエイルの下へと向かった。
「エイルさん……」
「レイジか。悪いな、家空けちまって。今日は安置して明日埋葬だ。それが終われば帰るから。」
疲れも溜まっているのだろう。酷く窶れた顔をしている。
「これ、作ってきたのでマッドネスサイスの皆さんと食べて下さい。
食べなきゃ体にも良くないですから。」
「ああ。サンキューな。あー、レイジ、ギルド長のおっさんがレイジが来たら部屋に来て欲しいってよ。」
多分素材の件だろう。
オレは頷き、皆に頭を下げてから霊安室を後にした。
「ギルド長が呼んでるらしい。行こうか。」
ミルファはいつものように返事をして隣に立つ。
ギルド長室へは受付に話をすると直ぐに通してくれた。
ただ、極力急いでくれと言われたのが気になるが。
「レイジ!やっと来たか!待ってたぞ。早速だが、オーグストンの下へと行って、昨夜の素材を全て渡してくれ。」
「え?待ってください。全てって……全部で1200匹ですよ?大丈夫なんですか?」
「ゴブリンは魔石だけ取り出したら燃やしてくだけだ。少し時間は掛かるが、その分報酬は弾むから頼んだぞ。終わったら戻ってきてくれ。別件で用事はあるのでな。」
一方的に頼まれてしまった。
気に入らない事に文句は言えるが、頼まれ事を断る事が出来ない。
オレの欠点だと分かっているのだが、どうにも治せないものだ。
よし。次からは断る事を覚えるとするか。
とりあえず解体場へ向かうとしよう。
解体場は今日は暇そうだ。オレは忙しそうにしてる姿しか見ていないので、何だか新鮮な感じである。
「よう、レイジ。久しぶりだな。元気だったか?」
久しぶりと言うより、皆がオレの事を忘れてたので、此処に来る事が出来なかっただけなのだが。
「元気な訳ないでしょう?聞いてないんですか?」
「あ、そうか……悪いな。それで、昨日のスタンピードの魔物素材だったな。
ランクの低い魔物から頼む。先ずはゴブリンだろ?」
オーグストンに悪気がないのは分かってるのでそのまま流しておいた。
ゴブリンを900匹一気に出しても困るだろうから半分にしよう。
そう思い、最初にゴブリン450匹を積み上げていった。
「これはまた……それじゃあ皆、宜しく頼むわ。」
解体班は其々役割分担をして、次々とゴブリンを処理していく。
山から仕分けていく者、魔石を取り出す者、取り出し終わったゴブリンを台車に乗せていく者、台車で運んでいく者。
流れ作業によってゴブリンの数は次々と減っていく。
残りが50匹を切ったかという頃に、450匹追加した。
運搬役の職員には露骨に嫌そうな顔をされたが、オレは悪くないはずだ。
ゴブリンが終わり、オークを出そうとした時に、オーグストンからストップが掛かった。
「オークは少し待ってくれ。アイアンとコモンへの報酬はゴブリン分だけなんだ。
今集計してるから……あ、出すだけ出しても構わないぞ。」
報酬分配はゴブリンが冒険者全員で割った金額、オークがブロンズ以上で割った金額、ハイオークがそのまま辺境伯の下へ、オーガはゴールドランクのみ。
そしてオークマジシャンはその大半をオレが討伐したと報告があったらしく、オレの総取りとなったらしい。
「よし!じゃあ、オークの解体始めるからこれを受付に持ってってくれ。」
「はあ?なんでオレが!冗談でしょう?」
「頼む!これを捌くのに人手を取られる訳にはいかねぇんだ。」
いや、さっき次は断ると決めたばかりだ。
絶対に受けたりしないぞ。オレは簡単には動かない男になるんだ。
「無理です。オレはギルド長室へ行ってるので終わったら呼びに来てください。」
「あーー!待て待て。分かったよ。その分もキッチリ支払うから頼まれてくれ。」
「全く。仕方ないですね。オレは此処の職員ではないんですからね。当たり前のように使われたら腹が立ちますよ。」
そんな感じでオレの意思は簡単に砕け散ったのだった。
オーグストンはそれから何度も謝ってきた。
そこまでされたら流石に此方も悪い事をしたと思ってしまう。結局無償で引き受けたのだ。
受付では報酬を待つ冒険者が待ちきれずに詰め寄って来ていた。
「すみません。これ、アイアンランクとコモンランクの報酬らしいです。」
「あ、はい。よかった。もう限界だったんです。助かりました。」
受付嬢は涙目になりながらお礼を言ってきた。
オーグストンもこれくらい言ってくれたら、オレもやる気になって引き受けるのにな。
「レイジくん!ミルファちゃん、やっぱりギルドに来てたのです。」
受付から解体場に戻ろうとした瞬間、後ろから声が掛かった。
この独特な言い回しは顔を見なくても分かる。
間違いなくルナだろう。
「ルナちゃん!今ギルドについたの?」
「ソニア姉さまのトコに行ってきたけど寝てたのです。なので昨夜の報酬を貰って帰ろうと話してたのですが、まだ時間が掛かるのです。」
「これからアイアンとコモンに配られるからな。ブロンズ以上はまだまだじゃないか?さっきオークの解体始まったばかりだからな。」
「そうなんです?結構待つのです?」
「そうだな……後二時間くらいじゃないか?」
「ねえ。ルナちゃんも一緒に来ない?これから解体場に戻って次の素材を解体に出して、またギルド長のトコに戻らなくちゃいけなかったり……色々やらなきゃいけないの。どーかな?」
「一緒に行ってもいいのです?」
オレとミルファは顔を見合わせ、笑顔で頷く。
「じゃあメンバーの皆に伝えてくるのです。待ってて欲しいのです。」
来たいけど遠慮からなのだろうか。なかなか言い出せずにいたのかもしれない。
ルナは満面の笑みでメンバーに伝えに行った。




