第73話 オニキス再び
一先ずは無事にブロンズランク試験の目的であったメノウグレートを討伐したオレ達は、5階層から4階層へと戻っていった。
4階層では来るときには一切道を逸れずに、一直線に進んできた。
その為、他の場所からメノウリザードがやって来てる可能性が十分に考えられた。
一応その事を全員に伝え、ここより先も気を抜かずに進むよう、促しておいた。
「まあ、今更メノウリザードが出てきても問題ないけどな。」
ケントはメノウリザードとメノウグレートを比較し、メノウリザードを下に見ているようだ。
その油断が危ないのだが、今後は一緒に行動する機会も無いので今はほっといても構わないだろう。
斯く言うオレもそんな油断で格下相手に危険に晒された経験が皆無な為、本当にそのような事があるのかも分からないのだ。
「ところで、先ほどの話なのです。」
「ん?何の話?」
「私がレイジくんの番になる話なのです。」
「ぶはっ!」
あまりの唐突な話に思わず唾が気管に入ってしまい噎せてしまった。
「ゴホッ…な、何言ってんだ?」
「ウチはレイジくんの事は嫌いではないのです。どちらかと言えば好きなのです。
そしてレイジくんはお金を持ってるのです。お金がないと獣人はまともな生活も出来ないのです。
だからウチはレイジくんの番がいいと思ったのです。」
獣人差別と言う奴なのだろうか。実際にそのような事があるとは知らなかった。
だからなのだろうか。思いの外、獣人などの亜人種に出会う機会が少ない気がする。
それよりも今の状況だ。
「いやいや、気持ちは嬉しいけど、オレにはミルファがいるんだし、よーく考えた方がいいと思うぞ。」
「勿論正妻はミルファちゃんで問題ないのです。ただ、ミルファちゃんはお友達なのです。お友達が嫌がる事はしたくないのです。
だから決めるのはレイジくんとミルファちゃんなのです。」
「え?私?」
突然話を振られてミルファは焦り始める。
「えーと……一般的に冒険者と騎士の男性の結婚相手は平均で三人程となってますよね。
まあ、冒険者の男性の死亡率を考えたら男女比から考えてもそれくらいになるのでしょうけど。
レイジさんもそれくらいの女性を貰うのでしたら、私はルナちゃんがいいと思います。」
「ホントです?」
「勿論!ホントだよ。」
「……なあ。話を折って悪いが、あれって今回の試験官じゃねぇか?」
ケントが通路から見える脇道を見ながら指を指してる。
オレも話の内容が気まずかった為、直ぐにそちらの確認に向かった。
見ると、三人の男がメノウリザードと向き合っていた。
三人の男をよく確認してみると確かに試験官の三人だった。
彼らはオレ達を追って此処まで来ていた。
そして違う道に入ったらメノウリザードと対峙したってところだろう。
そして対峙している魔物を見た瞬間、オレは自分の目を疑った。
「め、め、メノウリザードオニキス……」
「っ!」
見間違えるはずもない。
メノウリザードにはありえないあの漆黒の体躯。
そしてあの時と変わらぬあの威圧感。
紛れもないメノウリザードオニキスだ。
「まずいぞ。あの試験官じゃ、間違いなく全滅だ。どうする?」
本当に拙い状態だった。全員がシルバーランクなら互角に戦えるだろうが、ギルド職員の二人はそこまでの力は無いだろう。
しかし、オレ達が出て行っても足止めにもならない可能性もある。
いや、今のオレは足止めくらいは出来るであろう。
しかしミルファを含めた三人の実力じゃ全く相手にならないとオレは読んでいる。
だからこそ迷うのだ。
「気付かれないうちに行こうぜ。」
そう言ったのはケントだ。
間違った判断ではない。ギルド長は確かに言ったのだ。
何があっても自分達で対応出来ると。
しかし、この相手に対応出来るとは思えない。
「レイジさん……助けに行くんですね。」
オレが判断する前にミルファがそう言ってきた。
やっぱりオレよりオレの事が分かってるよな。オレは心からそう思ったのだ。
「ああ。しゃーないから助けに行ってくる。皆は出口へ向かってくれ。」
「私は一緒に助けに行きますよ。レイジさんが行くなら私も。決まってますよね。」
「ウチも番になるので一緒に行くのです。」
「なっ……!お前達は馬鹿なのか?見ただけで分かるだろうが。あれはヤバ過ぎる。」
ケントの判断が正しい。それは間違いない。
だがオレは、オレなら助ける事が出来るはずだ。
「ケントは戻ってこの状況をギルドに伝える役な。頼むぞ。」
「頼むんじゃねぇ!……ダメだ。今は俺達四人でパーティとして行動してんだぞ。
くそっ、俺も行ってやるよ。全く……」
「全くはこっちのセリフだわ。但し、悪いけどお前達は間違ってもオニキスの相手はするな。
オレが行くから、救助を頼む。」
オレの言葉に一斉に頷く。
だが、この会話の最中に状況は最悪な展開になっていた。
シルバーランクのブリュードルの左腕が宙を舞う。
本当にピンチになっていた。
「ぐあぁああああっ!お前達だけでも逃げろ!こいつには勝てそうに……」
その瞬間オレ達は駆けつけた。
そしてブリュードルに追撃をしようとしてるオニキスにウインドアローを唱えた。
風の矢が一直線にオニキスを襲う。
だが、やはり危機察知能力が高い。オニキスは直前で身を翻して躱したのだ。
「お前達……何処にいたんだよ?探しまくったわ、全く……」
「シルバーランクの試験官が対象を見失っちゃマズイですよ。そんなことよりコイツを何とかする方が先です。」
ブリュードルの隣に立ち、鋁爪剣を構える。
ミルファはブリュードルの背後からミドルヒールを掛けている。
そして残りの二人の試験官はルナとケントで連れ出していった。
「お前らも一緒に逃げろ。後は俺がやる。これでもシルバーランクとしてのプライドがあるんだわ。
ブロンズの試験を受けてるヒヨっ子に助けてもらう訳にはいかないっつーの。」
「それで試験結果はどう伝えるんですか?オニキスを前に逃亡したとでも言うんですか?」
「お前可愛くないなー。……そんな挑発するんだから、それなりの実力はあるんだろうな?」
「まあ見ててください。いきます。」
オレは出し惜しみすることなく全力で行く事を決めた。
「魔法剣雷!」
俺の体内から発した雷が鋁爪剣に纏わりついていく。
雷が剣の周囲にも電磁波を起こし始めている。
「お前、魔法戦士か!」
オレは相手に向かっていき、一瞬でその間合いを詰めた。
オニキスはその爪で距離を取ろうと振り回してくる。
だが、剣の周囲の雷に触れるだけでダメージになる為、オニキスは怯みながらその腕を引っ込める。
「どうした?来ないならオレからいくぞ!」
帯電した鋁爪剣を振りかぶる。
以前此処に来た時にはオレの使えた唯一の技。
「パワースラッシュ!」
本来のオニキスならば楽に躱すことが出来たであろう攻撃だった。
だが、魔法剣雷の放つ雷に怯み、恐慌状態に陥ったオニキスにそれを躱すだけの思考は出来なかった。
オニキスは首横から一気に斬られ、吹き飛んでいく。
僅か一撃。それが今回のオレとメノウリザードオニキスとの戦闘の全てだった。
「コイツは凄い技だな。使い道には気をつけなきゃダメだな。」
「はあっ?お前……初めて使う技だったのかよ?」
オレの言葉にブリュードルは突っ込んでくる。
確かに初めてだったが、強い技だってのは分かっていた。
だから使ってみたのだが、思いの外強すぎたようだ。
「全く……なんでお前みたいなのがブロンズランク試験なんか受けてんだよ。
絶対俺より強いだろ……。」
「そんな事言われてもね。冒険者になって二ヶ月経ってないし。」
「マジかよ!かぁ~、天才ってやつか。まあ、助かったわサンキューな。
ただ……オレの腕……。」
その時ミルファが飛ばされた腕を拾ってきた。
「出来るか分かりませんが、やってみましょう。腕を抑えてください。」
やるってまさか……と、オレが思った瞬間。
ミルファの周囲に魔力が廻り出す。
ミルファの持つ魔力の殆どを放出してるであろう勢いだ。そして、
「ハイヒール!」
最上の光がブリュードルの左腕を包み込む。
其処に廻っていた魔力が腕の内部から細胞を繋げていく。
そして……光が収まるとブリュードルの腕は見事にくっついていた。
「俺の腕が……戻った。マジか……ありがとう。本当にありがとう。」
ブリュードルはそう感謝を伝えながらミルファに抱きついた。
「あ!おい!おっさん!ミルファに何してんだこら!!」
オレは直ぐに二人を引き離す。
「ああ、悪い。お前の女だったのか。けど、感謝は受け取ってくれ。本当にありがとう。」
「ふふっ、どういたしまして。」
ミルファはキョトンとしていたが、我に返ると軽く微笑み返した。
「メノウリザードオニキスを倒したって事で試験の条件は達成だけど……他の二人の戦闘を見てないんだよな……困ったなー」
ブリュードルは此方をチラチラ見ながら何か言ってるようだが、オレには関係ない。
実際メノウグレートも討伐済みなのだから。
「よし、救助も終わったことだし帰るか。」
「そうですね。帰りましょうか。」
ミルファもオレの意図を察したようでちゃんと乗ってくれてる。
「ちょ、待てて!頼むって。5階層まで行ってメノウグレートを倒してこようぜ~。」
「もう討伐済みです。帰りますよ。」
「え?」
ブリュードルは口をパクパクさせていたが、これ以上は時間の無駄なので、構わず帰る事にしたのだった。
(因みにメノウリザードオニキスをアイテムボックスに収納する件もあったが、それは想像通りである)




