第70話 先行
遂に始まったブロンズランク試験。
オレ達はアゲトダンジョンまで馬での移動を選択し、馬屋へやってきた。
「ご主人、馬を四頭買いたいんだ。」
「はいはい。いらっしゃいませ。どのような馬をご所望で?」
「安くて多少丈夫であれば何でもいい。そうだな……二頭は気性が良いので頼んだ。」
「はいはい。わかりましたよ。気性が良いのは15万Gで後は8万Gですがよろしいですか?」
「問題ない。これで頼む。釣りは持ってて構わない。」
渡したのは大金貨。50万Gだ。
「は、はい。ありがとうございます。。只今馬の用意を致します。」
これで店主に顔を覚えて貰えただろう。
旅に出る時にはこの店に世話になるだろうからな。
「はあ~。マジかよ……50万Gを当たり前のように払いやがった。」
こんなことを言ってるのはケントだ。
かなり鍛え込んでいるようだが、金回りは良くないのだろうか。
「ホントなのです。ウチ一人だったら三ヶ月は生活出来るのです。」
「あはは……普通はそうですよね……。」
多分ミルファはそんな事思っていないはずだ。今頃自分の金銭感覚がおかしくなってる事に気が付き、内心慌ててるのだろう。
「とりあえず足の確保は大丈夫そうだな。
じゃあルートの確認でもするか。」
そう言うと、ケントは鞄から地図を取り出し広げようとしていた。
「あ、ケント。地図はいらないよ。私とレイジさんは二度程行った事あって、道は覚えてるから。」
「は?お前、そういう事は先に言えよ。」
ケントは顔を真っ赤にしながらミルファに文句を言っている。
まあ、あれが恥ずかしいのはオレもよく知ってるので、何も言わずにそっとしておいてあげよう。
そうしてる間に馬の準備が出来たらしい。
そして用意された馬は、大人しい馬が二頭、少し興奮した馬が一頭、暴れて手に負えないような状態のが一頭だった。
先ず大人しい馬二頭は女性二人の為に用意したので、ミルファとルナは決まりだ。
さて、オレとケント、どちらが暴れ馬に乗るか……。
「いや、オレにアレは無理だぞ。頼むからアレだけは勘弁してくれ!」
ケントは両手を合わせて懇願してくる。そこまで嫌なのか。
とは言っても、多分オレも無理だと思う。
てか、コイツ逞しくなったように見えたけど何も変わってないな。
仕方ないので、とりあえず乗馬スキルをLV5まで上げてみた。
これで一応は乗れるようにはなっただろう。
念の為騎乗してみたが、問題ないと判断出来た。
「いやー、コイツに乗れるなんてな。兄ちゃん気に入ったわ。こいつを持ってってくれ。」
店主から渡されたのはホイッスルのような物だ。
「これは?」
「これか?ちょっと待ってろ。」
店主はそのホイッスルを持って暴れ馬の鼻に近づける。
ブルルン
と、暴れ馬が鼻息を掛ける。
「これでいいはずだ。これでこの笛を吹くと、コイツは何処にいてもお前さんの元に駆けつけてくれるはずだ。」
中々いいもののようだ。が、その馬の鼻に近づけたこのホイッスルをオレは吹きたくないのだが。
まあ、とりあえずありがたく戴いておこう。
「それじゃあ出発するか!」
オレ達は漸くアゲトダンジョンへと出発したのだった。
しかしこの馬は全く言う事を聞かない。
それどころか、背に乗ってるオレを振り落とそうとしてくるではないか。
一応進んではいる。だが気を抜くとこの駄馬は立ち上がってみせたり、いきなり斜行し始め隣を走ってるミルファの馬に体当たりしたりとやりたい放題だ。
そんな状態でもやはり馬は早かった。
前回は王子と馬車で行ったが、その時の三倍程のスピードで進んでいく。
途中後ろを振り返ったが、試験官はついて来ていないようだ。
一時間程でアゲトダンジョンに到着したオレ達はこの後どうするかを話し合っている。
「さて、此処がアゲトダンジョンだがどうする?試験官はまだ到着してないようだけどな。」
辺りを見渡してみても人影は見当たらない。
「てゆーかよ、大事な試験なのに試験官が冒険者と逸れるってどうなのよ?しかもあの試験官はシルバーランクだろ。目標を見失ってる時点でダメだろ。」
それに関しては同感だ。試験官の指示に従えとも言われていないし、ギルドの前でスタートした以上、その瞬間にはオレ達から目を離してはいけないはずだろう。
そんな使えない奴を試験官にしたギルドにも問題はあると思うが。
いや、二人はギルド職員だったか。まあ、尚更良くないのは確かだ。
「もう入るか?試験官が愚図なのはオレ達の責任ではないだろ。」
「お!レイジ。いい事言うなー。オレもそう思ってたぜ。」
「え?大丈夫ですか?それだと評価されなくて不合格になるんじゃ……。」
ミルファが不安な表情を浮かべて聞いてくる。
「大丈夫だろ?ギルド長は試験官は居ないものとして考えろって言ってたしな。」
「あ……その為にあの質問を?」
「別にその為ではないけどな。ただ、馬を使う事は考えにあったからな。その上で起こり得る状況を考えただけだ。」
そう。ちょっとしたお遊びだ。あの時にギルド長自らが、試験官は居ないものとして考えろと発言した事によって、見失うのは試験官の落ち度という状況を作った事になる。
自分達に非はないと堂々と言うことが出来る訳である。
「へへっ、レイジやるなー。俺はそういう考え方は好きだぜ。だったらとっととダンジョンに入ろうぜ。」
皆が頷き、アゲトダンジョンへと足を踏み入れていった。
「レイジさん、どうして試験官を振り切るなんて、そんな意地の悪い事をしたんですか?」
「え?別に……振り切ろうと思ってした訳じゃないぞ。凡ゆる事態に備えるのは冒険者の基本だろ?
試験官がそれを実践しないのは如何なものかと思っただけだ。
後は、馬を使えばうまくいけば今日中に帰れるかもしれないしな。」
そんな話をしながらダンジョン内を進んでいく。
そして入ってから数分、最初のメノウリザードが現れた。
この姿を見るのも久々な気がする。
武器を構えるケントとルナ。オレとミルファは一旦二人に任せてみようかと、その考えが一致した。
「ケント、ルナ。その実力を見たいからコイツは任せていいか?」
「ああ、問題ない。任せとけ。」
「ウチがあれから強くなってる事を教えてあげるのです。」
共に前衛の二人。何の打ち合わせもせずに、左右に散り攻撃を仕掛けていく。
ルナは基本は前回一緒に戦った時と同様、棍を使い殴りつけるスタイルだ。
しかし本人が言う通り、そのスピードとパワーに磨きが掛かっている。
レベルで言うと、3くらい上がってる感じだろうか。
ケントは完全なパワーファイターだ。
両手剣のバスターソードを攻防両面に使用して、うまく立ち回ってる感じだ。
時折判断遅れから危ない場面もあるが、それは経験不足から来るものなので仕方がないだろう。
ケントが頭を受け持ち、ルナが背後から殴打を仕掛ける。
メノウリザードがルナに気が向いた瞬間、ケントがその隙を見逃さず攻撃を繰り出し倒れた。
初めてにしてはなかなかの連携だったと思う。
「やるなー。思ってた以上だったわ。」
「当たり前だ。一ヶ月間このスタイルを突き詰めたんだ。。これくらいは出来なきゃパウロさんに怒られるからな。」
「少しはレイジくんに近づけたです?結構頑張ったのです。」
二人共まだまだ余裕がある辺りもその鍛え方が普通ではないのが分かる。
「じゃあ、次に出てきたらオレとミルファの番だな。」
そう言いながら倒したメノウリザードをアイテムボックスに収納していく。
「お、おい……それは?」
ああ、またか……と思いながらもいつもの説明をして先に進んでいく。
多分1階層であと1匹は出てくるだろう。
その時にオレ達が戦う番だ。
そして、思った通り1階層で次のメノウリザードが現れた。
先程よりも多少大きめの個体だ。
「じゃ、オレ達の出番だな。ミルファ例のパターンでいくぞ!」
「アレですね。分かりました。」
ミルファは直ぐに理解したのか、弓を構える。
そして、オレは武器を持たずに盾だけを構えて対峙した。
メノウリザードの腕振りや舌での攻撃を盾一つで捌いていく。
そしてオレが待っていた攻撃を仕掛けてきた。
何てことのない体当たり。それを躱した瞬間、ミルファの放った矢がメノウリザードの眉間へと命中した。
「うん。狙い通りだな。前回より楽に出来るようになってきてる。」
ファスエッジダンジョンでやった時よりかなり楽だった。
相手の動きもあるだろうが、やはり魔道士系を相手にするよりも、このような肉体をぶつけてくる相手の方がこの作戦は嵌り易いのだろう。
「これがあのミルファだと……別人じゃねぇか。」
ケントもミルファの弓の精度に度肝を抜かれたようだ。
しかし、ミルファの実力は分かったが、レイジが武器すら持たずに戦った事が理解出来ないでいた。
実はコイツはそこまで強くはないのではないか。そんな考えも頭に浮かんでいたくらいだ。
しかし、そんな考えも2階層で全て変えられる事になるとは、この時のケントは思ってもいなかった。




