第62話 再び食楽亭へ
オレ達は今、今日の寝床を確保する為に食楽亭へと向かっている。
ディルからは元々使っていた部屋を使っていいとは言われたが、一旦離れて気持ちを整理させた方がお互いの為にもなるのではないかと判断し、今日は宿で一泊する事にした。
オレだけが出てきてミルファは自室でそのまま寝て良かったし、ルナもミルファの友人として、あの部屋に泊まっても良かった気もする。
が、ルナはオレの部屋なのに自分がそこを使うなど出来ないといい付いてくる事になり、ミルファは二人っきりで外泊なんて嫌だといい付いてくる事になったのだ。
流石にこの状況でルナに手を出すほどオレは腐ってはいないつもりなのだが。
そんな訳で今、食楽亭に到着した。
俺にとっては一か月ぶりの宿泊だが、此処の従業員も誰もオレを覚えてないのだろう。
先日食べに来た時にオレに気が付いたデュティでさえも、既にオレの事を忘れてしまっているはずだ。
さて、部屋割りをどうするか話し合ったのだが、これもまた話が纏まらない。
オレとミルファは同じ部屋を希望し、ルナに個室をと思っていたのだが、ルナは今日だけは一人は嫌だと懇願してきた。
その為、今日はミルファとルナの二人で同じ部屋にして、オレが個室に泊まろうとしたらミルファが今のオレを一人に出来ないと言い出した。
そんな感じで決まらないまま、とりあえず受付へと向かった訳だ。
そして受付では、
「申し訳ありません。本日大変混雑しておりまして、ダブルが一部屋しか空きがございません。」
と、きたもんだ。
こうなっては全員で一部屋に泊まるしかない。
その代わり宿泊費は二人分でいいらしい。食事代は別途で掛かるみたいだが。
部屋へ入り着替えを済ませたら、直ぐに食事へ行く。
此処ではルナが先程までの落ち込みようが嘘のように大はしゃぎでその料理を堪能していた。
あの精神状態でいるよりずっと良いので、逆に良かったと思える。
ミルファも堪能してるようなので良かった。
部屋に戻り、今後どうするか話し合う前に、体を洗いたいが、基本この世界には風呂がない。
なので今はウォッシュの魔法で済ませる事にした。
戦闘中もルナには魔法は見せないようにしていたのだが、この際仕方がないだろう。
思った通りルナは驚きを隠せないでいる。
今日のオレの戦いぶりは明らかに戦士の動きだったし、そもそも基本魔法はブロンズ以上じゃないと使えない。
現在コモンのオレは本来使えないのが普通なのだ。
まあ、これに関してはチートとか関係なしに王立図書館へ行き、身につけた力だ。
隠したかったのはジョブの力の方だったりする。
シームルグ召喚も使ったが、あれはジョブとは関係ないから問題ないだろう。
そんなルナに魔法を使える事を説明し、今後についての話を始める事にした。
「さて、明日からどうするかだな。」
「とりあえずギルドへ行きますよね?ディルさんからあの子供達についても聞かなきゃいけませんし。」
「そうだな。問題はその後だ。ルナはブラッドローズには戻らないのか?」
「分からないのです。ただ、皆に忘れられた事がとても悲しかったのです。」
流石に一人になったルナを放置してオレはロードウインズに戻ろうなどとは思わない。
「ミルファ、悪いけどルナの今後が決まるまではオレもロードウインズには戻れないと思う。てか、オレも戻れるかは全然分からないけどな。」
「分かってますよ。レイジさんは困ってる女性をそのまま放置出来る人じゃないですから。」
そんな、女性だけな訳……いや、その通りかもしれない。
「でも、レイジさんが戻らないなら私も戻りませんよ。」
「どうして……」
「忘れたんですか?私を誘ったのはレイジさんなんですよ?そのレイジさんが元よりいなかった事にされてるのに、どうしてそこに私がいるんですか?私を誘ってくれて、私が受け入れたのは後にも先にもレイジさんだけなんです。なので私はずっとレイジさんについていきます。」
真っ直ぐオレを見つめ、そう言ってくれるミルファを今すぐにでも抱きしめたかったが、ルナの手前自重しておいた。
しかし、ミルファの気持ちはオレの心に深く突き刺さった。
今のオレでは絶対に守ってやるなんて言えはしないが、守れるくらい強くなろうと決心させられる程にオレには響き渡る言葉だった。
「ミルファちゃんは凄いのです。レイジくんを本当に信頼してないと言えないのです。
私も、もう少し早くレイジくんと出会いたかったのです。」
ルナは少し寂しそうに呟いた。
「でもレイジさんはルナちゃんの事も大事にしてるよ。でなかったら、こんなふうに一緒に行動したりしないよ。ねっレイジさん!」
「そうなのです?」
二人して真っ直ぐにこっちを見ないで欲しい。
そんな小っ恥ずかしい事答えれる訳がないだろう。
それでもオレの答えを待つかのように、真っ直ぐに見つめられ遂に折れた。
「ああ、そうだな。」
これが精一杯の答えだった。
「先ずは明日だ。多分ソニアさんも来ると思う。そこでどういう話になるかでオレ達の今後を決めようか。
それにブロンズ試験もどうなるかわからないし。」
ブロンズ試験という言葉に一同は黙ってしまった。
ルナはともかく、ミルファがそこまで楽しみにしてるとは思ってなかったので、以外すぎて驚いてしまった。
「……ブロンズ試験。無事に行えるといいですね。」
「そうだな。」「はいです。」
明日に備えて早めの就寝といきたいが、ここで最大の問題が起こる。
寝る際の位置関係だ。
オレとミルファの位置関係はミルファが左に来るように寝ている。
このベッドの向きだと、左は真ん中か、壁際になる。
オレが女性二人に挟まれるのは、とても喜ばしいことだがこの状況では避けたい。
なのでミルファを真ん中にと思ったのだが、二人からそれは却下されたのだ。
理由はオレを落ちるかもしれない端に寝かせる訳にはいかないとか。
それを言うなら女性を端に寝かせる訳にはいかないと訴えたが、2対1では勝てなかった。
そんな訳でオレが真ん中で美女……いや、美少女なのか。美少女二人に挟まれる形で寝ることになったのだが、寝れる訳がない。
ただ真ん中で寝るだけなら問題なかった。
だが、何故二人共此方を向いて寝るのか。
ミルファは普段通りで問題ない。
そしてルナもその寂しさから、人恋しくなっており此方を向いて寝ている。
普段通りミルファの方を向いて寝ていても、背後から抱きしめられるようにくっつかれたら、流石に動揺してしまう。
そんな状態で寝付くまで数時間の時間を要してしまった。
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その頃、ディルも思うところが多すぎて、眠れぬ夜を過ごしていた。
「また俺から大事なものを奪っていったのか……。」
ディルはその事実を悔しがっている。
しかし、今日会ったレイジという男の記憶が全く無く、この家で生活していたという話さえも半信半疑で聞いていた。
自分のそのような気持ちに気付いた時、10年前に自分の話を聞いていた他の者が、どういう気持ちでその話を聞いていたのか、初めて理解する事ができた。
当時はどうして信じてもらえないのか、怒りに任せて行動もした。
しかし、自分が忘れる立場になって初めて分かる事がある。
自分はレイジという男とミルファから、当時の自分と同じように責められたらどういう対応するのだろうか。
「サフィア、俺は一体どうすればいい……」
この日ディルは、一向に結論の出ぬ自問自答を一晩中繰り返していた。




