第60話 フギンとムニン
漆黒のローブを身に纏った少年少女は困惑の表情を浮かべている。
「ねえムニン。この人間はどうしたらいいかな?」
「そうねフギン。折角作ったカニさんを殺した奴らだから、殺しちゃってもいいんじゃない?」
「でもねムニン。お館様に怒られないかな?」
「そうねフギン。お館様は今は大人しくしろって言ってたわ。やっぱり殺しちゃダメよ。」
少年少女は見た目はただの子供だ。
しかし、その雰囲気はエイルらAランク冒険者が身に纏っているそれと同等か、それ以上のものがある。
そして対峙している時に感じるこのプレッシャーは最近も感じた恐ろしくヤバい相手のソレと同じに感じている。
そう、この感じはシームルグと対峙した時にソックリなのだ。
明らかにこいつらはヤバい。そう思った瞬間、オレは剣を構えていた。
「レイジさん?子供相手に何を?」
「多分こいつらは子供なんかじゃない。シームルグクラスのヤバい相手だ。」
それを聞いたミルファは言葉を失う。
死を実感させられた記憶が脳裏に焼き付いているからだ。
自然と身体が震えだす。既にミルファは逃げ出したい気持ちで一杯になっていた。
「それじゃあムニン。誰か一人記憶の犠牲にしちゃおうよ。」
「そうねフギン。それなら少しは気が晴れるわね。じゃあ誰にする?」
「どうしようかムニン。じゃあ、あの犬の耳の獣人は?」
「そうねフギン。そうしましょう。」
二人が動き出した。
手を取り合って呪文を唱え始めている。
その魔力量は凄まじく、その力に大気が震えているのがわかる。
これほどの魔力はシームルグからも感じ取る事はなかった。
「ミルファ!ルナ!これはヤバい。逃げるぞ!」
既に手段を選んでいる状況ではないと判断し、ぶっつけ本番で奥の手を使う決意を固めた。
「頼む!手を貸してくれ!シームルグ!」
オレの呼び掛けに周囲が光りだす。
光の粒子が俺の周囲を回りだすと、そのまま上空へと上がっていった。
そして、上空に姿を現したシームルグ。
その姿を初めて見たルナはその神々しさに腰を抜かすかのように座り込んでしまう。
「敵はあの二人。頼む、オレ達を守ってくれ!」
シームルグは二人を見つめる。
が、シームルグは相手を見て恐怖している。
「ま、まさか……ムニンとフギンか!しかも使おうとしているあの技は……レイジ!ダメだ!早くここから立ち去るのだ。」
シームルグはそう言いながらも風属性技のオーロラウイングを放つ。
が、それは全て相手を躱すように流れて言っていまう。
シームルグの言葉にレイジは判断が遅れた。
それでも逃げようと振り返ると、腰を抜かして座り込むルナの姿が。
「ルナ?くそっ……」
走りながらルナを抱き抱え、一緒に連れて行く。
ルナはいきなりお姫様だっこされて、戸惑いを隠せずにいる。
「大人しくしてろ!今はとにかく逃げるぞ。」
どうしていいか分からず足をバタつかせているルナを諭したが、その瞬間それは放たれた。
「神の記憶操作術!」
二人から放たれた光がオレ達を襲う。
「レイジ!」
シームルグが伸ばした腕は僅かに届かず、弧を描きながらオレ達、正確にはルナを目掛けて飛んでくる。
光が迫って来るのが分かる。そしてこのままだと、オレを躱してルナに当たるのが手に取るように分かる。
目の前で、自分が抱き抱えてる女性だけに当たる何て事が許されるはずがない。
そう思ったら瞬時に身体が動いていた。
当たる直前に体を捻り、光が自分に当たるようにしたのだ。
光はオレの背中に直撃する。
そしてオレの体、そして抱き抱えているルナの体も光だして、その光は飛んでいった。
「あれ、ムニン。二人に当たっちゃったよ。どうしよう。」
「そうねフギン。多分二人に効果があるだけだから気にしなくていいと思うわ。」
そう言うと、二人から漆黒の翼が生え、そのまま飛んで行ってしまった。
「……さん!レイジさん!しっかりしてください。」
ミルファの声が聞こえる。……ミルファ?そうだ、オレは!
意識がはっきりと戻り光に当たり倒れた事を思い出した。
起き上がり周囲を見渡す。
視界の中にいるのはミルファとルナ。それとシームルグだけ。
「あいつらは?」
「あの光がレイジさんに当たるとそのままどこかへ行ってしまいました。
あの、レイジさん、身体は大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。そういえば……全然何ともない……よな。」
自分の体を触りながら確認するが、どこにも異常はない。
そして、ルナも目覚めたようだ。
「ここは……っ、レイジくんは?無事なんです?」
「ああ、多分何ともない。何故かは分からないけどな。」
再度確認しているが、やはり身体のどこにも異常は見受けられない。
そうしていると、シームルグが口を開いた。
「多分既に異常は起きてるはずだ。あの者らの名前はフギンとムニン。
戦争と死の神オーディンに付き従う、思考と記憶を司る従士だ。
あの者が使った技は神の力を行使して発動させる神の記憶操作術。
あれを受けた者は全ての人々から忘れ去られる。例外は今此処いる我とミルファだけ。
既にエイル達の記憶からもレイジに関する記憶は失くなってるはずなのだ。」
オレは全ての人から忘れられた?そんなバカな話があるはずがない。普通ならそう思うだろう。
しかし、今話してるのは神の使いとも言われるシームルグだ。
間違いなくその話は本当の事なんだろう。
「オレだけではなくルナも?」
「左様。」
オレがこの世界に来て出会った人はたかがしれている。
だが、ルナはその人生で出会った全ての人から忘れられたとなれば、そのショックは計り知れないだろう。
「えーと、その前にこの人は誰なんです?何処から現れたのです?」
そうだ。人型のシームルグはルナは知らないのだ。
「あー、さっきオレが呼び出した大きい鳥は覚えてる?あれが人の姿になってる状態なんだけど……分かる?」
「やっぱりあの鳥さんはレイジくんが呼び出したのです?凄かったのです。」
「うん、それよりも……大丈夫?多分、ソニアさんもブラッドローズの全員がルナの事を覚えてないと思う。」
「へ?何言ってるんです?そんな訳ないのです。姉さま達がウチを忘れるなんてありえないのです。」
これが普通の反応だ。でも、これだといざという時のショックは大きいだろう。
ミルファはどうしていいか分からないで困惑している。
この場にミルファがいて、ミルファの記憶からは消えていないのが何よりも救いだと思っている。
「此処にいても仕方ない。とりあえずロードプルフに帰ろう。」
そう言ってキラークラブを回収する。
シームルグは召喚解除し帰還した。
そしてオレ達も街へと帰還するのだが、その足取りは重かった。
何とかギルドまで辿り着き、依頼完了報告の為受付へと向かった。
「これの完了報告なのです。素材は外に置いてあるのです。」
「えーと……すみません。此方は初めての利用ですか?失礼ですが冒険者カードの提示をお願いしてもよろしいですか?」
出発する前に依頼を受けた時と同じ受付嬢だ。
しかし、やはりというべきか、ルナの事は完全に記憶から無くなっているようだ。
「あの、すみません。その子私と一緒に行動してたんです。いいですか?」
「あ!ロードウインズのミルファさんですね。畏まりました。では、依頼完了手続きを開始します。」
ミルファはあの光を受けてないので問題ない。
しかし、オレの事は誰も覚えていないだろう。
ギルド長も、辺境伯も、王子も、そしてエイル、マリー、ディルの三人も。
無事依頼報酬と素材売却金を受け取り、それは全てルナに渡した。
皆で分けようと言っていたが、オレ達は金には困ってないし、ルナはこれから大変だろうからと、全額貰ってもらうことにした。
「ルナは誰かと一緒に暮らしてたりするのか?」
「ブラッドローズは皆で一緒に暮らしてるのです。……ホントに皆、ウチのこと忘れてるなら、もうウチに帰る家はないのです。」
「じゃあ先ずはブラッドローズの家に行ってみよう。」
※実際の神話に登場するフギンとムニンは鴉ですが、此処では鴉の姿にはならないと思います。




