第50話 冒険者の性
その日のオレは倒れるんじゃないかと思うくらい寝不足だった。
なんせほぼ一睡もしていないようなものだ。
ソニアが「見張りはこちらでやるから貴方達はゆっくり休んだほうがいいわね。」なんて言うので、オレも遠慮なくゆっくり寝ようと思っていた。
しかし、勿論だがオレの左には定位置になっているミルファが居るのだが、問題は逆隣の右側……。
そこにはソニアの親衛隊であるルナが寝ているのである。
何故かルナだけは見張りを免除され、オレの隣で寝るようにソニアに指示されたようである。
いや、大変嬉しい配慮ではあるのだ。但し、それはミルファがいない時ならである。
この状況ではただの生殺しなのだ。
ミルファはオレの腕にしがみつくように眠っていた。
その横にいたオレはと言うと、仰向けのまま一切動くことも出来ずにいたのだ。
せめてその耳をモフる事が出来たら……悔やんでも仕方ないのだが、後悔だけが残る夜を過ごしたのだった。
まあ、八時間近くもそのような時間があったのだが、オレはずっと悶々とした気持ちを抱えたまま、ただじっと耐え忍んでいた事になる。
誰でもいいので、この状況を見ていた人がいたのなら、どうかこんなオレを褒めて欲しい。
ミルファが起きた際に、それだけ時間が経ったのだとわかった。
その時既にソニアが起きていたのだが、俺を見るなり「ルナはどうだった?良かった?」などと聞いてきたのだ。
間違いなくソニアも、あの時オレがルナをガン見していた事に気付いていたのだろう。
全力で何もしていないと否定したが、またしてもヘタレイジなどと呼ばれる羽目になったのだ。
前世では徹夜くらいなんとも無かったのだが、この肉体では徹夜がかなり厳しいらしく、馬車に乗るなり直ぐに寝落ちしてしまった。
二時間後くらいにオレの御者をやる時間になったらしく、ディルに起こされた。
思いの外スッキリしている。これだけでも睡眠時間を取る事が出来たのが良かったようだ。
御者をしている間は暇である。
ステータスチェックなどしたい事は多々あるのだが、その間に万が一な事態が起きたら洒落にならないので、そこは自重しておいた。
召喚魔法も一度試しておきたい。
あのシームルグが現れるから、おいそれと人前で使う訳にはいかないのだが、どのような場面での使用が望ましいのかなど、確認だけはしておきたいと思っている。
この帰り道は平和そのものだった。
特に魔物も出現することもなく、安全快適な馬車の旅となった。
この日も何の問題もなく予定通りの距離を進む事が出来ていた。
そしていつものように食事の準備に取り掛かったのだ。
「なあ、今日はあの肉を出してソニアのヤツをギャフンと言わせてやろうぜ。」
エイルが悪巧みをする悪代官のような顔で何やら言ってきた。
「あの肉?どれですか?」
「トロルだよ!トロル!この国じゃファスエッジダンジョンでしか現れないし、そもそもダンジョンの魔物は倒したあと放置してたら消えてくからな。まず持って帰れないだろ。
あれ食わせてメロメロにしてやろうぜ。」
これはマリーへの報告案件だろうか?なんて思っていたがこちらにも流れ弾が飛んでくる。
「レイジだってあの子、ルナって言ったけ?あの子落とすにはトロル肉はこれ以上ない一品だぞ。
な?じゃ、よろしくなー。」
何て事言っていくんだろうか。こんな会話はとてもミルファには聞かせられない。
しかし、そういう事は関係なくトロル肉には賛成だ。
あのような美味しいものは皆でシェアしたほうが、より美味しく食べることが出来るはずだから。
「全くあいつは碌でもない事には頭が回るんだから。」
マリーが馬車の裏から現れ、呆れたような顔をしていた。
「ま、マリーさん?そこにいたんですか?もっと早く声掛けて下さいよ。」
「あの会話の中出て行ったら下手したら喧嘩でしょ?だったら黙って聞かなかった振りしてるわよ。」
「……それでいいんですか?だってマリーさんとエイルさんは……」
「レイジくんは結構価値観が違うわよね。冒険者である以上その自由は守られてるのよ。それは男女間でも一緒。
それに女一人にその自由を奪われて縮こまってるような男に私は靡いたりしないわ。冒険者に惚れる女はそれを理解した上で行動してるわよ。
私をちゃんと見て欲しい気持ちだって勿論あるわよ?それは私の魅力で見てもらわないと意味ないと私は思っているわ。
私だって冒険者なんだから。欲しいものは自分の力で手に入れるんだから。ね?」
「……いや、マリーさん、カッコイイっす。オレが惚れちゃいそうっす。」
「な……バカなこと言ってないで。トロル肉出すんでしょ?早くした方がいいと思うわよ?」
「はい。じゃあ準備してきます。」
マリーのその言葉に心から格好良いと思っていた。
冒険者は自由。それは全てにおいての事。
マリーのその言葉はオレの心に深く刻まれる事となったのだ。
「ミルファちゃん。聞いてたんでしょ?」
「……はい。」
「女って大変だよね。頑張ろうね。」
「……はい!」
24階層で倒したミドルウッドを薪として使用し、火を起こしていく。
人数がいるので持ち歩いていたフライパンじゃ追いつかない。
アイテムボックスに残っていた鉄鉱石をエイルに錬成で鉄板にしてもらい、ドンドントロル肉を焼いていく。
ソニアや親衛隊もその匂いを嗅ぎつけ次々へと集まってくる。
そのままステーキとして焼いたもの、網も用意して串焼きも作っている。
更に、折角鉄板を用意したのだから、これを利用しない手はない。そう思い用意したけど使わなかったキャベツや小麦粉を使い、お好み焼きにチャレンジした。
そして鉄板の上でそのままマヨビームを発射してみせた。
「うお!レイジ、これマヨネーズだろ?ヤバいくらいいい匂いじゃんか!」
エイルの食い付きが凄まじかった。
ソニアを筆頭に親衛隊もその香りだけで昇天しそうな顔になっている。
勿論ルナもだ。
ソースは無いが、魚醤になんか色々混ぜてそれっぽいものを作って掛けたが、これがまた美味かった。
エイルの言う通り女性達の胃袋は完璧に掴めただろう。
この後、親衛隊に囲まれ、ハーレム状態になっていたのだが、ミルファは一瞬怒ったような顔を見せ、その後は何も無かったかのように終始笑顔だった。
その笑顔のミルファと目があった瞬間、背筋が凍りつくような、気持ちにさせられた。
片付けが終わりようやく解放され、ミルファの元へ行った。
「あ、レイジさんお疲れ様です。モテモテでしたね。私入る隙無かったですもん。
どの子が好みだったんですか?やっぱりあのルナって子ですか?可愛いですよね。」
ミルファは何時になく饒舌になってる。
ヤキモチを通り越し怒りでこのようになってるのだろうか。
マリーの言う自由を履き違えたのか、少しやりすぎたのは自覚している。
ミルファの怒りは最もなのだ。素直に謝ろう、そう思ったが意を決したようにミルファが続けて話す。
「ごめんなさい。私はやっぱり無理でした。レイジさんを縛り付けないように、冒険者らしく自由でいて貰おうと思っても、やっぱりああいう風にレイジさんが女の人に囲まれてるのは嫌です。
こんなふうに思ってしまう自分も……ホントに嫌……ごめんなさいっ。」
オレが調子に乗ったせいでミルファを傷つけてしまった。申し訳ないことをしてしまった。
「ミルファ、ごめん。調子に乗った。」
「謝らないでください!絶対に慣れてみせますから。レイジさんは…冒険者は自由なんですからね。
でないと、私は今後笑顔でレイジさんの隣に居ることが出来なくなってしまいそうですから。
見ていてください、頑張りますから。」
多分ミルファの冒険者としての覚悟なのだろう。前世の常識に囚われ、この世界での冒険者としての心構えが成っていなかったのはオレの方だったらしい。
マリーの言った言葉の意味が少し解ったような気がした。
いきなり考えを変えるのは無理な話だ。少しずつ変わっていこう。
ミルファにもそう伝え、その細い身体を抱きしめた。
小さいフラグがあるだけの話でした。
無くても支障はないのですが、この日を飛ばすのも嫌だったので、一応作ってみました。




