第48話 契約
シームルグが光輝きその姿を変えていく。
「やはりお主があのお方が選定した魂だったのだな。」
光の中から現れたのは青い髪をした青年だった。
「……誰だよ?どうやってここに来たんだよ……とりあえずオレの事はほっといてくれ。」
誰だか分からないが、今はこんな奴の相手なんかしたくない。
そんな思いからその青年を冷たくあしらった。
「……そうか。他の者たちが気がかりか……。ふふっ、では今戻してやろう。」
「なに?」
この青年は確かに今戻してやると、そう言った。
戻ってくる?エイルが?マリーが?ディルが?そして、ミルファが戻ってくる……?
その言葉の意味を考えれば考えるほど皆への思いが溢れてくる。
そして目の前の青年が両手を上へと翳し、何やら呪文を唱えている。
その両手を前へ突き出すと目の前が光に包まれていった。
あまりの眩しさに目を開けてはいられない。
長い、長い時間、一分程経ったのだろうか。光が薄れていく。
次に目を開けた時、オレの瞳に映ったのは、ミルファ達仲間の4人の姿だった。
「エイルさん?、マリーさん、ディルさん……ミルファ……」
流れ落ちる涙を気にする事もなく、オレはその場に座り込む。
本当は直ぐにでも抱きしめたい。しかし目の前のミルファの姿を見た瞬間、その安堵から腰が抜けたかのようにその場から動けなくなってしまった。
「レイジさん?……私……え?マリーさん?皆も……。」
ミルファも自分に起きたその事実についていけてないようだ。
「エイル……生きてる……良かった……良かった……。」
「俺は……生きてるのか?」
「マリー、苦しいから……とりあえず離れろ!な?」
皆それぞれが自分に置かれている状況を飲み込めていないようだ。
そんな状況をお構いなしに青年は話し始める。
「とりあえずこれで話を聞く気になったかな?先ずは自己紹介をしようか?
私の名はシームルグ。一応この世界を取り仕切る者の一体だ。そして此処で次の勇者の選定を任されている。」
「ま、待って!」
自己紹介を始めるシームルグの話を遮るようにオレは割って入った。
「なんで皆生き返ったんだ?てか、あんたはシームルグなのか?」
未だに皆が生きてこの場に居ることが信じられずにいた。
最初はミルファの姿を見ることができ、それだけでも嬉しかった。
しかし、我に返り考えれば考えるほど、目の前の状況が理解できなかった。
「別に彼らは生き返った訳ではない。そもそも死んではいなかったのだから。」
シームルグが言うには、ミルファ達はその質量をそのままに肉体だけを粒子化させ、シームルグが作り出した光の空間にその意識、所謂魂と共に移しておいただけらしい。
「この50階層は私による勇者足りうる魂の選定の場。その魂が勇者のそれと認められぬ時はあのように粒子化し、大体はダンジョンの外へと移している。勿論此処で私と対峙した記憶は消去してな。
まあ、稀にこの世に存在するに相応しくない魂はその場で消滅させているが。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!レイジはあんたに…シームルグ様に勝ったのか?
じゃ、じゃあレイジはシームルグ様に認められた勇者って事なのか?」
エイルがとんでもない事を聞いた。オレが勇者?あり得なかった。
自分はただ自由にこの世界を楽しみたいだけなのだ。
いや、勇者としてチヤホヤされたい気持ちは勿論ある。
しかし、頼まれ事は何だかんだで断れず、ズルズルと嵌っていくタイプだと自覚しているので、勇者ほど自分に合わないものはないと思ってもいた。
「いや、勇者とは少し違うようだ。元よりレイジは神より選ばれこの地に舞い降りた存在。
私が勇者に選定するなど神への冒涜に過ぎん。」
神より選ばれ……この言葉に何となく身に覚えがある。
前世で死に、この世界に来る前に出会った光。
そして、オレにユニークスキルを与えてくれた存在。
シームルグの言葉に嘘が無いのであれば、あれが神という存在なのであろう。
しかし、オレが思うにあれは気まぐれで転生させた感じだと思っている。
選ばれたなどとは全く思うことが出来ない。
「レイジさんが神に選ばれた……?うそ……」
ミルファが口に手を当てその言葉を信じられない表情でいる。
オレ自身信じられないのだから当然だろう。
「この世界に人類が誕生して数万年。レイジのような存在は未だかつて存在した事がない。
私も実際に会うまでは信じられなかったさ。異世界より舞い降りた魂などというものはな。」
「異世界より舞い降りた……?レイジが?どういうことだ?」
その言葉にエイルを筆頭に全員が驚愕し、疑問を持っている。
オレは、隠し続けてきたその事実を皆に知られてしまった事への申し訳なさや恐怖で頭が真っ白になっている。
シームルグは皆のその反応に少し戸惑い、申し訳なさそうにオレに訪ねてきた。
「ん?ああ、すまない。この事は仲間には話していなかったのか?」
「……いえ、隠していたオレが悪いんです。異世界から来たなんて言っても頭おかしいと思われてそれで終わりですからね。普通はそんな事言ったって信じる訳ないですから。」
「レイジ……俺達はお前の能力を見てる訳だからな。それくらいの事があっても不思議には思わないぞ。寧ろそこは俺達を信じて欲しかったな!」
エイルが悲しそうに聞いてきた。
「信じてますよ。信じてるから神様から与えられたユニークスキルを全て伝えてあるんです。
何も分からず、知り合いも誰もいないこの世界で始めてオレに手を差し伸べてくれた貴方を信じない訳ないでしょう?」
オレにとってこの世界で唯一の居場所。そのロードウインズを信じないなんて事は絶対に無かった。
エイルに拾われたから今がある。何よりも信用できる居場所だった。
「レイジさん……。レイジさんは何時かは自分の世界に帰っちゃうんですか?」
ミルファは不安げな表情で問いかける。
「帰る事は絶対にないよ。オレはあっちの世界では間違いなく死んだんだ。それは神様も言っていた。
キミの人生はおしまい。確かにそう言っていたから。だから、この世界で新たな人生を手に入れた時は戸惑ったよ。また人生をやり直せるんだから。お陰でミルファにも出会えたしな。」
オレがそう言うとミルファはオレの胸に飛び込んできた。
「私はレイジさんと共に冒険者として生きていこうと決めています。
レイジさんがロードウインズへ誘ってくれたあの日から、私の気持ちは決して変わることはありませんから。」
「まあ、俺達もだな。レイジをロードウインズへ誘ったあの日から、お前は俺達の家族なんだしな。」
ミルファも、エイルも、その後ろにいるマリーとディルも、皆が笑顔でそう伝える。
「レイジはこの世界でいい出会いをしたようだな。まあ、私が余計な事を口にしなければ良かった話なのだが……。」
シームルグは申し訳なさそうにしている。
「お詫びではないが、私からも一つレイジにプレゼントをしよう。
あの神からもスキルを与えられているのだろう?私からも……まあ、スキルではないが、魔法の一種を授けるとしよう。」
魔道士と僧侶の両方を付け、白黒両魔法を使えるようにしてるオレにはかなり嬉しい申し出だった。
「単純に私がレイジの行く末を見届けたい、と言うのが本音なのだがな。」
おれはその意味が分からなかった。
しかし、その後の言葉にその意味を理解すると共に、それが現実になる事に狂喜乱舞するのだった。
「まあ、簡単な話だ。レイジが必要と感じた時に私を召喚するよう契約しよう。」
召喚。確かにそう言った。
「オレは召喚魔法は使えません。何か方法ってあるんですか?」
「召喚魔法は術者自身が召喚される者との契約によってその使用が認められるものだ。
この契約を機にお主のスキルにも召喚魔法が加わるはずだ。」
どの文献にもないと言われている召喚魔法の取得条件をこんな形で知る事になるとは思ってもみなかった。
が、今オレは召喚魔法を使う為の契約をする事になるのだ。
「単純な契約だ。」
そう言い、シームルグは自分の指を切りつけ血を流す。
「我が血をもってレイジを主とし、召喚に応じることをここに誓おう。契約。」
シームルグがそう言うとオレとシームルグの間が光りだす。
その光が渦を巻きそのまま消えていった。
「契約は成された。今より私はレイジの召喚獣としてお主の呼びかけに応じよう。よろしく頼むぞ。主よ。」
こうして50階層の激戦の終わりと共に、オレは召喚獣シームルグと契約したのだった。




