第47話 シームルグ
オレ達は50階層へ降りて行き、ボスの待ち構える部屋の扉を前に立っていた。
「さて、ここまで来たな。とりあえず入る前に言っておきたい事があるんだけどいいか?」
オレを含め全員が、その話を始めたエイルへと視線を向ける。
「このボス戦が苦戦した上での辛勝でも、圧倒的に蹂躙しての楽勝でも、とりあえず一回帰ろうと思ってるんだ。皆はどうだ?」
帰る……あの家に帰れる。
オレにとってこのダンジョン生活は別に悪いものでは無かった。
寧ろ、自分が強くなっているのが目に見えて分かるのだ。かなり楽しいものだった。
それでも、あの家での生活に勝るのかと言われれば、それは絶対にないと言えるだろう。
このメンバーで過ごしている事には変わりないが、あの家独特の雰囲気は、オレにとってかなり心地いい物なのだ。
そして、そのように思っているのは俺だけではないようだ。
皆が笑顔で顔を見合わせ、それを受け入れた。それは勿論オレもだ。
「じゃ、元気で帰る為にもここは気合入れていこうぜ!」
エイルは皆を鼓舞し、目の前の扉を開けていく。
その部屋の中は、今までのボスの部屋とは違う異質な空気を纏っていた。
今までの石造りの如何にもダンジョンという感じの雰囲気とは一転、まるで古代の地下宮殿のような神秘さを醸し出している。
部屋の中心はその天井も高く、明かりを照らす燭台も多々下がっている。
中に入っていきその部屋を見渡すが、ボスらしき魔物どころか生物の一匹も見当たらない。
オレは少し不思議に思い周囲の気配に集中した。
何かの気配を察知し周囲を見渡す。が、何も存在しない。
その時、殺気を感じ上を見上げる。
その燭台より更に上部、そこでそいつはその羽を羽ばたかせていた。
オレは直ぐに鑑定する。シームルグ。伝承では勇者を選定する神の使いとも言われる怪鳥がオレ達を見下ろしている。
その体長2,5メートル。獣のような姿と鷲のような翼、そして美しく虹色に輝くその尻尾に全員が呼吸をするのも忘れ、そこに佇んでしまう。
「シームルグ?」
オレは微かにそう呟いた。
「レイジくん、今なんて言ったの?」
「あ、この魔物の名前です。シームルグって名前らしいです。
マリーの問いにオレは答える。しかし次の瞬間、マリーの顔がドンドン青ざめていく。
「シ、シームルグ……だめ……戦ってはダメ!シームルグは勇者を選ぶ神の使いなの!勝てる訳がない……。」
その言葉に一同は言葉を失った。信じたくなかった。
しかし、オレ以外は全員その伝承を知っていたらしく、その顔から戦意は削がれている。
「ギュアアアァァァァァッ!」
その叫びと共にシームルグは突進してきた。
このままではかなりヤバい。俺の中で何かが警鐘を鳴らしている。
すかさずファイアショットで威嚇し、全員に距離を取るように伝えていく。
既に右手にシャムシールを持ち、左手から魔法を放つそのスタイルでシームルグと対峙するように間合いを計っている。
エイルも我に返り、自分の間合いで双剣を構え、マリーは全員に防御魔法を掛けるとその身を隠す。
ディルとミルファも一定距離を保つように展開を始める。
「こっちから行きます。」
オレはそう言うと先程の倍の魔力を込めたファイアショットを放ち、反時計回りでシームルグの周囲を回っていく。
しかしシームルグも此方の意図を読んだのかその動きに合わせるように移動していく。
そしてその羽を羽ばたかせると、周囲に小さい竜巻が幾つも出来ていた。
「キュアアアァァァァァ!」
シームルグが吠えると、その竜巻は近くにいる者に襲いかかり、隠れているマリー以外の全員がその竜巻に巻かれ弾き飛ばされていく。
エイルだけは倒れず、体勢を立て直すと懐に忍ばせてある投げナイフを投擲していく。
がしかし、それも羽ばたき一つで全て飛ばされてしまった。
その間にディルも立ち上がり、弓を構える。が、本能がそれを止めさせる。
此処で攻撃をするのは神への冒涜になるのではないか。そう考えてしまった。
オレは弾き飛ばされた時の倒れ方が悪かったらしく、肩が外れ腕が上がらずにいた。
今までやったことなどないが、自分で肩を嵌め込みヒールを使っておく。これが此処までは痛いとは思っていなかった。
「いっつ……いってぇー……もう絶対自分では脱臼は直さねえわ。」
風を使った攻撃を多用してくる為、オレは火属性での攻撃を選んだのだが、これが関係なかったと後で知ることになる。
この時は魔法剣ファイアを使い、シームルグとの距離を詰めていく。
ファイアショットで視界を遮ってから、背後に周り炎を纏った剣で斬りつける。
「パワースラッシュ!」
魔法剣ファイアにパワースラッシュを乗せる、今持ち得る最大の攻撃である。
しかし、それさえもその翼に阻まれ、傷一つ付ける事すら出来なかった。
今、シームルグの意識は完全にオレに向いている。
エイルも悩んでいる。果たしてこのまま戦ってもいいのだろうか?
しかし、戦わなければ待ってるのは確実に死のみである。
エイルは僅かな時間思考を巡らせ決断した。
自分がこのパーティのリーダーだ!その思いからエイルはシームルグへと武器を構えた。
「陰翳殺!」
シームルグがオレへとその意識を向けている中、エイルの必殺の一撃が背後から放たれる。
しかし、その最強の一撃でさえ尻尾を靡かせただけで防いでしまう。
そして次の瞬間、思いもよらない最悪の事態が目の前で起こってしまった。
シームルグから光が放たれると、エイルは粒子となって消えてしまったのだ。
「エ……エイルさん?何処いった?お前…、エイルさんをどこやったんだコラ!」
エイルが死んだとは考えたくない。認めるわけにはいかない。しかし、現実に今オレの目の前で、エイルは光の粒となり消えていってしまった。
シームルグにオレが吠えたその時、シームルグに向かって幾つもの矢が降り注ぐ。
ディルのレインアローと更にはミルファも仕掛けている。
それでもシームルグには掠りもしない。一羽ばたきでそれらの矢はその向きを変え消えていく。
シームルグはその攻撃を気にしたのか、狙いをディルへと向ける。
マリーも前に出て、ディルにシールドを掛けていく。が、シームルグが先程と同じ光を放ち、ディルとマリーも光の粒となり消えてしまった。
ミルファは腰を抜かしたように倒れ込んだまま動くことが出来ないようだ。
「ミルファ……ミルファーーーー!!」
オレの叫びも虚しくミルファも同じように光の中へ消えていってしまった。
オレは蹲り、怒りに震えていた。
今まで感じた事のない感情。今までここまでの怒りを感じたことはない。
食いしばるその口から血が滴っている。
既にその感情をコントロールするなんてのは到底不可能だった。
怒りに任せた、ただ我武者羅に攻撃したその一撃。
「うぉおおおおうらあああぁぁぁぁっ!」
リーサルスラッシュ……物語の中にある英雄の最後一撃。
その一撃がシームルグに向かって放たれた。
「キュアアアアァァァァッ」
シームルグは一瞬にしてその攻撃の威力を察知し身体を捻らすもその身は切り裂かれた。
降り注ぐ鮮血の中、オレは敵を討てた事にも目も呉れずただ佇んでいる。
既に仲間も恋人さえも失った。
仇は討った。もうどうなってもいい。オレはそう思いその場から動かずにいた。
「ミルファ……」
オレがそう呟くとシームルグが光輝きその姿を変えていく。
「やはりお主があのお方が選定した魂だったのだな。」
光の中から現れたのは一人の青年だった。




