第185話 ケルベロスの雷の若手育成
シルバーランク試験を明日に控えたこの日は、オレ以外の全員が工房を使って筆記試験の勉強中だ。
既にシルバーランクであるオレは、少々特殊な方法でシルバーランクへ昇格した為、筆記試験を受けていない。
その為、今回の皆の力になる事は出来ないでいたのだ。
因みに今日はトマスとフィオーラもやってきて、ミルファ達と一緒に勉学に励んでいる。
この二人はケント以上に頭の出来がよろしくない様で、二人のパーティリーダーであるレイヴィンに学科試験対策資料の件を伝えたところ、是非二人も一緒に勉強させてやって欲しいと頼まれた訳だ。
「ところで、レイジの今日の予定は?」
二人を連れてきたレイヴィンが唐突にオレの予定を聞いてきた。
「特にないな。何か楽しい事でもあるのか?」
「いや、単純にククルとエヴァを鍛えにカスケイド山地にでも行こうかと思ってね。少し討伐するだけだから日帰りだし、一緒にどうかなって思って」
ククルとエヴァはレイヴィンのパーティ【ケルベロスの雷】の最若手で、先日ブロンズランクに昇格したばかりの冒険者だ。
二人は双子のエルフで、ブロンズランクに昇格後直ぐに魔法の特訓に励んでいたのを記憶している。
確かククルが魔道士で、エヴァが神官だったはずだ。
このパーティにはもう一人、コリンという若手もいて、コイツも一緒に魔道士になったはずだ。
「コリンは連れて行かないのか?」
「……コリンは先日大怪我を負ってね。一名は取り留めたけど、冒険者を続けるのは無理だと判断されてしまったんだ」
思わぬ告白にオレは絶句してしまった。
コリンはレイヴィンのパーティのムードメーカー的な立ち位置だったはずだ。
そんな彼が居なくなれば、パーティへのダメージは思いの外大きいだろう。
……何より本人が一番辛いのだろうが――。
「……エヴァの回復魔法でもダメだったのか?」
「ギルドに掛け合って中級魔法での回復も試みたんだけどね……。命があっただけでも儲けもんだと言われたよ」
「そうか……残念だ」
「そんな事もあって、ククルとエヴァを少しでも強くしてあげたいと思うんだけどね。強くなる為には危険が付き纏うでしょ?流石に俺一人ではカスケイド山地で二人を守りながら戦うのは厳しくてね」
レイヴィンは防御特化型の戦士だ。守るのには長けているだろう。
だがその分、攻撃に関しては少々物足りなさがあるのは否めない。
戦闘が長引けば必ずククルとエヴァが狙われる事態が起きるだろう。
「トマスとフィオーラがいないと火力不足なんだろ?つまりアタッカーをやってほしいと」
「オレの攻撃じゃ実際キツいからね。お願い出来るかい?」
「まあ、オレが此処に居ても皆の集中を妨げるだけだしな。分かった、行こうか」
準備といっても着替えるだけだ。
直ぐに着替えを済ませると、ミルファ達に一言告げて家を出た。
◇
短時間でレベル上げをするならば渓谷エリアが確実だろう。
だが、先日殲滅したばかりで、まだ魔物の数が少なすぎる。
それならば東の森林エリアで戦うのがベストだと思う。
オレはその旨をレイヴィンに伝えた。
「う~ん、ちょっと危険じゃないかな?見通しが利く岩山エリアで狩りをするのがいいと思うけど」
「けど、そんな考えの奴らだらけで、魔物との遭遇率は高くないんだろ?短期間でレベリングしたいなら其の辺の事も考慮しないと、何時までも今の状態を抜け出せないぞ」
実際、以前森林エリアに行った際には、全く冒険者には遭遇しなかった。
死角から襲われる事を嫌って、皆が敬遠した結果なのだろう。
だが、スキル【マップ】を使う事で魔物の位置が分かるオレにはそういった危険は皆無だと思っている。
だからこそ、危険の多い森林エリアに入り、魔物を独占する事が出来るのだ。
「しかし……」
「大丈夫だ。オレは魔物の居場所が分かるから、絶対に急襲されることはない。任せておけ」
「そこまで言うなら――ククルもエヴァもそれでいいかい?」
レイヴィンに問われ、黙って頷くククルとエヴァ。
こうしてオレ達はカスケイド山地の森林エリアへ進んでいく。
◇
「ククル、森林のような木々が生い茂ってるような場所では火魔法は厳禁な」
「は、はい。雰囲気的にも従来の弓矢で戦った方が相性的にも良さそうですよね」
「だな。エヴァは戦闘開始と同時に補助魔法を掛けてくれ。経験値を稼ぐにはそれが一番効率いいはずだから」
今までの経験上、バフを掛けなかった時は、掛けた時に比べてレベルアップが遅れる感じがしていた。
確信はないが、少しでも効率がいい方を選んだ方がいいだろう。
「二人への指示は完璧だね。俺が言おうとしてた事は全部言われちゃったよ」
少し拗ねたように言ってくるレイヴィンだが、それを嫌がっている訳ではなく、どこか感心しているようだった。
オレも少し出しゃばり過ぎたかもしれないが、コリンの話を聞いて、この場で怪我人を出すまいと思い、全ての指示を出してしまった。
少し自重しなくてはな。
「悪い。つい、癖でな。戦闘中の細かい指示はレイヴィンから宜しくな」
「わかったよ。魔物と対峙している最中はレイジはそっちに集中してくれ」
こうして森林エリアへと入っていく。
◇
「北東からオークが来るぞ」
魔物が来るのを察知し、指示を送ると同時にエヴァがガードを掛ける。
ククルはその方向に向けて弓を構え、レイヴィンは一歩前へ出てミスリル製の大盾を構えた。
流石に三人の連携はピッタリ合っている。
オークが見えると、即座にククルが矢を放つ。
命中するも、皮膚に軽く刺さっただけでダメージにはなっていないようだ。
流石に魔導師だけのジョブだと、攻撃力が全然足りていないようだ。
そのまま突っ込んでくるオークを、レイヴィンが大盾で押さえつけるように止めた。
相変わらず、盾による防御能力は飛び抜けて凄いな。
なんて見とれてる場合じゃない。倒してやらないと。
横から身を乗り出し、一撃で首を刎ねる。
今のステータスだったら、オーク相手に魔法剣は使う必要もない。
難なく討伐に成功した。
「……一撃って……」
ククルもエヴァも呆然としている。
まあ、トマスやフィオーラと比べたら段違いに火力があるので、そういう反応になってしまうかもしれない。
だが、実際ゴールドランクならば、これくらいの攻撃力は普通だろう。
まだまだ強くならなければ、ダンジョンの深層では通用しないかもしれない。
この攻撃力に驚かれたからといって慢心せずに、もっともっと強くならなければ。
その後も同様の戦闘を繰り返し、合計二十匹程の魔物を倒し、この日のレベリングは終了した。
ククルとエヴァのレベルも幾つか上昇した為、今後の戦闘は幾分かは楽になるだろう。
「ありがとう、レイジ。それにしても、魔物の居場所が分かるスキルはどうやったら手に入るんだい?持ってる人なんて聞いたことないよ」
それはそうだろう。
スキル【マップ】はユニークスキルだからな。
通常は手に入ったりしないはずだ。
ククルとエヴァも手応えを感じているようで、今後少しは自信をつけて戦いに挑む事が出来ればいいと思う。
勿論、今回討伐した魔物は全てオレがアイテムボックスに収納して持ち帰っている。
しっかりギルドに売却し、帰路に着いた。