第183話 シロコダイル納品?
無事に依頼の二品を手に入れたオレ達は、翌日には王都へ帰ってきていた。
あの周辺の魔物も狩り尽くし、効率のいいレベリングが出来なくなっていたのが、帰ってきた一番の理由だ。
それでも帰還前には、鑑定を駆使して周辺の変わった素材をかなり集めておいた。
中には【聖なる水草】や【銀鉱樹】などの稀少素材もあり、今後の調合や錬成素材がかなり潤う事になったのだ。
特にミルファを喜ばせたのが、【マナタ草】と呼ばれる魔素を多く含んだ草だった。
これはマジックポーションの原材料であり、アフラ草と調合する事でマジックポーションにする事が出来るそうだ。
アイテムボックスに入っているハイマジックポーションには劣るが、魔力を回復させるという意味では、十分に需要がある事だろう。
そんなマナタ草が大量に自生していたので、あるだけ収集していく。
根を残しておけば、この場所ならまた数日で生えてくるのだろう。
王都へ帰還した翌日、早朝からアノフグルト侯爵邸へと顔を出していた。
要件は勿論、シロコダイルの納入である。
門番に名乗ると、即座に応接室へと通された。
どうやらオレが来る事を事前に知らされていたらしい。
応接室で待つ事十五分程、アノフグルト侯爵がやってきた。
「やあ、レイジ殿。お待たせして申し訳ない」
普通に挨拶をしてくるアノフグルト侯爵だったが、その額には汗が滲み出ていた。
相当急いで来てくれたようだ。
「いえ、滅多にお目に掛かれない素晴らしいお屋敷に興奮してましたよ」
「それは良かった。ところで、貴殿からこうして訪問されたという事は、もしや?」
「ええ、昨日カスケイド山地より戻りました。依頼の品もしっかり入手出来ました」
それを聞いたアノフグルト侯爵の表情が一気に晴れていく。
「ほ、ホントか!その品は?何処に保管してあるのだ?」
興奮のあまり我を忘れてグイグイ来るアノフグルト侯爵を落ち着かせてから、オレは交渉に入る事にした。
「しっかり持ってきてますよ。ただ、その前にしっかり金額交渉をしておきたいと思いまして。」
「ふむ、そうだな……ならば余計に現物を見せて貰えないだろうか?状態が分からなければ判断もできまい」
確かにその通りだ。
だが、シロコダイルを出すには此処は狭すぎる。
「分かりました。では、庭をお借りしても宜しいですか?中々の大きさがあるので、適度な広さがないと大変な事になってしまうので」
アノフグルト侯爵はそれに理解を示すと、オレを庭へと案内する。
貴族の屋敷だけあって、庭の広さも相当だった。
多分ガーデンパーティーなども行われるのだろう。
テニスコート三面はあろうかという庭に案内されると、オレはその中央に討伐してそのまま保存されていたシロコダイルを出した。
「な!こ、これがシロコダイルだと?なんて大きさだ!」
体長十メートルはあるその巨体を庭の中央に出すと、アノフグルト侯爵はその迫力に思わず後ずさり尻餅をつく。
そんなアノフグルト侯爵を、追従していた家臣や使用人も助ける事も出来ずに、一緒になって腰を抜かす始末だ。
「コイツが今回討伐してきたシロコダイルです。用途を考慮して、顔以外に傷を付けないよう考慮しておきました」
それを聞いたアノフグルト侯爵は、立ち上がるとシロコダイルの周囲を回りだした。
どうやらこの鰐革の状態を確認しているのだろう。
まあ、オレ達は傷を付けていないが、シロコダイルが普段からの生きる上で付いた傷はあるのかもしれない。
それを踏まえても、鰐革としての価値は相当高い状態を保ったまま討伐出来たと自負している。
「ふむ……素晴らしいな。ここまで傷の少ない個体丸ごとか……私が現金で用意出来るのは二億Gまでだが、どうだろう?このまま全て売っては貰えないだろうか?」
この言い方だと実際はもう少し価値があるのだろう。
しかし相手はこの国の侯爵だ。
王都滞在中に何かあって、便宜を図って貰える事があるのならば、此処で一つ貸しを作っておくのも悪くはないと思う。
「二億Gですか……相場は把握していませんが、構いませんよ」
「本当か?いや、ありがたい。感謝するぞ」
多分もっと高値が付くのだろう。
そしてアノフグルト侯爵も、オレ達がその事実に気付きながら売却を決めた事を把握しているはずだ。
だからこそ、今後貴族の力が必要になった際に力になってくれるコネを作れるのだ。
アノフグルト侯爵は、即座に執事に金の用意を指示していた。
金の用意が出来るまで、アノフグルト侯爵とシロコダイルとの戦いの話などをしながら待っている。
すると、建物内より女性の悲鳴が響き渡った。
見ると、メイドを引き連れた少女が、シロコダイルを見て腰を抜かしていた。
「おお!エリーゼよ。見なさい、この見事なシロコダイルを。この鰐革を使って、例のモノを特注で作らせるからな」
「え?えー??これが?う、嘘でしょ……」
どうやらこの人がアノフグルト侯爵の娘、エリーゼ嬢のようだ。
見た感じ13~14歳ってところか。年頃の女の子って感じだ。
多分エリーゼ嬢は、鰐革を加工したバッグや財布しか見た事がないのだろう。
加工前のシロコダイルを見て、これがあの美しいバッグと同じだとは思えなかったようで、顔面蒼白になっていた。
「これだけあればエリーゼの身につけるもの一式全て、シロコダイル革で揃える事も可能だぞ。どうだ、嬉しいだろう?」
「い……嫌あああぁぁぁ~~~!!コレがシロコダイルだなんて思ってもみなかった。元がコレだって知っていたら欲しがったりしなかったわよ!こんなもの絶対にいらないわ。直ぐに処分して!!」
この感じからすると、鰐革のみならず、世の中に流通している革製品の大半が魔物素材だという事を知らないのだろう。
だからこんなにも嫌悪感を表しているのだ。
まあ、それで要らないなら要らないで構わない。
別口で売ったほうが確実に高額になるのだから。
「侯爵様、どうしますか?要らないのであれば今回の取引は無かったことにして、持って帰りますが?」
「いや……うーん……申し訳ない。娘が欲していたので依頼したのだが、まさか魔物だという事を知らずに言っていたとは思っても見なくて……今回の依頼はキャンセルという事にしてもらえるか?キャンセル料はしっかり払わせて戴くのでな」
アノフグルト侯爵は、かなり安く手に入る予定だった素材を手放すのに一瞬ためらいながらも、愛娘の事を考え今回はこのシロコダイルの素材を諦める事を決意したようだ。
オレとしては、これ以上の金額になるならギルドに売っても構わない。
何なら、防具を新調してもいいくらいだ。
なので、それを了承し再びアイテムボックスに仕舞い込む。
目の前から巨大な魔物の死骸が無くなった事で我を取り戻したエリーゼ嬢が、父親であるアノフグルト侯爵にあれはなんなのだと詰め寄っていたが、それはオレには関係ないので知らん顔をしながら帰る準備をしていく。
「すまぬな。また何かあれば依頼を出すかもしれないが、その時は宜しく頼む」
「相当長い年月の間、誰も立ち寄らなかった領域に行ってまで入手してきて手に入れた素材をドタキャンする事が無いのであれば、何時でも引き受けますよ」
痛いところを突かれたアノフグルト侯爵は、苦笑いを浮かべつつも特に言い返してくる事もなく、オレの言葉を流していた。
まあ、貴族だからと命令口調で言ってくるわけでもないので、オレ自身はそこまでこの人に悪い印象はない。
実際に再度依頼が来たなら、多分引き受けるだろう。
オレはキャンセル料と迷惑料を受け取ると、アノフグルト侯爵邸を離れ、家へと帰った。