第182話 カスケイド山地(4)
翌日、どんよりとした曇り空の中オレ達は早朝から活動を再開した。
歩き始めて三十分程で、辺りの景色は様変わりし、泥濘で足を取られるような湿地帯へと変化していった。
それからは従来のペースで魔物が現れては倒して先へと進んでいく。
だが、三キロ程進むまでの間には、依頼対象が現れる事はなかった。
「見つからないね。マンドレイクは結構見つかってるけど、マンドレア?それは全然出てこないよ……」
「だな。多分希少種なんだろ?確実にいるとは言い切れないかもしれないな」
ダンジョンだけで言えば、希少種の出現確率は最高で5%、最低だと0.001%くらいだと言う話だ。
つまり、最悪の場合は十万匹に一匹の確率かもしれないのだ。
そうなれば今回の探索で発見するのは無理に等しくなる。
だが、目撃情報だけで誰にも討伐されていないならば、何処かには必ずいるのだろう。
オレ達はその可能性に掛け、更に奥を探していった。
そして遂にマップに目標のうちの一体の姿を捉えた。
「なあ、あれってもしかして……」
ケントが指差す方を見てみると、泥に塗れているにも関わらず真っ白な姿の鰐がそこにいた。
マップが示す位置と変わらない。
そこにいる魔物こそがシロコダイルだ。
体長は十メートル程。オレの知ってる鰐と比べて、頭の大きさも尻尾の太さも段違いに大きい。
だが、見た限りだと動きは鈍そうだ。
先制で不意打ちを仕掛け、一気に決めにいくのが良いだろう。
「間違いない、シロコダイルだ。一斉攻撃で一気に仕留める。だが、極力皮を傷つけたくないから、狙いは頭でいこう。行くぞ!」
オレの知っている鰐であるならば、背後から近付けば捕獲する事も容易いと記憶している。
だが、此処は異世界。
その視野も地球に存在するソレとは全く異なった場合、とんでもない反撃に会う事も予想される。
それならば、不意打ちをするにしても正面から行ったほうが顔は狙い易く、不意をつく動きにも対処がし易いだろう。
ミルファのパワーアローを皮切りに、ルナとケントが一気に距離を縮める。
パワーアローが命中すると同時に、オレはシロコダイルの頭上からサンダーを落とした。
これによりシロコダイルは口を大きく開けたまま僅かな時間だが硬直したようだ。
「チャンスだ!一気に決めるぞ!」
このままケリをつけようと一気に距離を詰めたその時、シロコダイル目が見開き、縦に長い瞳孔がオレ達を捉えると、激しい咆哮と共に口から水弾が発射された。
咄嗟に盾でガードを試みるも、魔法防御に特化したわけでもない普通の盾で、魔力の篭った水弾を防げるはずなどなく、勢いそのままに吹き飛ばされる事となった。
勿論それはオレだけではなく、ミルファらパーティメンバーも同様にやられていた。
「かはっ!全体攻撃だったのか?油断しちまった」
豪快に吹き飛ばされた割には肉体にダメージは然程無いようだ。
それは皆も同様で、直ぐに立ち上がり追撃に備えるべく構え直していた。
シロコダイル自身もダメージが大きいようで、その間も自身の息を整えるだけで、誰に対しても追撃には来なかったようで、それは幸いだった。
とは言え、今の水弾――アクアブレスには注意しなければならない。
先程のは全体攻撃だった為、その威力は低かったが、これを一点に集中させた攻撃ならば致命傷を負う事間違いない。
「メイ、ルナとケントにマジックガードを!ミルファは攻撃一辺倒ではなく、サポート的な役割で頼む。ルナとケントは今の攻撃には十分気をつけながら撹乱させる動きを心掛けてくれ」
今の全体攻撃より、個別に水弾を使われる方が恐ろしいと読んだオレは、狙いを定めさせないよう指示を送りオレ自身も鋁爪剣を構え、前衛に加わっていく。
纏わせるのは、今まで使ったことない土属性――魔法剣石だ。
この魔物が鰐である事と、先程の水弾からして、シロコダイルは十中八九水属性だろう。
それを踏まえて、弱点だと思われる土属性での攻撃を試みる事にしたのである。
この手の魔物は雷属性が有効だとも思うが、先程のサンダーのダメージを見る限り、そこまでではない様に感じたので、セオリー通りの土属性に切り替えてみたのだ。
ルナとケントが撹乱している間に一気に近づくと、死角に入りそこから四連撃を繰り出す。
激しい叫び声を上げ、その狙いをオレへと変えるシロコダイル。
その様子から土属性は弱点だと判断した。
「ミルファ!土属性だ!一気に行くぞ!」
ミルファは土属性の魔力矢をセットすると、三本同時に矢を射った。
オレはそれに合わせるように中級魔法に当たる大地属性魔法【アースシェイク】を唱えると、シロコダイルがいる地面だけに大規模地震が発生し、シロコダイルはその動きを止めた。
これによりミルファの放った矢は全て命中。
それに続くように、ルナとケントの猛攻が始まり、シロコダイル倒れた。
一貫して顔面だけを狙い続けたお陰か、その身体には一切傷は付いておらず、完璧なまでに依頼を達成出来たと言えよう。
「っしゃあ!これで一つは以来達成だぜ!あとはマンドレアとかいうヤツだけだな」
「ああ、そいつもマップに引っかかったぞ。此処から一キロ先だな。ただ数が多いな。通常のマンドラゴラだって即死攻撃があるって言うし、遠距離攻撃だけで安全にいこうか」
シロコダイル討伐と同時にマップを確認し、既にマンドレアの所在を掴んでいたオレは、マンドレア討伐に向け作戦を練っていた。
マンドレイクもそうだが、マンドレアの恐ろしいところはその絶叫による即死攻撃である。
逆に言えば、その即死攻撃さえ何とかすれば、その強さはブロンズランク以下になるという話だ。
それならばマンドレアの即死攻撃が届かない程の遠距離から攻撃を仕掛ければいいのではないかと踏んだ訳だ。
「完全にミルファちゃん頼りになっちゃうけど、それが一番確実ね」
その生態を予め調べていたメイもそれなら問題ないと思ったようで、マンドレア討伐に向け先へと進んでいく。
念の為全員耳栓を付け、もし失敗した際には即時撤退すると決めてある。
できる限りの予防線を張っておき、いよいよ目視出来る距離まで近付いてきた。
「いたぜ!あそこの水辺にいるのがマンドレアだ」
簡単には見つからないよう迂回し、崖の上からマンドレアに狙いをつける。
因みにオレも弓を扱えるが、今ではミルファに比べて飛距離も精度も劣るので、今回は完全にミルファ任せだ。
「どうだ?此処から倒せそうか?」
「倒せるかは分からないけど、急所を狙う事は出来そうかな。じゃあいくよ?準備はいい?」
ミルファが弓を構えるのを見ると、オレ達は皆耳栓を付けた。
そしてミルファのパワーアローが放たれた。
貫通力を高めたミスリル製の矢はマンドレアの顔に当たる場所に命中し、抉り取るように貫通していき、その奥にいたもう一匹も纏めて倒したようだ。
「やったか?」
ケントのそんなセリフに、『それは悪い方に働くフラグだろ』なんて思いもしたが、フラグが立つこともなく無事二匹は討伐出来たようだ。
更に、近くの他のマンドレアが絶叫する事もなく、続けて攻撃が出来るようだ。
「うん、どうやらマンドレアは自分に危険が迫らない限り、絶叫を上げることは無いようだな。それなら一射一殺でいけるか?」
「任せて!手応え的にも余裕があったみたいだし、全然いけるよ」
ミルファの今の攻撃力では結構オーバーキルだったようだ。
だが、だからといって通常攻撃に切り替えたりはしない。
それで万が一倒せなかった場合は、確実にオレ達が危険なのだ。
確実に討伐する。それがマンドレア相手には大事である為、残り七匹にもパワーアローで確実に仕留める事にしている。
一射、また一射とパワーアローを放ち、マンドレアを仕留めていく。三射目と四射目には二匹同時に仕留め、最後となる五射目。最後に残ったマンドレアも見事に仕留め上げ、マンドレアの素材を無事手に入れたのであった。