第172話 飛断
翌日、この日は先に80階層を目指す事にした。
今のこのパーティの実力ならば、80階層で戦って丁度良さそうだと判断したからである。
とりあえずオレのジョブは弓兵に変えて、新たに追加された狙撃手に変更してある。
これで命中値の上昇が望めるだろう。
勿論今回も、道中は一切魔法を使わず剣だけで突き進む。
これは、スキルを鍛えるのは勿論ながら、こういった枷を付けることによりその先でも問題ない事を確認する目的でもある。
ミルファだけは僅かに能力が低下しているが、パーティ全体では大した痛手ではないので何の問題もない。
寧ろそれ以上に全体が強化されていて、全員が攻撃できずに戦闘が終わる場面もチラホラ見受けられるようになってきている。
そういった事もあってか、先へ進むのを急ぐのだった。
75階層で、昨日も戦った鎧の騎士を倒しその先へと進んでいく。
78階層からはかなり天井が高くなっている。どういう事かと思ったら、ワイバーンが現れるようになったのだ。
だが、今のオレ達にとっては取るに足らない相手だった。ミルファ、ケント、ルナと攻撃しただけで既に瀕死で、オレは止めを刺すだけという何とも簡単な仕事になっていた。
「あのワイバーンがこんな簡単に……このメンバーでロードプルフを発った頃とはまるで強さが違うわね。」
直接攻撃をしないメイは一歩下がっている為か、第三者目線で見る事が出来ている。
そうして見た時、今のオレ達が一ヶ月前にワンバーン相手に竦み上がっていたパーティと同一パーティとは思えないようだ。
オレでさえこのワイバーンに瀕死の重傷を負わされたとは思わないからな。
メイ自身もかつてのパーティリーダーを犠牲にして生き残ったという過去を払拭し、ワンバーンに対して恐れなどの感情を抱くこともない。
着実に成長を遂げているようだ。
何よりワイバーンは高く売れるからな。
以前のようにプラチナ貨50枚―――5千万Gとはいかずとも、これ一匹で2~3千万Gにはなるのではないだろうか?
何より一パーティで運べるような重量ではない。誰もこれを丸ごと運んだりした事はないだろう。
78階層、79階層で合わせて五匹のワイバーンを討伐し、80階層への階段へとたどり着いた。
目標としているフロアまでたどり着き、暫し休憩を取る。特に待っている冒険者の姿もないので、ある程度回復するまで休んでいてもいいだろう。
「一応ボスと戦う前に確認な。とは言っても、此処までやってきた通り自由にやってみよう。もう既に皆は自らの判断で適切な判断が出来るレベルにあるからな。タイムラグを考えてもその方が確実に上手くいくだろうから。」
皆の動きが止まり今の言葉の意味を考えている。そして一拍置いて驚愕の声を上げた。
「「「「え……ええぇぇぇーーーーー!!」」」」
何をそんなに驚く事があるのか分からない。オレは首を傾げていた。
「あのレイジが俺達の自主性に任せただと……夢じゃねぇよな?」
「多分現実よ、ケント……でも夢かもと疑う気持ちは理解出来るわ。」
ケントとメイがかなり人聞きの悪い事を言ってる気がする。
「これってレイジくんがウチらを認めてくれたのです?」
「多分……でも最近の感じからしたら当然かも……」
ルナは喜びを隠せずにニコニコしていて、ミルファは冷静に最近の様子から推測できた事を話している。
それぞれの反応の違いから、オレが少なからず差別して接してきた事を理解させられた。
いや、確かにケントに対しては厳しく接していたかもしれないけど、メイに対してもそうだったか?
「と、ともかくそろそろ行くぞ。準備はいいか?」
そう言うと全員の表情は一瞬にして引き締まり、皆が同時に頷く。
そしてオレは目の前の扉を開いた。
姿を現したボスは【ダークオーガ】。
通常の青みがかったオーガとは違い、褐色の肌をした禍々しいオーラを身に纏った強大な力を秘めた魔物だった。
「コイツは今までとは比較にならない程ヤバイかもな。でも……」
オレは先制攻撃をすべく走り出し、素早くその剣で払う。
が、その攻撃が当たる前に黒い瘴気で阻まれてしまった。
「なっ……!」
しかしその左右からルナとケントの挟み撃ちが襲いかかる。
それも黒い瘴気を纏わせた両腕で防いでしまう。
攻撃が尽く防がれ、魔法を解禁する事が頭を過る。だが、思いもよらぬ攻撃がダークオーガに向かって放たれたのだ。
「パワーアロー!」
何度か見た事があるディルが使っていた攻撃、パワーアローがダークオーガに襲いかかる。
危機を察知したダークオーガは透かさずその身を翻そうとするも、左肩を打ち抜かれた。
ミルファの弓スキルが極に達したのかと思ったのだが、どうやらこれは狙撃手が覚えるスキルだったようだ。
だが、あの黒い瘴気を身に纏っていない部分ならば攻撃が通るという事が分かった。
それは勿論ルナとケントも同様だった。
二人が左右から同時に連撃を入れていく。その殆どが両腕の黒い瘴気に阻まれているが、中にはその合間を縫ってクリーンヒットする攻撃もある。
オレも黙って観てるだけでなく、正面から攻撃を仕掛けていく。今度は魔法剣炎を乗せて。
「パワースラッシュ!」
ミルファのパワーアローに対抗するようにパワースラッシュを放つも、そんな大振りが簡単に当たるはずもなく、胸の周りに出来た黒い瘴気で阻まれる。
「ちっ!」
そんな中、先程のパワーアロー一撃だけで、また様子を伺っていたミルファが再度動き出した。
「レイジさん!私の攻撃するポイントを狙って攻撃して!」
そう言い弓を構えるミルファ。構えた弓に装着されている矢は今までの魔力矢ではなく普通の矢だ。
少し違うのは、その矢が白く輝いているという事だ。
そう、これは属性付与で光属性を付与させた矢である。
その矢を、ダークオーガの胸の瘴気に向けて放った。
「ギュアオオオォォォ!!」
それが当たるとたちまち胸の瘴気が消えていく。
ここでダークオーガが初めて叫び声を上げた。
勿論オレはミルファの指示通り、ミルファが矢を当てた胸への追撃を行った。
「ガアアアアァァァァァ!」
魔法剣炎による攻撃はダークオーガの胸を深く切り裂いた。
透かさずルナとケントが止めを刺しに行くが、ダークオーガはその両腕で足掻いてみせる。
「聖属性で消せるなら私の出番よね。」
メイのホーリーがダークオーガの両腕に当たると、両腕の瘴気も忽ち消えていく。
これでルナとケントの攻撃を防ぐものは何もない。
二人の攻撃が次々と当たっていくと、ダークオーガは成す術なく倒れた。
少し苦戦したかに見えたが、その実一方的に蹂躙しただけだった。
ダークオーガは一切攻撃することもなく、完膚なきまでに打ちのめされただけだった。
「ここまで一方的に倒せるとはなぁ。まだ先へ進んでも大丈夫かもな。」
「でも本来の目的はダンジョンの更新じゃないでしょ?レイジさんの目的はまだ達成出来てない訳だし。」
ミルファの言う通り、オレの本来の目的はまだ達成されていない。
片手剣スキルを極まで育てる。これこそがオレのゴールドランク試験前の目標なのだから。
現時点での片手剣スキルは、
片手剣LV9(360/800)
順調にいけばあと二百匹ちょいだろう。
やはり移動時間があったので今日中に達成は厳しいか。
それでも出来るだけやっておきたい。とにかく攻撃あるのみだ。
81階層での狩りが始まった。
転移陣からはなるべく距離を取り、やってくる冒険者との接触は極力避ける。
これだけのフロアならばやってくる冒険者はゴールドランク以上の高ランク冒険者、中でもこの街のトップくらいだろう。
なるべく避けた方がいいに決まっている。
戦闘中以外はこまめにチェックをしていたが、数時間の間誰も来なかった。
このフロアで戦い始めて数時間、このフロアと言っても魔物が少なくなった際には82階層へ行き、また戻ったりしていたが。
まあ、この数時間で討伐した魔物は150匹を超えている。
間もなく達成すると思うのだが、流石に疲労の所為か動きに精細を欠いてきているようだ。
時間的にも多分、普段の夕食の時間を過ぎてるだろう。
それでももう直ぐ達成できる目標があるので、止めずに続けてしまっている。
皆もそれが分かっているのか、文句の一つも言わずに付き合ってくれている。
ここで頑張らなければパーティリーダー失格だろう。戦闘時間を極力短くすべく、皆の攻撃後は一気にカタをつけるべく、魔法剣炎をもって速攻で勝負を決めていく。
そして、このフロアで一番面倒な魔物であるステルスビーを倒した瞬間、それは起こった。
頭に突然浮かび上がる剣技の情報。
多分これがエイルの言うスペシャリストである証明なのだろう。
「……多分、使える……皆、後一回だけ、付き合ってくれ。」
その時何が起きたのか、皆分かったのだろう。ただ頷き俺のあとを付いてきた。
目の前に現れた一匹の魔物。ゾンビジェネラルだ。
これから起こるであろう事を察知してなのか、誰も攻撃を仕掛けない。全てオレに任せたようだ。ありがたい。
ゾンビジェネラルとはまだ距離があるが、その場で構える。
そこから解き放つオレが覚えた剣技。
「飛断!」
上段より振り下ろされた剣より、斬撃が垂直に伸びる光となりゾンビジェネラルに襲いかかる。
速度はオレの放つファイアボールよりも早い。
勿論ゾンビジェネラルは避ける事など出来ず、見事なまでに真っ二つに引き裂かれて倒れた。
少々忙しく更新がままなりません……
次回更新は25日土曜日になりそうです。