第164話 リック王子の力
ビギナルダンジョン―――王都ファスエッジより東にあるアルタミラ山脈。その南方にあるダンジョンである。
既に攻略されその成長は20階層で止まっており、ビギナー冒険者の登竜門と言われるダンジョンである。
このダンジョンを攻略できればほぼ間違いなくブロンズランク試験には受かると言われており、ブロンズランク試験の日程が発表されればかなりの人が集まる。
ブロンズランク試験が終わったばかりの今は殆ど人が来ておらず、今回リック王子がチャレンジするのはそういった事情も考慮して時期を選んだようだ。
全20階層のこのダンジョンは、一フロア辺りの広さは今まで潜ったダンジョンに比べたらかなり狭く、大体平均で30分~40分あればフロア突破出来るようだ。
つまりダンジョン踏破に掛かる所要時間は平均で13時間程あれば可能であり、休憩を挟んでも2日あれば帰還可能だという事になる。
そんなビギナルダンジョンにリック王子は挑戦するのだが……
◇
「王子!そっちは行き止まりです。こっちの通路が正解の道ですね。」
「王子!右に行けばゴブリンが二匹、左だとホーンラビットが一匹です。どちらに行きますか?」
「メイ!王子にガードを。王子!これで安全です。さあ、先へ進みましょう。」
オレは王子の護衛としてとにかく危険が少なくなるよう出来る事をこなしていく。
だが、それが王子にとっては鬱陶しかったらしく、1階層にして早くも限界がきたらしく突然キレだしてしまった。
「いい加減にしてくれ、レイジ!お前にとっては何ともないダンジョンかもしれないが、俺にとっては今回初めてまともにチャレンジしてるんだ。心配なのは分かるが少し黙っていてくれないか。」
どうやら先読みして伝えていた事が全て余計な事だったらしい。
ダンジョン攻略には出来るだけ体力を温存しつつ、最短ルートで目的地へ向かった方がいいはずだ。
そう思いそのルートや魔物情報を教えていたのだが、それらが余計な事とは思いもしなかった。
「なあレイジよ。王子が本当にダンジョン構造を知りたかったら地図を入手してくるだろうし、お前の能力は分からんが、本来魔物とは出たとこ勝負だ。王子はそういった普通の冒険をしながら進んでいきたいんじゃねぇのか?ちゅーか、そういった楽しみや喜びはお前に教わったって聞いてるけどな。」
オレはダーツに言われハッとする。
これはリック王子の挑戦であり、オレ達は見守りに徹するべき存在だ。
それをしゃしゃり出ては迷惑な事この上ない事だろう。少し舞い上がってしまったようだ。
「レイジ。まあ、気持ちは分からんでもないけどな。俺はレイジと共に行ったあのアゲトダンジョンでの興奮を今でも覚えている。あの興奮をもう一度味わいたくて冒険者になったんだ。分かってくれ。」
「……はい。少し舞い上がっていたようです。ここからはあの時と同様に……いや、あの時の続きをするべく王子の傍らで動向を見守らせて頂きます。」
リック王子はニッコリ笑うと踵を返し先へと進んでいく。
そんなリック王子を眺める俺の肩をポンポンと叩きリック王子に付いていくダーツ。
そしてダーツの相方エミルがオレの隣にやってきて話しかけてきた。
「多分貴方の気持ちを一番理解してるのはダーツよ。過保護過ぎるのは反発を生む。あの人はそれを身を持って経験してるから。」
ダーツは今はエミルと二人パーティだが、以前は五人パーティだった。
いや、エミルと二人パーティだったが、シルバーランクになった時に新たに新人三名を育成しながら同じパーティメンバーとして迎え入れた。
最初は面倒見のいい良き先輩として新人たちも懐いていたのだが、その三人がブロンズランクに昇格するとその態度は少しずつ変化していった。
ブロンズランクに上がりある程度の事は出来るようになったにも関わらず、依然として新人時代と変わらぬ対応をするダーツに彼らは次第に苛立ち始めたという。
最初はもう新人の頃のような扱いはやめてくれとダーツに伝えたりしていたが、ダーツの対応は変わらずそのままであり、間もなく三人揃ってダーツの下を去っていった。
去り際の三人に言われた事は、「アンタの下ではこれ以上成長できない。アンタは凄くいい保護者だが、全然いい上官ではなかった。」との事だった。
抑も保護して欲しいような人物は冒険者になどならないって話だ。
その時のダーツも今のオレも、それを分かっていなかったようだ。
「全くその通りだな。保護者同伴で何が冒険者だよ。オレの中での王子があの頃のままだったのが良くなかったな。失敗したわ。」
「ふふっ。ダーツよりも答えを出すのも立ち直るのも断然早いわね。流石噂の【サウザンドキラー】だわ。」
「ん?なんだ、そのなんちゃらキラーって?」
「あら?知らないの?貴方の二つ名よ。サウザンドキラーレイジ。大したもんよ、その若さで二つ名がつくんだから。」
知らなかった。てか、サウザンドキラーレイジって……ありか。
二つ名って痛いイメージしかなかったけど、いざ自分に付いたとなると案外悪くないもんだ。
その分目立ってるという事だから、それは気をつけたほうがいいな。
「おい、レイジ!何時まで惚けてるんだ?早く行くぞー。」
「分かってます。待ってください!」
リック王子に急かされダンジョンを突き進む。
先程までのように出しゃばったりはせず、ダーツの更に後方に位置取り全体を見渡すようにする。
魔物の急襲に備え、常にマップは確認していく。
そうして進んでいく事六時間。漸く10階層、ボスフロアへやって来た。
「さて、此処までは一切の情報なしできたが、冒険者目線で見て俺はボスと戦えると思うか?」
オレの見立てではリック王子の能力はコモンランク中位くらいだろう。
しかし、槍のスキルレベルはかなり高いように見える。
そして今までの魔物の強さからしてボスはファスエッジダンジョンより下になる。
そうして考えると、多分ゴブリンソルジャーとかその辺りの強さだろう。
ならばリック王子の強さでも問題なく倒せるはずだ。
そう考えてると、ダーツが先に口を開いた。
「今までの戦いを見てる限りは問題ないんじゃねぇのか。だが、万一を考えてそこのお嬢ちゃんにガードを掛けてもらった方がいいわな。それをプライドが許さないってんなら一切攻撃を受けるな。それならガードが掛かっていようが王子一人の力で倒した事になる。」
そう言われたリック王子は一瞬険しい顔になるが、直ぐに何かを吹っ切ったかのように前を向く。
「そうだな。保険は掛けるが攻撃は受けない……分かった。それで頼む。」
オレはメイを見て頷いた。
メイは前へ出てリック王子にガードとマジックガードを掛けた。
一瞬リック王子を淡い光が包み、消えていく。
「これで大丈夫です。王子、ご武運を。」
メイが掛けた言葉に頷き、ボス部屋の扉を開け中へと入っていく。
そこにいたのはまさかのゴブリンソルジャーだった。
予想が的中した事にかなり驚いていると、周囲は何事かと此方を見てくる。
この場で予想が当たったなんて言えるはずもなく、何でもないと目の前のリック王子の戦いに目を向けた。
リック王子が一人前へ出て行くと、ゴブリンソルジャーは馬鹿にするように「クキャキャキャ」と笑って見せた。
だが王子はそんなものには一切惑わされず手に持つ槍を構えた。
ゴブリンソルジャーは尚もリック王子を小馬鹿にするような仕草を止めはしない。
槍を頭の上でクルクル回し始め、リック王子の顔をみて舌を出した。
その瞬間リック王子が動いた。
素早い二段突き。心臓部と喉元への連続の突きにゴブリンソルジャーは一切反応する事なく、大量の血を噴き出しながら倒れた。
「はっ?二段突きだと?」
その攻撃に誰より驚いていたのがケントだ。
ケントが槍を使い始めたのがこの旅に出てからではあるが、二段突きの習得にはそれなりの時間を有したのだ。
それを戦いとは無縁そうな年下の王子が使ってみせた事に驚きを隠せない。
「うん。まあ、10階層だとこんなものか。張り合いがないな。」
リック王子のあまりの成長ぶりにオレとミルファは思わず固まってしまっている。
そんな中ケントがリック王子に歩み寄る。同じ槍使いとして思うところがあったのだろう。
「王子、失礼ながら……えーと、聞かせてもらえないか?」
目上の者への言葉遣いが分からないながら何とか話しかけるケント。
それに対しリック王子は普通に話して構わないという。
「あのよ……その槍技は一体何時からやってるものなんだ?」
「これか?これはレイジにこの槍を貰ってからだから……二か月前からか……それくらいだな。」
オレがあげた槍?確かにアゲトダンジョンでメノウリザードを倒すのに失敗作の鉄の槍は差し上げたが、あんなミスリルの槍ではなかったはずだ。
「レイジ、この槍が気になるようだな。これは使いやすくする為に少し弄らせて貰っただけで、ベースはあの槍のままだ。レイジからのプレゼントを無駄にはしたくないからな。」
そこまでして使ってもらえるとは……もう少ししっかり作るべきだったな。
それよりもリック王子の槍歴が二ヶ月と聞いたケントが少しショックを受けている。
「たった二ヶ月か……オレももう少し頑張らないとそこまでたどり着けねぇな。」
「俺は近衛騎士団長直々に教えを受けたからな。なにげに地獄のような二ヶ月だったぞ。だがそれに見合うだけの実力を付けたつもりだ。少し休んだら残り10階層一気に行く。護衛はよろしく頼む。」
リック王子の強さの秘密が垣間見え、一旦休憩に入る。
残り10階層ノンストップで進んでいく為に。