第163話 王子の護衛への昇格
翌朝、少し早めに起床し周囲の警戒に当たっていた。
というのも、正規軍ではない冒険者のオレ達は見張りとしての役割はなく、飽くまで自己判断で警戒してくれとの通達があったのだ。
それは多分昨日の戦闘での活躍があったからだと思うが、それでも何もしないという訳にはいかなかったので、最低限早朝からの見回りを買って出たのである。
マップを見れば魔物が現れても盗賊が現れても分かるのだが、見回りをしてるというスタンスはしておいた方がいいだろうとの思いから、とりあえず形だけは回っているのだ。
一通り回り終え、キャンプへ戻る。
すると司令室として使われている一際大きいテントからありえないくらいの大きい声が響き渡った。
「一体どういう事ですか!王子!考え直して下さい!」
声の主は騎士団長である。
事の発端はリック王子がダンジョンアタックメンバーにオレ達を加えたいと言い出した事からはじまったらしい。
そしてそれにダーツとエミルが賛同した事で騎士団長の怒りはピークに達したようだ。
何とも沸点の低い男なんだと呆れてしまうが、騎士団内ではそれが熱い男として人気があるのが不思議だ。
「騎士団長さんよ、アンタだって昨日あのパーティの力は見ただろう?あれを見て認めないのは単にアンタが冒険者が嫌いだからと言ってる様なもんだぜ。」
「何を言うか。冒険者風情が高貴なるリック王子に同行しようなどと言うことが抑の間違いなのだ。王家に連なる者の護衛は近衛兵団が、不在時、或いは公務外の有事には騎士団の役目と遥か昔からの決まりである。たかが冒険者如きが我々に意見をする事も本来不敬に当たるというもの。お前は口を挟まずに黙って我々の言葉に従っていればいいのだ。」
ダーツの言葉に反論する騎士団長。言ってるうちにヒートアップしてしまい、最後にはダーツ自身を下に見る発言をしている事にも本人は気付いていない。
その言葉に反応したのはダーツ本人……ではなくリック王子だった。
「フリードリヒ騎士団長。今の言葉はどういう意味か?冒険者であるダーツさんに従っていればいい、そう言ったようだが?彼は騎士団長の下に付けると誰か言ったのか?」
その言葉はとても静かに発せられていた。だがリック王子の目は怒りに満ちている。
国に雇われる護衛冒険者は一応その軍団の規律の範囲内で行動しなければならないが、その指揮権は軍団にはなく行動そのものはその冒険者個人ないしパーティに委ねられている。
その分冒険者には一般兵以上の働きを求められるのだが、高ランク冒険者はそんなものは歯牙にも掛けない程圧倒的力で依頼をこなしているのである。
それに対して今騎士団長――フリードリヒが発したセリフは冒険者を貶しただけではなく、明らかに自らの指揮下にあるような言葉だったのだ。
リック王子にとってこの言葉は聞き流せるものではなかった。
リック王子はロードプルフから王都へ帰還後、ギルドや冒険者についてありとあらゆる知識を身につけていた。
冒険者としての仕事の内容やその組織体系は勿論、ランク別の平均収入や使用する武器の傾向、更には冒険者の考え方までトコトン調べ尽くし、挙句の果てにはリック王子自身も冒険者登録するに至っていたのである。
そして現在、そのランクはコモンⅡランクとなっているのだ。
それ程に敬愛する冒険者を侮蔑するような発言はリック王子にとって、とても看過出来ることではなかった。
「王子、何故にそこまで冒険者如きに肩入れをするのかは分かりませんが、奴らは魔物討伐などと言いながらその力を本能のままに振るう事しか出来ない畜生同様の存在です。塵芥とさして変わらぬゴミであります。この国の治安は我々騎士団が守っているのですから、奴らなどいなくてもさして変わらぬ存在なのです。その事をしっかり理解して頂きたく存じます。」
リック王子の言葉に対するフリードリヒの返答は火に油を注ぐものだった。
これにリック王子の怒りは頂点に達した。
「……分かった。フリードリヒ騎士団長、貴様は今現在をもって俺の護衛としての任を解く。ご苦労だった、下がるがよい。」
「なっ!」
まさかの……いや、当然というべきか、フリードリヒはリック王子の護衛から降ろされる事となったのだ。
そして追い打ちを掛けるように騎士団長という地位すらも剥奪するという。
これにはフリードリヒも撤回を求め食い下がる。
「王子!それは一体どういうおつもりか!これには流石の私も異を唱えさせていただきますぞ。」
「フリードリヒよ。お前が今までどれほどこの国の為に頑張ってきてくれたのかはある程度理解しているつもりだ。だがそれ以上に冒険者との軋轢を生むような言動が多すぎるのも事実。今回の俺の護衛依頼に関してもお前がいるからという理由で冒険者の殆どが受けたがらなかったそうだ。」
実際オレ達が依頼を受けたいと申し出るまで、誰一人この依頼を受けようとはしていなかったらしい。
その理由が言わずもがなこのフリードリヒである。
フリードリヒはこれまで王子の護衛に限らず、様々な案件に於いて冒険者との間に軋轢を生んできていた。
それにより冒険者の間では、毎日のフリードリヒの動向が注目されており、フリードリヒがいるからとの理由で冒険者が集まらないという事例が数多く発生しているのだ。
勿論この話は各貴族にまで伝わっており、フリードリヒの実家と相反する派閥の貴族からは必要以上の圧力を掛けられる原因となっており、次に大きな問題を起こせば除名はおろか、実家からも勘当というところまできているのだ。
そんな事実を知らないのは本人だけであり、フリードリヒの人望のなさが伺える。
「冒険者などいなくても我々がいるではありませんか。我々がいれば王子自らが槍を持たずとも、全ての魔物を駆逐してみせますぞ。」
「何を勘違いしてるのだ?俺は此処でお前たちに守ってもらおうなどと考えてはいない。寧ろそんな事をされたら迷惑な事この上ないわ。俺はな、冒険者として自らの手で魔物を討伐しに来てるんだ。お前がやろうとしている事はその妨害であり、確実に不敬に当たるな。フリードリヒよ、やはりお前は今回の同行者からは外れてもらう。分かったな?」
「くっ……か…しこまりました……」
片膝を付いたまま項垂れるフリードリヒ。
そして天幕の外より入ってきた兵にテントの外へと連れて行かれた。
「ふ~……すまないが一般兵として同行してるレイジという冒険者とそのパーティを連れてきてもらえないか?」
一息入れたリック王子は直ぐに近くの兵に声を掛けた。
だがテントの外でオレは一部始終を聞いていたので、何時でも顔を出せるのだ。
命令を受けた兵がテントを出ようとしたタイミングでオレ達はテント入口の前に立った。
「おい!邪魔だ!そこをどけ!」
「邪魔って事はねぇだろ?お前が探しに行くレイジってのはオレだぞ。」
いきなり邪魔扱いを受けたオレは軽く威圧スキルを使いながらこの兵士に返す。
「ん?レイジ!そこにいたのか。すまないな。中に入ってくれ。」
テントの中は何とも言えない微妙な空気だ。
騎士団長が外され他の兵には動揺が走り、ダーツとエミルは飄々とした様子で我関せずといった態度である。
そんな空気の中テントへ入るとリック王子が声を掛けてきた。
「すまんな、レイジ。その様子から察するに聞いていたとは思うが、正式にお願いしたい。俺のビギナルダンジョン攻略の同行者になって欲しい。頼む。」
リック王子が頭を下げて懇願してきた。王族がこのような場で一般人に頭を下げるなどあってはならない事である。
以前ロードプルフで別れの際には、友人として王城に招待すると言ってきた。
この頭を下げるという行動にはダンジョンへの同行へのお願いの他に、友人であるオレ達への騎士団長の行動や発言に対する謝罪の意も込められてるのだろう。
勿論オレ達の答えは決まっている。だがこれは違うだろう。
だからこそオレはリック王子に言わなければならない。
「王子、それは違うでしょう。オレ達はそんな事で頭を下げるような関係なんですか?」
言われたリック王子は少し考えハッとした様子を見せる。
「ふふっ。その通りだ。すまないなレイジ。改めて言わせてくれ。共にビギナルダンジョンへ行こうか。」
「いいですよ。行きましょう。」