第157話 ミミリ山の泉の精
カスケイド山地森林エリアで一夜を明かし、この日は更に奥地へと足を運ぶ。
昨日の渓谷での戦闘の疲労は抜けきってはいないが、あの戦闘に比べたらこの周辺の魔物は弱すぎて相手にならなくなっていた。
あの戦いで全員のレベルがかなり上昇したのが理由だと思うが、ルナとケントがハイオークを簡単に屠れるようになるくらいまで力を付けていたのだ。
ミルファに至ってはハイオークくらいなら一撃だ。既に余裕でシルバーランクの力があると言えるだろう。
この日ある程度進むと、急激に魔物の数が減少した。
マップで確認すると、此処より1キロ先に別の冒険者グループがいるようだ。
この冒険者たちがこの周辺の魔物を倒し尽くしているのかもしれない。
「この先に冒険者グループがいるな。魔物が少ないのもそれが原因だと思うんだけど……どうする?」
「どうするって?」
「構わず進むか、進路を変えて別の場所へ向かうか。」
これだけ綺麗に討伐していくという事はかなりの手練なのだろう。どんな人物か気になるが態々出向く必要もない。
構わず進むのはその先を探索する為であって、決してこの冒険者と出会う為ではないのだ。
「どうせなら東のミミリ山の山頂を目指さない?」
行き先を求めてきたのはメイだ。
「ミミリ山の頂上に泉があるらしいのよ。でもそれだけという事でその後一切調査も行われてないみたい。だから何か変わった物があっても不思議ではないわ。行ってみる価値があると思わない?」
泉か。セイレーンの力を借りれば中の調査も出来るかもしれないな。
「いいな。行ってみるか。何より楽しそうだ。」
そう言うとミルファとルナは一層やる気になった。
絶対に何か見つけると意気込んでるようだ。
基本人が立ち入らないようで、かなり魔物は多いようだが、周辺の魔物を見る限り問題なさそうだ。
道も魔物が闊歩したような獣道しかないが、マップを見てるので迷う事はない。
この山は崖が多く、山頂までは山の周囲から螺旋状に進んでいくしかない。
標高は低いが、移動距離は長いので日が暮れるまでに着くかどうかといったトコだろう。
出現魔物も少し上位の魔物が増え始め、ミミリ山独自の生態系が出来上がってるようだ。
それでも渓谷のようにドラゴン種が現れるワケでもないので全く問題なく進んでいく。
ミミリ山を目指し始めて半日程で頂上へたどり着いた。
そこにあったのはエメラルドグリーンに輝く泉である。
輝いて見えるのは木々の隙間から溢れる光の影響であり、決して泉そのものが輝いている訳ではない。
しかも不思議な事に、この周囲には魔力が感じられない。いや、泉には魔力があるのだが、オレ達が今立ってる周辺にだけ魔力が無いのだ。
勿論ミルファとメイはその事に気付いていて、不思議そうに首を傾げている。気付いていないのは魔道士職になった事のない二人だけだった。
「不思議な場所ね。周辺の魔力が泉に吸われてるみたい。」
そんな事を言ったのはミルファだが、オレも同じ感想を持っていた。
事実、今現在もオレの体ごと泉に引っ張られている感覚がある。それも意識しなければ分からない程極僅かにだ。
「日が暮れる前にやる事やっておくか。」
皆を一歩下がらせセイレーンを召喚する。
セイレーンの体は謂わば人魚である。故に移動させるにはこのような水辺でなければならない。
そんなセイレーンがエメラルドグリーンの泉に姿を現した。
「レイジ、久しぶりね。漸く呼び出してくれたみたいだけど、戦闘ではないわね?一体何の用かしら?」
「突然悪いな。ちょっとこの泉が気になったんだが、水の中じゃどうしようもなくてな。」
「貴方……私が渡したフルートはどうしたの?あれがあれば水中でも調べる事くらいは出来るはずよ?」
「……あ……」
確かに貰った。水中で10分間息が出来るというフルートをセイレーンから貰っていた。
この瞬間まですっかりその存在を忘れていた。
「忘れてたって訳ね。まったく……でもなかなかの場所で私を呼んだみたいね。この泉……精霊がいるわよ。」
「精霊?」
精霊はいつか見た舞台で多少の知識は得ている。
確か全ての生物の共存出来る世界を目指す存在だったか。
その精霊が此処に居るとでも言うのだろうか。
「勿論大精霊なんかじゃなくその下に位置する極普通の精霊よ。まあ、論より証拠ね。出てきなさい。」
セイレーンが呼びかけると、泉の底からかなり美しい女性が現れた。青く腰まである長い髪に、整った顔。僅かに透けていて目を凝らせばその体が見えそうな衣服に身を包んだその女性は申し訳なさそうに俯いたままである。
「ご、ごめんなさい。私……此処にいちゃ拙かったですか?ホントに申し訳ないです~!」
第一声が謝罪であった。
一体何に対して誤っているのだろうか。
「……貴女はどんな精霊なの?」
「へ?えーと……泉の精です……別に何ってワケでもなく、ただ此処にいるだけなんです……」
「どの大精霊の下についてるの?やはりウンディーネ様かしら?」
「いえ……私はそういうのとは無関係でして……ただダラダラと過ごしてただけなんです~。」
どうやらダメ精霊のようだ。
この泉にいるのも何か理由があるのかと思ったのだが、別に何もなくだらけていただけらしい。
「昔はとある小さな村の近くの泉に住んで、人々からも尊敬されてたりしたんですけど~、その村が魔物に襲われて誰も住まなくなってからはその泉も汚染されてしまって此処に移動してきたんです~。」
「泉の精って、斧を落としたら金の斧か銀の斧かって聞いて、正直に答えたら全部貰えるアレじゃないだろ?」
「ああ~、昔そんな事もありましたね~。魔力が有り余ってたので金の斧や銀の斧も簡単に錬成出来たんですよ。懐かしいですね~。」
どうやらオレも知ってるあの泉の精らしい。まさかこの世界に実在してたとは……
「で、此処だって魔物だらけだろ?汚染されてないのか?」
「以前の泉が汚染されたのは、邪悪な魂に操られていた魔物だったからです。此処の魔物はそういった気配は無いので汚染される心配はありませんね~。」
どうやら魔物にも普通の魔物と邪悪な魂に操られている魔物の二種類いるらしい。
ここらにいるのは普通の魔物で、多分スタンピードの魔物が邪悪な魂に操られている魔物なのではないだろうか。
つまり、スタンピードは人為的に起こされてるという事だ。まあ、オレの憶測だが。
「えーと……それじゃあ特に私に用事がある訳ではないんですね~?じゃあ行ってもいいですか?」
「待ちなさい。この子達が泉を調べたいらしいのよ。泉の中に何かないかしら?」
「ああ!それだったらいっぱいありますよ~。魔物って殺した人間の持ち物を泉に捨ててくんです!まったく困っちゃいますよね~!では少し待っててください。集めてきますから~。」
泉の精はそう言うと泉の中へと戻っていった。
そして待つ事15分……
「お待たせしました~。いや~、結構多くて集めるのに時間が掛かっちゃいましたよ~。」
泉から出てきたのは様々な剣や槍などの武器から、指輪や腕輪などのアクセサリー。ポーションなどのアイテムに、様々な魔物素材まで数百点に及んだ。
「これ全部?」
「そうなんです~。流石に邪魔で邪魔で……持って行ってくれるなら大歓迎です~。」
そんなオンボロ貰ってもどうする事も出来ないと思ったのだが、よく見ると新品かと思うくらい綺麗な状態である。これなら自分で使う事も出来るし、売ってもそこそこの金額になるだろう。
「随分綺麗だな。新品みたいだ。」
「えへへ~。昔の癖で投げ込まれたら磨いちゃうんですよ~。錆だらけの鉄の斧をそのまま返しても可哀想じゃないですか~。」
金の斧銀の斧の話に出てくる落とした斧は、どうやら磨かれて返ってくるようだ。
この新たな事実を元の世界でリンに聴かせてやりたい。
「じゃあありがたく貰ってくよ。今夜はこの周辺で一泊しても構わないか?」
「あ~、この周辺の魔力は吸い込んでるから魔物が来ないものね~。全然構わないですよ~。そうだ!ついでにこの草も持ってかないですか~?」
泉の精が出した草を鑑定すると、それは【強魔草】という草で、マジックポーションの原材料だった。
これにいち早く反応したのはミルファで、数量はどれくらいあるのかと泉の精に食ってかかっていた。
暫くすると我に返り、恥ずかしそうに俯いたまま出来るだけ多くくださいと頼み込んでいたようだ。
「じゃあこれで私はもういいわね?次は出来るだけ戦闘とかの刺激がある時に呼んで欲しいわね。」
「ああ。分かったよ。ありがとう。助かった。」
セイレーンはオレのお礼に笑顔で応え消えていった。
同時に泉の精も「じゃあまたね~」と言いながら泉の中へと消えていく。
既に日は暮れ、この場で一泊し明日王都へ戻るとしよう。