第154話 カスケイド山地
カスケイド山地―――王都ファスエッジの北部に広がる山岳地域である。
国内最大の山岳地帯であり、現在までその敷地の四割程しか探索されていない。
奥地にはプラチナランク冒険者でも敵わないような魔獣が生息してると言われており、冒険者の活動範囲は法で定められた範囲までしか行ってはいけないようだ。
基本コモンランク以下は立ち入りが禁止されており、ブロンズランク以上の狩場として中堅以上の冒険者からは好まれた地域となっている。
山地南部の入口付近は西部が岩山、中部が渓谷、東部が森林地帯となっており、それぞれ全く異なる魔物が生息するのだが、その難易度の違いから冒険者は西部の岩山地域に集中している。
そんなカスケイド山地にオレ達は初めて訪れていた。
「此処がカスケイド山地……入口付近でも魔力濃度が高めだな。」
街道の切れ端こそがカスケイド山地の入口となっていて大半の冒険者はここから入山する事となる。
ここに立った瞬間に体中にまとわり付くような嫌な感覚に襲われていた。これこそがこのカスケイド山地に魔物が蠢く原因となっている魔力群であり、此処の強力な魔物が王都を襲撃せずに留まっている理由でもある。
「メイ、此処の情報はあるか?」
「そうね。向かって右手の森林地帯はオーク等の魔物が多めに生息してて、左の岩山地帯にはリザード系や魔鳥系の魔物が多めね。中央奥には渓谷地帯が広がっているみたいだけど、そこは様々な魔物が入り乱れていて相当危険な為、冒険者は立ち入らないようね。」
これが昨日図書館で身につけた知識なのか、以前から知っていた知識なのかは分からないが、流石としか言いようのない素晴らしい知識だ。
ケントのアホさを帳消しにして尚お釣りが来る聡明さだろう。
「どちらへ行っても金になる魔物がいるみたいだな。行きたい方はどっちだー。」
「右」「右がいいかな」「右なのです」「右ね」
「総意じゃねぇか!聞くまでも無かったな。」
森林地帯へ入っていく事に決まりそちらから入山していく事になった。
理由は簡単、人が少ないので狩り易いとの事。
此方は赤狼の丘を更に巨大化させたような場所になっており、森林といっても山には違いない為ルートによっては通れないような崖も存在する。
それでも魔物が闊歩した跡は獣道が出来ており、そこを通行する事で魔物との遭遇率は格段に高くなるようだ。
入山して5分、早速最初の魔物が姿を表す。メイの言ったとおりのオークだ。二秒後にはルナに倒され肉塊になっていたが。
「全然物足りないのです。もう少し奥に行った方がいいのです。」
ルナも既にオークぐらいは瞬殺出来るほどの実力を身につけていたようで、この入口周辺の魔物では全く手応えを感じないらしい。
ミルファもケントも同様だろう。こうなれば早い段階から奥に行った方がいいだろう。
マップを確認し、行ける範囲の魔物は討伐しつつ奥へと突き進む。
現れる魔物は蛇や鹿、馬系が多く、全く脅威にはなっていない。
一応コモンランクでも入れるのだからそこまで強い魔物がいないのは当然ではあるのだが、流石に物足りなさは感じてしまう。
そんな中、二時間程奥まで歩いてきていた。
「やっとハイオークかよ。漸くまあまあの相手になってきたな。」
マップで確認してもここから先はもうオークはいなくなってハイオークやオークマジシャン、オークソルジャーなんかに切り替わっていた。
それ以外の魔物もより上位の魔物になっていて、フォレストベアのような熊の魔物まで現れるようだ。
「さあ、ここからは陣形を整えて従来の戦い方で行くぞ。」
ここまでは誰か一人が攻撃するだけだったが、ここからはパーティでの戦闘スタイルに変えていく。
別にそうしないと戦えない訳ではないが、確実に余裕を持って倒すためにするのである。
「一時の方角にまたハイオークだ。行こう。」
そのハイオークも連携を使い始めたオレ達にとっては雑魚と変わりなかった。
「でも、話の通り他の冒険者に会わないね。」
実はこの森林エリアは冒険者には不人気だった。
山岳エリアは見通しが利いて戦いやすいのに対し、森林エリアは深い茂みと生い茂った木々に阻まれ見通しも悪く、移動も困難である。その所為もあって殆どの冒険者は山岳エリアに向かうのだ。
来ているはずのレイヴィンに会わないのもそれが理由なのかもしれない。
「なあ、少し渓谷の方を見に行かないか?」
渓谷は魔物の群生地である。降りれば最後。次々と魔物が襲ってきて、暫く戦闘が継続されるであろう。
「見てみたい気もするけどな。流石に危険が過ぎると思う。」
「でも渓谷なら降りなきゃ安全なんじゃない?」
ミルファの意見は最もだが、そこが安全だという保証はない。
だが、このままのらりくらりと戦ってるのも飽きてきてモチベーションの維持が出来なくなってきている。環境を変えるのも大事かもしれないな。
「じゃあ近くまで行ってオレがマップで確認する。それで魔物の種類的に大丈夫だと判断出来たら行ってみよう。」
「やったぜ!言ってみるもんだ。」
「レイジさん、ごめんね。私も少し見てみたかったんだ。」
「いいさ。そうやって意見を言ってくれた方がオレは嬉しいから。」
西に進むこと一時間。マップに渓谷が映し出された。
そこに示された光点だけで実に100匹以上。問題はその種類である。アクアリザードやハイオーク、キラーホークなどその種類は様々だ。
だが、数匹程かなりヤバそうな魔物が混ざっていた。
【ストンドラゴン】である。地竜種に分類され、その驚異度はゴールドランクを含むシルバーランクパーティでも討伐が困難とされる魔物だ。
流石に今のオレ達には荷が重く、まして他の魔物と戦いながら戦える相手ではない。
渓谷へ行くのはもう少し先にした方がいいだろう。
そんな中渓谷の対岸より人の声が響き渡る。
「うわあああぁぁぁ!がはっ、だ、誰か……引き上げてくれー!」
対岸は岩山地帯であり、多数の冒険者がいる。その冒険者の一人が何かの拍子で渓谷へ転落してしまったようだ。
マップを見ずとも目視で分かるように、その冒険者に周囲の魔物が群がっていく。
放っておくとあっという間に餌になってしまうだろう。
助けに行くべきか一瞬躊躇っていると、対岸より三人の冒険者が渓谷に降りていくのが見えた。
「あれ、レイヴィンじゃね?」
いち早くその人物に気が付いたのはケントだった。見ると確かにレイヴィンとトマス、そしてフィオーラの三人だ。若手三人は待機を命じられたのかもしれない。
「レイジくん、ウチらも行くのです。」
「だな!」
本来なら放っておくのだが、知り合いが助けに行ったのなら話は別だ。
多分彼らでもストンドラゴンには勝てないだろう。それを分かってて見殺しには出来ない。
比較的傾斜の緩い場所を探し渓谷へ降りていくと、こちらにも魔物は集まってくる。
「ルナもケントも素材を気にせず暴れていいぞ。救助優先だ。」
「はいです!」
「っしゃあ!任せろー!」
ミルファが射ったのを皮切りに、オレのサンダーショットである程度吹き飛ばしておく。
残った魔物をルナとケントで一匹ずつ仕留めていく。
その周囲は二人に任せ、オレは奥より群がってくる魔物に再度サンダーショットを浴びせると、鋁爪剣を構え突っ込んでいく。
ミルファは渓谷の手前側より集まってくる魔物を中距離より狙い撃っていた。
「あれは……レイジ?よし!これで脱出の目処がつくね。」
落ちた冒険者を助けに来たレイヴァンだったが、思った以上の魔物の多さにかなりの危機感を覚えていた。そんな中の救援に心から安堵したようだ。
しかもそれが先日知り合った同世代のライバルとも言える存在だ。否が応にも気合が入る。
「ケント……強ぇじゃねぇかよ。負けてらんねぇなぁ!」
「トマス!気合い入れるのはいいけど空回りすんじゃねぇぞ!」
ケントに対抗心を燃やすトマスに、そんなトマスに少し冷静になるよう促すフィオーラ。
この二人もオレ達の乱入でテンションが上がったようだ。
北からの魔物はオレとレイヴィンが。南をルナとケント、トマス、フィオーラの四人で押さえ込んでいる間に、転落した冒険者は岩山より垂らされたロープで救助されていた。
後はオレ達なのだが、この状態での脱出は不可能に近かった。
ただ、オレ達のいる北からの魔物は最初に比べるとその数が減ってきており、随分と余裕が出来ている。
奥から迫り来る一匹が問題なのだが。
「レイヴィン、この感じだったらオレ一人でも問題ない。あっちの殲滅を手伝って極力早めに片付けられないか?」
「大丈夫だけど……理由を聞いてもいいかい?」
「ストンドラゴンが迫っている。その時には人数が必要だ。」
「!……分かったよ。極力急いで片付けてくる。」
レイヴィンが離脱しオレ一人で暫くは相手する。
ここからは魔法剣で一気に攻めてく。使うのは魔法剣氷。リザード系の魔物にとっては弱点であるはずだ。
既にその討伐数は100を超えてるだろう。皆の討伐分と合わせれば200は確実に超えていく。
今向かってきている魔物は周囲の魔物に釣られてやって来ただけで、状況が飲み込めていない魔物ばかりだろう。お陰で確実に先制攻撃ができ、一切攻撃をされる事なく討伐が出来ている。
そんな中、魔物の奥に一際巨大な影が姿を現した。コイツこそがストンドラゴンだろう。
「来やがった……皆は間に合わないか……」
「レイジさん!」
一人やって来たのはミルファだ。後方サポートだった為レイヴィンが行った事でミルファの手が空いたようだ。
「ミルファ……ストンドラゴンが一定距離まで近づいたらデカイので雑魚を一蹴する。タイミングを合わせてストンドラゴンに攻めかかるぞ。」
その距離が100mを切った瞬間フレイムショットで周囲の魔物を殲滅する。
そして奥よりストンドラゴンがその姿を現した。