第153話 王都の図書館
一夜明けたこの日は、本来カスケイド山地で本格的な活動をする予定だったのだが、ミルファに月の物が来たという事で、一日ずらして明日から活動する事にした。
タイミングよく昨晩メイにも来たようで、今日は二人でギルドに行き避妊魔法の更新に行くようだ。
昨日婚約したメイも避妊魔法を受ける事に少し疑問を感じたのだが、今後も冒険者を続けるので避妊魔法は必須だという。
ここでオレの頭を過ぎったのはルナの事である。
ルナには未だにこの月に一回の現象が起きておらず、どういう事なのか疑問を抱いたのだ。
聞くと、獣人はその動物の習性が強く、人族のように月に一回の生理現象は起きないらしい。唯一鼠の獣人だけはあるようだが、ルナには無縁のようだ。
その為ルナのような獣人は、一度避妊魔法を受ければ、解除魔法を受けない限り永久にその効果は維持されるらしく、面倒な手間が掛からないとミルファとメイは羨ましがっていた。
「そしたら今日は各自自由行動でいいな。明日からカスケイド山地で本格的な活動を始めるから、今日中にやる事はやっておいてくれ。」
ミルファとメイはギルドへ行く。ケントとルナは二人で戦闘訓練に励むようだ。
オレはというと、折角の王都なので王都の図書館で魔法やジョブについて調べ物でもしようかと思っている。
思うに黒魔法に攻撃魔法しかないなんてありえないと思う。別な魔法も調べたら見つかると思うのでそれを調べたいのだ。
ジョブも同じだ。ロードプルフで調べて分かった事以外にも派生ジョブがあると睨んでいる。
ジョブによってはそろそろ成長が怪しくなってきているので、別派生ジョブがあるならそちらから鍛えてみるのも悪くないだろう。それも含めて一度調べてみたいと思う。
「じゃあ私達は先に行ってくるね。」
ミルファとメイは二人で出掛けていった。ケントが少し寂しげな表情をしていたが、だったら付いていけばいいのにな。
プロポーズしたとはいえ、実際はまだ結婚は出来ない。
正式な結婚は教会で祝福を受けて初めて夫婦と認められる。そしてそれは17歳からと定められているのだ。
まだ16歳のケントは教会で祝福を受ける事は出来ず、あと数ヶ月は待たなければいけないのである。
但し、戸籍などの管理が出来ていないこの世界に於いては、結局のところ本人たちの意思だけで婚姻関係が成されているようだが。
だからこそ一夫多妻などの様々な事例も普通にまかり通っているのだろう。
「レイジくんも直ぐに行くのです?」
「オレ?急ぐ訳でもないからな。ゆっくりしてくわ。」
「だったら少し手合わせして欲しいのです。色々意見を貰ってからの方がこの後やりやすいのです。」
「お!だったら俺も頼む。直すべき動きとか指摘して貰った方が直しやすいからな。」
二人にせがまれ少し手合わせする事になった。
まあ、オレも少し体を動かした方がいいし、丁度いいかもしれない。
そんな訳で図書館へ向かう前に少々ルナとケントの二人と手合わせをする事となった。
◇
「ほら、打ち込んだ際に左半身の隙が大き過ぎる。攻撃の際にも半身の姿勢を保つ事を意識していろ。」
ルナの動きは獣人特有の野性的感を働かせた大雑把な動きが多い。その所為で隙も大きくなっているのでそこだけを修正すれば攻防両面で安定するような気がした。
「ケントは重騎士であるデメリットを考えて動くようにした方がいい。出足が遅いのだから一歩先を読んで行動すること。それだけで次の動きで相手を上回れるだろうからな。その為には先ずは自らの動きの遅さを認識しろ。そうする事で自ずとそれに必要な動きを身につけられると思うから。」
ケントのジョブは重騎士と騎士だ。ジョブが二つあるお陰で一般的な重騎士よりはその俊敏値は高いが、パーティ内ではかなり低い。
それを意識する事で自然と対応した動きを身に付ける事が出来ると思っている。
「それなんだけど、二つ目のジョブを俊敏値の高いジョブに出来ないか?そうすればその問題が解消されると思うんだけど。」
盲点だった。自分の事ならそうやって解決してるのだが、考えつかなかった。
それならば俊敏値の問題は解決出来るだろう。後は何のジョブにするかだけだ。
「それなら……」
ケントの変更可能ジョブを見ていく。
すると初めに明らかに俊敏の高そうなジョブがあった。
「ケント、盗賊ってあるんだけど、これって……」
盗賊は盗みを働く事で出現するジョブである。コレをケントが選択可能という事は、そういう事なのだろう。
その事について責めたりはしない。何故ならばオレもあるからだ。
前世に於いての若気の至りってヤツだな。学生時代にちょっとやらかした事がある所為だ。
「まあ、その……なんだ……」
「いや、コレがある事は別にいいよ。これなら俊敏値は高くなりそうだけどどうする?」
ケントは少しバツが悪そうにしていたが、これ以上にこの問題を解消出来そうなジョブがない為、受け入れる事にした。
「確か二つ目のジョブは鑑定でも見えないんだよな?……分かった。それで頼む。」
ケントの二つ目のジョブを盗賊に変更し、これで二人との手合わせを終えた。
「んじゃオレは行ってくるけど、ほどほどにな。ミルファもメイも外出していないんだから怪我だけはしないようにしろよ。」
◇
王都の王立図書館は王城近くの教育機関が密集している地域にあり、学生や文官、研究者の多くが利用している。
中には冒険者も利用しているようだが、基本知識と教養というものから無縁の生活を送る冒険者にとってこの図書館の雰囲気は苦痛以外何者でもなく、極力その利用を避ける者が多いようだ。
その為か、国軍に比べると魔道士の割合が極端に低い傾向があるという事が研究者の発表で明らかになったとか。
それでも幾許かの冒険者はその合間を縫って魔導の勉学に励む者もいるようだ。
そんな王立図書館の三階に魔道書は収められている。
勿論此処に入る為には資格が必要だ。冒険者であるならばブロンズランク以上がその資格である。
ブロンズランクに試験があるのもこれが理由の一つである。これは魔法の乱用を避ける為に国が定めた最重要の法であり、これを犯す事は重罪なのである。
勿論シルバーランクのオレは、ギルドカードを提出する事で問題なく入場が認められた。
一通り見渡してみても、ロードプルフの王立図書館と比べて三倍はあろうかというその魔道関連書にオレは驚愕しっぱなしである。
その中から黒魔法・失われた魔法・使えない魔法など、オレの知識にないであろう魔法について書かれている可能性のある本を選んでいく。
こういった本を手に取ると全てページを黙々と捲っていく。これだけでオレのメニューにある【世界辞書】に登録され、より分かりやすくなるのだ。
こうして気になった本を次々と手に取っては捲り、手に取っては捲りといった作業を続けていく。
流石にこの行動には職員も不審に思ったのか、此方を注目し始めた。
そんな折、近くにいた少年が声を掛けてきた。
「あの……確かレイジさんでしたよね?僕の事わかりますか?」
緑の髪に尖った耳。オレはこのエルフの少年をしっかりと覚えていた。
「ククル……だよな?今日は休みか?」
ククルはオレが名前を呼ぶと一気に笑顔になった。
「はい!あれからコリンと僕が魔道士になりまして、エヴァは神官になれました。でも威力がイマイチで、今日は少しでも威力を上げる為の勉強に来てました。」
「威力を上げるんだったらスキルレベルと魔力値次第じゃないのか?いくら勉強してもダメだろ。」
魔力が高ければ威力が高くなり、イメージでその形状を変化させていく。
オレがファイアを使う際にファイアショットやファイアボールのように使い分けるのはそのイメージで形状変化させているからだ。
ボールだと球状でショットだと散弾、ウォールだと壁でランスが鋭利な棒になるようにイメージしている。
これらは全て同じ魔力量で使用され、用途によって使い分けているだけだ。
そしてその根底にあるのが魔力値であり、これが低ければどんなに頑張っても威力の低い魔法しか使えないのである。
つまり、単純な話がレベルだ。レベルが上がれば魔法の威力が上がる。簡単な事だった。
勿論、スキルレベルも同じ事だ。
「つまり威力を上げたければ魔物を倒せという事ですか?」
「端的に言えばそういうことだな。まあ、こういった勉強も大事だけどな。」
「分かりました。実は明日カスケイド山地デビューなんです。それで今の実力で大丈夫か不安だったんです。でもこの時期は誰もが威力が低いんですね。それが分かっただけで気持ちが楽になりました。ありがとうございます。」
「明日?奇遇だな。オレ達も明日カスケイド山地デビューだ。お互い頑張ろうな。」
「は、はい!あ、忙しいところ引き止めてしまい申し訳ありません。失礼します。」
そう言うとククルは慌てたように去っていく。
そんなククルの後ろ姿を見送ってその場を後にしようとした。
「レイジさん?今の人って……」
「ミルファ?ビックリしたー。いきなり後ろから声掛けないでくれ。」
「あ、ごめんなさい。あの、今の人ってレイヴィンさんトコの……」
「ああ。ククルだ。魔法について相談を受けていた。てか、ミルファは何やってんだ?」
「あ、メイさんが少し勉強したいって……ついでだから私も調合について調べてたの。」
「そうか。オレは下の階に降りてジョブを調べてから帰る予定だったけど、時間もないし帰るとするかな。ミルファはどうする?」
「じゃあ一緒にかえろうかな。メイさん探してくるね。」
この後メイとも合流し、三人で家に帰った。
家ではケントとルナが庭で倒れた状態で発見され、メイにこっ酷く叱られていたがオレは関わらないと決めた。