第152話 婚約
「……あの、仕事として一つ頼みがあります。
ラウハイーツは神妙な面持ちで仕事を持ちかけてきた。
「あまり冒険者としての仕事以外は引き受けたくないんだけど……一応聞くだけ聞こうか。」
「ありがとうございます。頼みというのは武器の作成なんです。私達は仕事の一環で素材採取に行ったりするんですけど、先日エリスの剣が壊れてしまったんです。それで思い切って新調しようとしたんですが、エリスの眼鏡に適うような武器が見つからず今は採取に行けない状況なんです。」
どうやらエリスは剣士のようでなかなか剣には煩いようだ。
「そんなエリスがあなたの剣を見るなりその目を輝かせまして、この剣なら今後も活動出来ると踏んだのであります。どうか、この剣と同じ剣を作成してもらえないでしょうか?」
同じ剣か……それは無理だな。単純に材料不足だ。ジュラルミンは錬成した状態で残ってるから問題ないが、問題は魔物の爪である。キラータイガーとファイタードラゴンの爪は辛うじて持っている。だが、レッドグリズリーの爪が在庫切れなのだ。
レッドグリズリーの爪は剣の芯として使う為、一番重要になってくる。これがないと全く違う剣になってしまう。それはエリスが求めている剣とは違う物だろう。
「無理だな。レッドグリズリーの爪があれば何とかなるが、生憎持ち合わせてない。残念だったな。」
「では、レッドグリズリーの爪を用意すれば作って頂けるのでしょうか?」
まさか自分で用意するのだろうか。そこまでしてでも作って欲しいようだ。
「ああ。丸々二頭分だ。あれば引き受けるぞ。だが、早くても10日後だ。ウチの鍛冶場の完成がそれくらいだからな。」
多分今日から工事を初めているだろう。予定では8日程だというが、念の為10日と言っておいた。
万が一支障をきたしても困るしな。
「是非とも宜しくお願いします。レッドグリズリーの爪が手に入りましたら家の方までお伺いさせて頂きます。」
住所は教えてある。その時になれば来るらしい。
鋁爪剣の作り方は覚えてるので多分以前よりかなり早く作ることが出来ると思う。少し楽しみだ。
「それでは此方が重力を付与したお客様の剣になります。」
「ホントに重力なのか?それなら重力操作とかそういう力って事か?」
「いえ、正確には操作ではありません。単純に斬り付けた相手の重量を増やす効果ですね。増える割合は使用者の剣スキルレベルに依存します。」
ダンジョンのフロアボスなどの強敵と対峙した際などには非常に有効な力だと思う。
長期戦になりそうな相手にこれで数回斬りつければ、一気に相手のスピードを殺す事も可能だという訳だ。
今後の戦闘に於いてはかなり有難い能力を付与してもらえたようだ。
「すげーな。これがあればダンジョンのかなり深いところまで潜れそうだ。」
「フフフ……気に入って頂けたようで何よりです。ではまた近いうちに今度は此方から顔を出させて頂きます。」
「ああ、待ってるぞ。」
ジオラの魔石店を出てそのまま帰ろうとした。
「悪い。ちょっと付き合って貰えねぇか?」
ケントからオレを誘うなんて珍しい。多分メイにプレゼントとか言うのだろうが。
「メイさんに何かプレゼントを送りたいんだけど、選ぶのを手伝ってくれねぇか?俺はそういうのはサッパリ分からないんだわ。」
予想通りだった。
ケントも男としてここらで一つ良いトコ見せたいのだろう。仕方がない、オレが一肌脱いでやるか。
「しゃあねえな。大体の目星はついてるのか?」
「いや……全然分かんねぇからレイジに頼んでんだよ。お前はミルファやルナにプレゼントってしてるのか?」
「一応な。でもオレがアイデアを出すんじゃなくて、ケントの出したアイデアをオレが判断した方がいいだろ?そうする事でケントが考え選んだプレゼントになるんだからな。」
「そうか!一応考えてはいるんだ。行ってみようぜ!」
ケントに連れられ向かった先は魔道アクセサリー専門店だった。
オレもミルファとルナにはイヤリングを渡してるから、無難な選択だろう。
「ミルファもルナも耳飾りをしてるだろ?メイさんもしたらどうかと思うんだけどどうだろう?」
「それは止めた方がいいな。二人のはオレからのプレゼントだ。それを真似するのは止めておけ。」
「あれってレイジからのプレゼントだったのか!じゃあ違うのがいいな。だったら指輪はどうだ?」
「いいと思うけどサイズ知ってるのか?」
「……サイズなんてあるのか……そうだよな。指の太さなんて皆違うよな。盲点だったわ。」
普通は気付くと思うが……まあ、そこがケントらしさと言えばそれまでだが。
「だったら今日はお預けだな。聞いてから出直そうぜ。」
そんなオレとケントの会話を聞いていた店員が駆け寄ってくる。
「お客様。彼女への贈り物でしょうか?サイズが分からなくても当店の指輪は大丈夫ですよ。魔道具ですから自動調整して自然とピッタリに収まりますので。」
流石は魔道具。サイズが自動調整してくれるとは。という事は素材は魔法金属という事だろう。
なかなかの値段がするのかもしれないな。
「冒険者の彼女に送るのだったらどういった物が人気なんだ?」
「そうですね……贈り物というよりプロポーズするお客様が多いのですが、即死防御が付与された指輪が多いですよ。出産時には母子共に健康でいられますし、一般の方にも人気ですね。」
この効果はお腹の中の赤ちゃんにも及ぶようで、妊娠と共に買う人も多いようで、今一番人気の商品のようだ。
妊娠・出産は予定になくても、即死防御は非常に魅力的だと思う。普通に欲しい効果だろう。
だが問題はその値段である。宝石の類が一切付けられていないシンプルなシルバーリングでも500万Gとかなり高価だ。
いや、命の値段として考えれば安いのかもしれないが、一般の人が婚約指輪として扱うにはかなり高価だろう。しかも効果を発動させれば壊れてしまうのだ。購入に悩んでしまう絶妙な値段だ。
「これだ……これだよ!これからも冒険者として活動していく上で、俺にとってメイさんはなくてはならない存在なんだ。万が一にもメイさんがいなくなったりしないように、この指輪を贈ってあげようと思う。よっしゃあ、決めたぜ!レイジ、悪いが金貸してくれ。」
まあそうなるよな。予感はしてたさ。しかしこういうケントは応援したくなるんだよな。精々頑張れよ。
「ほら。金を貸すんだから事の顛末は見届けさせて貰うからな。今日の夕食前、皆の前で渡す事。それが条件だ。」
「……マジ?それだけは勘弁してもらえ――」
「無理!ほら、買ってこいよ。」
泣きそうになりながらそれだけは許して欲しいと懇願するケントを一蹴し、金を渡し買ってこさせる。
ケントが男を見せる一大イベントだ。こんなイベントを見過ごして明日から冒険者稼業をこなせる訳がない。
どんな事をしてでもオレの前で渡すように仕向けてみせる。
ブツブツ何かを呟きながら会計を行うケントを見ながらオレは小さくガッツポーズをしていた。
「買っちまったー……やっぱり部屋で二人っきりの時に……」
「…………」
「ダメだよな……分かったよ。オレも男だ。しっかり決めてやるよ。」
少し威圧スキルを発動させてみたら簡単に折れたようだ。
スキルの用途としてこんな使用方法もあるようだ。
今後もケントを脅す際には威圧スキルを使っていこう。
◇
「あ、お帰りなさい。丁度よかった。もう直ぐ食事が出来上がるよ。」
家に帰るとミルファが玄関の前を駆けていこうとしていた。
どうしたのか聞くと、月の物がきたのでトイレへ駆け込んだらしい。
そうすると、少なくとも明日は休養か。そう思っていたのだが、
「別に気にしないでね。今はこうやって家があるからいいけど、旅の最中だったら休んだりしていられないんだよ。少しでも慣れておかないとね。」
何とも逞しい言葉だろうか。しかしオレはそんな状態のミルファを連れ回したくないとも思ってしまう。覚悟が必要なのはオレの方かもしれない。
ダイニングでアイテムボックスから先程買ったテーブルを出し設置する。なかなかいい感じだ。
それを見計らったかのように、次々と夕食が運ばれてくる。
そんな中一人険しい表情を浮かべるケント。これからの一大イベントを前にかなり緊張しているようだ。
「おい、大丈夫か?なんか今にもぶっ倒れそうな顔してるぞ。」
「なあ、ホントに皆の前でやるのか?やっぱり部屋で二人の時に……」
「ダメだ。これはお前のメンタルを鍛える目的でもあるんだ。これを乗り越えれば今後どんな状況でも戦闘に支障を来たす事は無くなるはずだ。頑張れよ!」
強さに関して貪欲なケントだからこう言えば納得すると思った。そしてそれは思った以上に効果があったようだ。
「メンタル面の成長か……レイジはそこまで考えてくれてたんだな。分かったぜ。いっちょやってやるか!」
ちょろかった。さて、楽しませてもらうとしよう。
「メイさん。ちょっといいか?」
食事の支度の最中突然呼ばれたメイは、何の用事かと考えながらケントの下へと向かう。
しかし、今までプレゼントなど貰っていないメイにこの後の展開を想像する事は出来ないだろう。
「どうしたの?そんな改まっちゃって。」
オレは二人から距離を置き、ミルファとルナを近くに呼び止めた。
この二人はケントとメイの様子を見てこれから何があるのか察したようだ。
「メイさん、あの……小さい頃からずっと好きだったメイさんとこうして一緒にいられて、オレは今が一番人生で絶頂にあるみたいだ。んで、これからもずっとメイさんの隣に居続けたいと思ってる。だからコレを……」
先程買ったシルバーリングを差し出すケント。
メイはかなり驚いた様子だ。初めてのプレゼントがプロポーズにも使われる即死防御が付与された指輪だ。
しかもこのセリフだ。プロポーズと捉えてもおかしくないだろう。
「これって……」
「即死防御付与の指輪だ。これからも一生メイさんを守り続けていく俺の決意だと思ってくれよ。」
「それって……プロポーズって捉えてもいいのかしら?」
メイはケントに近づき顔を覗き込む。
ケントは恥ずかしさのあまりメイと視線を合わす事が出来ないようだ。
だが次の瞬間、ケントは何かを決意したかのように顔を上げた。
「……そうだよ……メイさん!俺と結婚してこれからもずっと一緒にいてくれ!」
本当にプロポーズをした。
旅を初めて一月でプロポーズとかあり得るのだろうか。
いや、今後も旅を続けていく上で、ずっと共にいるという決意の表れなのかもしれない。
実際どういう気持ちでこの行為に及んだのかは分からないが、ケントは人生の一大イベントに臨んだのである。
ケントの首にメイの腕が巻かれると、そのまま口づけを交わした。
突然のメイの行動にケントは驚き固まっている。どうしていいか分からないようだ。
「ケント、ありがとう。これからもよろしくね。」
「メイさん……」
ケントはメイの左手の薬指にリングを嵌める。すると、その指にフィットするように指輪の形状が変わっていく。
そして、指輪の内に込められた魔石が輝き出した。
実はこの指輪はエンゲージリングとして使用された際には、効果を発揮した後も壊れる事なく継続使用が出来るよう、魔石に術式が組み込まれていた。これがこの指輪の人気の秘密らしい。
抱き合う二人を眺めていたミルファが我慢できずに飛び出していく。
「メイさん、ケント!おめでとう!幸せになってね。」
後を追うようにオレとルナも出て行く。
「二人共おめでとうなのです。凄いところを見てしまったのです。」
「ケントもメイも、おめでとう。いいもの見せてもらったわ。」
ずっと見られていた事に気が付いた二人は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
この日の夕食はそんな二人を祝うべく、ささやかなパーティーとなっていた。
ケントとメイは結婚ではなく婚約です。
ケントの年齢ではこの世界でもまだ結婚は出来ません。
そしてメイも避妊魔法を受けてるので出産離脱はありません。