第15話 弓術
遅くなりました。
頭が回らず時間が掛かりました。
もう此処に帰ってくることは無いんだな……
前世において、工場視察との名目で一ヶ月の出張などはあった。
しかし、それだけの期間ホテルに宿泊していても、そのホテルに哀愁を感じた事など無かった。
何故だろうか。この場所にはとても思い入れがある。
まるで愛娘と何年も住んでいたあの家のように。
ふと、前世での娘の事を思い出した。
最後に一目会いたかったな。元気にしてるかな?
一度考え出すと次々へと思いが溢れてくる。
ダメだ。オレは死んで此処は別の世界なんだ。
もう、会うことは出来ないんだ。
自分に言い聞かせ顔を上げる。
部屋を見渡し、この部屋の全てに感謝し部屋を後にした。
ロビーに出ると、いつもの受付嬢がいる。
「あ、今日で宿泊終わりでしたね。寂しくなります。ご宿泊ありがとうございました。」
食事が良いのは勿論だが、職員のこういう所が心地よかったんだろうな。
「また食べに来ますよ。他の街から来た冒険者には此方を宣伝するようにします。短い間でしたが、お世話になりました。」
最後に受付嬢に挨拶をし、宿を出る。
食堂にはいつものように働くデュティの姿があった。
ちゃんとやってるな。頑張れ。
心の中でエールを送りその宿を後にした。
湿っぽくなったなー。そんな事を思いながら新たに住む事になる『ロードウインズ』の家へと向かう。
ここらの地理もマップなしでも歩けるくらい慣れている。
たどり着いた時、丁度前からベッドが運ばれてきた。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
玄関で大きな声で挨拶をすると、リビングから誰か出てきた。
「おはよう。よろしくな。」
ディルだ。流石だ。言葉が短い。
そのままディルにもベッドを運ぶのを手伝って貰い、着いて直ぐにやることを終わらせた。
リビングで一息ついていると、ディルが飲み物を用意してくれた。
これは……ほうじ茶だ。
聞くと、ずっと北へ行った所にある村で採れる葉にお湯を入れる飲み物があるらしく、それだと飲めない人向けにそれを炒めた物がこれだと言っていた。
その村では茶葉が採れるのか。いずれ行ってみたい。
ディルと談笑していると二階からミルファが走って降りてくる。
「ごめんなさい。寝坊しちゃいました。」
髪はボサボサのままだが、きちんと着替えてきたようだ。
問題ないと伝え、部屋を観てもらう。やけに嬉しそうだ。
エイルとマリーはまだ起きないようなので、ミルファは一人で食事にするようだ。
「この感じだと今日はギルド依頼はやらないんですか?」
ディルはわからないと言う。
そこでオレはディルに弓を教えて欲しいと嘆願した。
「遠近両方をこなすオールラウンダーを目指すか。まあ、いいだろう。それなら北の草原で兎狩りだな。」
ミルファも連れ、三人で弓の特訓をする事になった。
弓はディルの以前使っていた物を借りる。
ミルファは自前の弓だ。弓スキルも持ってるらしい。負けられない。
草原の小高い丘に着くと早速弓を持たされた。
「あそこにフットラビットが二匹、あそこにはホーンラビット、向こうにはイエローラビットが二匹だ。好きなのを狙ってみろ。」
説明なしでいきなりである。実は弓の持ち方も知りません。
覚束無い手つきでとりあえず何となくそれっぽく構えてみた。
ディルは一つ溜息を吐き、そこから一つ一つ丁寧に教えてくれる。
所作を一通り教わり、実践へ移る。そこで一旦ミルファにやらせるようだ。
ミルファの狙うはホーンラビット。某国民的RPGに出てきたような、角の生えた兎だ。
ゆっくり狙いを定め弓を引く。放たれた矢は僅かな放物線を描きホーンラビットへ命中。
それと同時にホーンラビットは逃げ出してしまった。
当たったのは丁度角の根元だったらしい。角はとても固く、武器素材にも使われるらしい。
「狙いはいい。あとは細かい精度だけだろう。」
褒められてる。羨ましい。
次におれの番だ。狙うのはフットラビットだ。
先程教えられた通り構え、目標を定める。ひと呼吸し気持ちを落ち着かせ放つ。
当たったのはかなり手前の地面だった。ヤバい凹む。
今のを踏まえて、目標と距離感を学ぶ。
次に放ったのは目標の少し奥。距離感を掴んできた。
「よし、その感じでドンドン射っていけ。」
言われた通り次々へと矢を射る。そして六射目。
キュウゥゥン
遂に当たった。フットラビットの首に命中し絶命させている。
オレは嬉しさのあまり飛び跳ね、ミルファと何度もハイタッチをしている。
「ディルさん、やりましたよ。今のどうでしたか?」
ディルは微かに微笑み、「よくやった」とオレの頭を撫でた。
その後ミルファがイエローラビットを二匹とも仕留め、移動する事にした。
兎に角討て!とのことだったので、ドンドン矢を射る。
100本、200本……
「こんなもんか。そろそろ帰るか。」
終わった。辛かった。中学の頃の部活を思い出したわ。
三時間ぶっ通しで走らされた時以上に辛かったわ。
勿論弓スキルは得ている。肉体的に辛くなってから精度が上がってきていた。
あれはスキルレベルが上がっていたのではないだろうか。
オレが仕留めたのはホワイトラビット五匹、フットラビット三匹、イエローラビット二匹で全部で十匹だ。
ミルファがホワイトラビット八匹、フットラビット一匹、イエローラビット七匹、ホーンラビット五匹で全部で二十一匹だ。
倍以上差がついてしまったが、ディルが言うには思ったより差がつかなかったらしい。
因みにホワイトラビットは通常の兎で魔物ではないらしい。
帰る前に全ての獲物をオレの鞄からアイテムボックスへ入れギルドで換金する事にした。
勿論初めて見るミルファは「何ですかそれ!」と吃驚していた。
さあ、ギルドで換金だ!
受付で討伐した魔物を出していく。
「ホント、その鞄は凄いですね。」
ギルドの受付嬢も少し呆れたように言う。
ホワイトラビット 400×13 5200G
イエローラビット 500×9 4500G
フットラビット 2000×4 8000G
ホーンラビット 2000×5 10000G
合計 27700G
三人で行ってコレは少ない。
しかし、ディルは納得した様子で金を受け取るよう促した。
帰り道、ショックで俯いたまま無言で歩いていた。
ミルファも気まずそうにしている。
そんな空気にディルが口を開いた。
「お前は今日初めて弓を持ったんだ。全くの素人で一射目なんて見当違いの方に飛んでいたくらいだったんだ。それがその日のうちに全部で十匹倒し、それなりの金を手にしたんだ、胸を張れ。下を向くな。お前はこれから強くなる。大丈夫だ。」
かなり吃驚した。普段は必要以上に喋らないディルがこんなに喋ったのに驚愕したのだが、それ以上にオレへの期待ともとれる励ましの言葉が嬉しかった。
それを聞き前を向く。
「お前は基本剣で戦うのだろうが、たまには弓も練習しておけ。センスはあるからいざという時に役に立つはずだ。」
ディルの言葉は人をやる気にさせるようだ。オレは完全にその気になって気分良く帰ることになった。
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