第137話 次の目的地は?
「半年後には醤油が出来上がってると思うぞ。その頃にまた来い。」
出発前にアブ爺さんからそう告げられた。
アブ爺さんに醤油の生産をして貰うために1億の資金提供をしているからである。
この数日の間にその資金を使って、周辺の土地は買い占め、工場を作る準備に入っているようだ。
既に宿の一部を使い醤油の生産自体は開始されている。これらの熟成期間が半年後という訳だろう。
てか、醤油の熟成って半年でいいんだな。オレは数年掛かると思っていたよ。
「早く醤油は欲しいからな。必ず来るよ。」
アブ爺さんに別れを告げ、冒険者ギルドへ向かう。
セイレーンの封印球を取りに行った際の魔物素材を、昨日の朝売却に出しているのだ。
査定が済んでいるはずなので、まずはその代金を受け取る事にしてある。
只管進んでいた為、魔物の討伐数自体は少なかったのだが、全部で750万Gとまあまあの金額になったようだ。やはりドラゴンがあると値段も跳ね上がるな。
「あ!レイジさん。これからダンジョン?僕達もなんです。」
横から話し掛けてきた冒険者を見ると、ジェフリーだった。
このライトレイクで冒険者をしている同世代の男。後ろにはパーティメンバーのエルミナとジークもいた。
「おー、ジェフリー。これからダンジョンか。頑張れよ。オレ達は今日これからこの街を離れるんだ。行き先はまだ決まってないけどな。」
「え?もう行っちゃうんですか?だってこの間初めてって言っましたよね?もうここのダンジョンは止めちゃうんですか?」
「ああ。一応65階層までは行ったけど、魔物の強さと稼ぎの比率を考えてもちょっと割に合わねぇし、今のオレ達の実力ではそれ以上は厳しそうだから、一旦此処のダンジョンは終了だ。」
「そっか。65階層だったら……え?65階層!?もうそんなトコまで行ったの?いやいや、ブロンズパーティって言ってましたよね?それで65階層はありえないです!」
「ジェフリー。レイジはシルバーランクだけど実力はゴールドランク並にあるから。まあ、オレはシルバーランクまで後一歩ってとこだけどな。」
ケントが見栄を張っているようだ。流石にまだゴールドランクには及ばないでしょ。エイルもディルも魔物を討伐する為の一撃必殺を持っていたが、オレにはまだそれがない。ゴールドランクにはそれが必須だと思っている。
「だからって……シルバー?レイジさんってシルバーランクなの?」
そういや言ってなかったかも。パーティランクは伝えたから言ったつもりでいたわ。
「まあ、そういう事だ。」
「……凄い……凄いです!同世代なのにシルバーランクでしかもゴールドランクの実力だなんて……そりゃあ65階層まで行けますよね。」
いやいや、それは少し誤解だ。流石にゴールドランクには及びません。近くまでは行ってるかもしれないが、まだ届かないんだよ。
その後、色々説明したが誤解が解けることはなかった。
まあ、オレが強くなって事実にすればいいだけだしな。
「それじゃあ気をつけて。次会う時にはかなり強くなった僕を見せますから。」
「おう。期待してるぞ。またな。」
ジェフリーらパーティに別れを告げ、馬車に乗り込む。
一応毎朝確認には来ていたのでこの馬が元気でいるのも知っている。この馬も心なしか精悍な顔つきになってる気がするな。ま、気のせいだろうけど。
「じゃあ南門から出るぞ。出発だ。」
北門から来たのだが、行き先は王都かヒュバルツなので南門から出る事になる。王都はここより南東でヒュバルツは南西だ。これからの皆の意見で行き先が決まる。
先日行った商店街を通り抜け、南門へ。街を出ていよいよ次の街へと向かう事となる。
「じゃあ行き先を決めるぞ。全員オレの手を両手で掴んで目を閉じろ。」
どうやって多数決をとるか考えたが、やはり全員同時に聞くのがベストだろう。なので方法を考えてみたんだ。結果はオレも皆と一緒に知りたいので共に目を閉じる。
「それじゃあ、行き先が王都が良かったら右手、ヒュバルツなら左手を残して反対の手を離してくれ。いいか?せーのっ!」
掛け声と共に皆行きたい方の手を残す。
「よし。目を開けていいぞ。」
皆が、一斉に目を開ける。そこには全員の右手がオレの手を掴んでいた。
「ははっ、皆一緒だわ。んじゃあ王都に向かって出発だー!」
◇
「おい!そこは危険だからミスリルグローブを着用しろと言っただろうが!」
ライトレイク冒険者ギルドの倉庫では職員が今日も慌ただしくしている。
だがこの日は普段とは少し違う慌ただしさだった。
普段冒険者がなかなか持ってこないポイズンドラゴンを、丸ごと持ってきた冒険者が現れたからである。
ポイズンドラゴンはその体表にも毒がある為、直接触れる事が出来ない。その所為もあってか、価値はあるが敬遠する冒険者が殆どだ。たまに持ってきても鱗だけを剥ぎ取ってきたり、爪と牙だけを持ってくるだけで、肉体をそのまま持ってくるなど過去には存在していなかった。
だが、この日は違った。とある冒険者がポイズンドラゴンを丸ごと持って帰ってきたのだ。予期せぬ出来事にギルド中が騒然となった。
いや、予期するべきだったのだ。マジックアイテムを持ち、連日100匹単位の魔物素材を持ち込むその冒険者が来た時に。
先日、50階層まで到達していたのは分かっていた。その時点で予想する事は出来たはずだ。それをしなかった職員の過失であるのは拭えないだろう。
だがそれも仕方ないと言える。その冒険者パーティはリーダーがシルバーランクではあるが、それ以外のメンバーがブロンズランク以下で、大半が十代の若人だったのだから。
更に50階層で一度立ち止まり、その近辺の魔物素材だけを持ち込んだ日もあった。その為、一気にポイズンドラゴンが生息する64階層までたどり着くとは思ってもみなかったのも要因だ。
既に解体を済ませ、運び出してはいるのだが、どこに置いても一々大騒ぎである。
だが、この後の使い道は多岐に渡って存在するので、買い手はいくらでもいる。これ一匹だけでもギルドは相当な利益があるだろう。あの冒険者には感謝しかない。
次の日、ポイズンドラゴンの処理が終わり、漸く普段の業務に戻る事が出来た。
今日は件の冒険者は来るのだろうか。この倉庫にいる職員は皆その冒険者が来ないかと目を光らせている。
既に陽は沈み、夜の職員と交代の時間が迫って来ている。職員達は皆ホッとした一方で少し残念に思っている。
どの魔物にしても丸ごと持ち込む冒険者は少なく、それらを扱える事はとても誉れな事だったからだ。
その分、物量が半端なく大量で同時に恐ろしくも感じていた為、ホッとする気持ちもあったのだろう。
そんな中ひと組の若い冒険者が素材を持ってやって来た。
「今日はこれだけお願いします。」
持ってきたのはブラックミニオークだった。15階層のボスだが、15万Gになる魔物だ。状態が悪いと3万Gにしかならない場合もあるけど。
この若い冒険者は度々ミニオークを持ってくる。多分これだけを狙って活動してる冒険者だろう。
「ブラックか。希少種を引き当てたな。けど、そろそろお前らも先へ進んだらどうだ?」
「身の程を弁えてますんで。僕達にはここら辺が丁度いいんですよ。」
「そうか……だが先へ進んだ方が強くなるのも早いはずだぞ。こんな所で燻ってたら何時までたってもコモンのままだからな。何処かで区切りをつけて進む事も大事なんだ。いいな?」
年配冒険者にありがちな事である。楽して稼げる場所を見つけたらそこから動かなくなり、気が付けば年齢的にピークを過ぎておりダメになってしまうパターンだ。
「……はい。肝に銘じておきます。」
「分かればいいさ。最近よく来る奴は凄いぞ。お前らと同世代なのに昨日はポイズンドラゴンを丸ごと持ってきやがった。お前らも負けないようにもっと頑張って欲しいトコだな。」
「そんな凄い冒険者がいるんですか!会ってみたいですね。」
「直ぐに会えると思うぞ。最近は目立ってるからな。でも今日は来ないな……休みなのか、まだダンジョンに篭ってるのか……まあ、見たら直ぐ分かるさ。レイジって奴だけど目立つ奴だからな。」
「え?その冒険者ってレイジさんなんですか?あ!そういえば65階層まで行ったって言ってました。」
「なんだ。知り合いなのか。だったらその凄さは知ってるだろ?アイツのお陰でこっちも大忙しだからな。」
「そうだったんですか。あれ?でもレイジさんはもうこの街にいませんよ?今朝旅立っていきましたから。」
「なんだってーーーーー!!アイツ、もういないのか……そうか……残念だな。」
この話を聞いて肩を落としたのはこの職員だけでは無かった。
聞き耳を立てていた他の職員も同様に酷く落ち込んでいた。
この瞬間を境にこの倉庫ではどんよりとした空気が長く続く事になる。
そして、この状況の真相を知るジェフリーもまた、自らの発言が原因と分かり、責任を感じる日々が続いたのだった。