第127話 湖畔のダンジョン(7)
48階層まで来たのだが、あれからミスリルスライムは出てきてない。
実は結構レアな魔物だったのかもしれない。
あの時は苦労した割には美味しくない魔物だと思ったが、最初から麻痺させてしまえば簡単に倒せるのだ。
そう考えたら、楽に倒せてミスリルインゴットが手に入る、かなりコスパがいい魔物だという事に気が付いた。
それからは積極的に探しているのだが、全然見つかりそうにない。
ここらの魔物で厄介なのはモンキーマジシャンだ。
只の魔法を使う猿ならばそこまで苦労はしないのだが、かなり知恵が働くようで、物陰に隠れたまま攻撃を仕掛けてくる。
致命傷になるような攻撃手段は無いものの、地道に削られてくのは辛い。攻撃を受けたら直ぐにマップを確認し、居場所を特定していかなければいつまでもチクチク攻撃を喰らい続けるのだ。
そして結局このフロアでもミスリルスライムは現れないまま49階層へ降りていく。
このフロアに来て直ぐに他の冒険者と鉢合わせた。
「お!見ない顔だな。あんたらもオーク狩りか?」
「オーク狩り?なんだそれ?」
「知らないのか?て事は単純に通過中ってだけか。いや、済まなかった。邪魔したな。」
それだけ言って去っていってしまった。
「何なんだ?」
「多分このフロアに出てくるオークの事でしょうね。」
「そうなのか?オーク……ああ。高額で売れるからか。このフロアで漸く出てくるのか。」
「みたいですね。ただ、このフロアまでたどり着くのはブロンズランクでも厳しいようで、大半はシルバーランク以上のようです。」
その情報より、メイの情報入手先の方が気になる。
いつの間にそんなに情報を仕入れてるんだろうか。
「少し稼ぎたいからな。三匹くらい欲しいな。」
「次はボス部屋なんですから此処で少し狩りをしてもいいんじゃないですか?」
ルナもケントもあの強化オークでさえ倒してるからな。普通のオークくらいじゃ全然問題ないし、レベリングするにもいいかもしれないな。
「じゃあ少し探してみるか。」
マップで魔物がいる場所を探し出し、そこへ向かう。
基本出てくる魔物は46階層からの魔物と同じで、頭が二つの犬、ケルベロスジュニアやスカルタランチュラなどだ。
モンキーマジシャンが出てきても此方から発見してるので、ノーダメージで倒していく。
暫く戦ってみたが、全くオークは出てこない。勿論ミスリルスライムも。
「ホントにいるのかよっ!」
遂にケントが口に出してしまった。
「あーあ、皆思っていても口にしなかったのに。」
「思ってたなら言おうぜ。これ無駄じゃねぇか?」
そう言った直後、通路の反対から来た冒険者がオークを担いで歩いてきた。
「あ……ホントにいるんだ……」
「あん?ああ、見つかんねぇのか?出現確率3%だからな。簡単には出てこねぇぞ。まあ、頑張れや。」
その冒険者はそれだけ言い残して去っていった。
「3%だと?見つかる訳ないだろ!出会った冒険者だけで五組はいたぞ。それだったら他の冒険者が居ないフロアへ行った方がよっぽど効率的だろ。」
そのとおりかもしれないな。他の冒険者の所為で近くの魔物が取られたりしてるからな。先へ進んだ方が効率は良さそうだ。
だが不安はある。51階層だと、魔物の強さが大丈夫かどうかだ。
オレが一人で魔法剣連発で行けば問題はない。だが、直ぐに魔力不足になるので極力避けたいやり方だ。
「一応行ってみて、危ないと判断したら直ぐに戻ればいいんじゃないですか?
その際は今日はもう諦めるしかないですが……」
「ウチも頑張るのでそうしたいのです。」
それがベストかもしれないな。
「んじゃ、そうするか。まずはボスだな。シームルグみたいなのは勘弁して欲しいけどな。」
オレの中で50階層ボスと言えばシームルグだ。
此処ならセイレーンが現れたりしないか不安ではある。
だが、今このフロアにいる冒険者は、50階層ボスを倒すか45階層へ戻るしか出る手段がないはずだ。
冒険者の脱出のスキルがあれば出れるが、冒険者でこのフロアまで来るのは無理があると思う。
45階層へ戻るのも数時間掛かるので現実的ではない。
ならばやはり50階層のボスを倒してるのだろう。ならばオレ達でも勝負出来るレベルだと思われる。
50階層へ降り、ボス部屋の前に立ちひと呼吸入れた。
「じゃあ行くぞ。」
扉を開け中へと入っていく。
そこにいたのは三体の鎧を身に纏ったゾンビ、ゾンビナイトだった。
左のゾンビナイトは剣を持ち、右が槍。後方に下がってるゾンビナイトは弓を所持している。
「三匹?今までにないパターンだ。オレとケントで前の二体を相手する。ルナはスピードを活かして弓の奴に何もさせないように配慮してくれ。
ミルファは臨機応変にな。メイはサポートよろしく。」
指示している間に弓のゾンビナイトが矢を射って来る。
「ウインドウォール!行くぞ。」
放たれた矢を風の壁で弾き飛ばし剣のゾンビナイトを相手する。
相手が剣だからオレも剣で……なんて甘い事は言わない。勝てば官軍とは言わないが、勝つ事が大前提だ。その為に出せる駒は出していく。
「ファイアショット!」
いくら鎧で身を固めても所詮はアンデッドだ。火属性が弱点には変わりないだろう。
ところがオレの放ったファイアショットはその鎧に吸い込まれていく。
「マジか!」
「レイジさん!ゾンビナイトの鎧は火属性吸収効果が付いています。弱点は聖属性のみです。」
ファイアショットが吸収されるのを見たメイがそれを教えてくれる。
という事は、魔法剣炎も吸収されるという事か。相性が悪いな。
ならば単純な剣術勝負か。今までした事ないな。
鋁爪剣を構え、間合いを詰める。
先に動いたのはゾンビナイトだった。
オレの喉元を狙った突きを横に躱すが、そのまま払いに来る。
「くっ……」
その剣は鋁爪剣で受け止め、一旦下がる。
「はあっはあっ、くそっ……」
さっきのファイアショットが吸収された事で自分が動揺しているのが分かる。心臓の音が妙に大きく聞こえるのもその所為だろう。
まさかファイアショットが吸収された事がここまで精神的にくるとはな。
いい勉強になった。なったのだが、オレの動揺はまだ取れていないようだ。心音が異常に早いのが分かってしまう。
こういう時はどうしたらいい?なんて考えても直ぐに答えは出ない。
ゾンビナイトがジリジリと詰め寄ってきた。
今度はオレから仕掛ける。横に薙ぎ払いから縦に振り下ろす十文字斬り。
その二撃は共に受けきられてしまう。
バックステップからのファイアを放つも吸収されてしまった。
「あ……そうだった……」
分かっている事を繰り返すなんてパニクっている証拠だ。
だが自分ではどうする事も出来なかった。
その時ゾンビナイトに矢が刺さる。ミルファが放った矢だ。
「レイジさん、どうしたんですか?しっかりして下さい!」
ミルファに心配されてしまった。オレが不甲斐ないせいで……
「ちくしょうが!」
オレは自分の顔を殴りつけ、ゾンビナイトを見つめる。
火が効かないからどうしたっていうんだ。だったら他の属性でいいだろ。なんでそんな事にも気が付かなかったんだ?
「魔法剣雷!」
鋁爪剣に雷が纏わさる。
「いくぞ!」
単純な袈裟斬りである。だが、刀身からほとばしる雷がゾンビナイトの剣を弾き飛ばす。
「おるぁ!」
勢いそのままにゾンビナイトの顔に鋁爪剣を突き刺す。
まだ動いている。ゾンビだけになかなかしぶとい。
そこからはとにかく剣を振るった。メッタ斬りだ。
「はぁ、はぁ……勝てた……」
自分を殴りつけるなんてケントと同じ方法で自分を取り戻せたってのが気に入らないが、そのお陰で勝つ事が出来たんだ。後で礼を言わなきゃな。
周囲を見渡すとルナは既にゾンビナイトを倒し、ケントを手伝っている。
そのケントもゾンビナイトを圧倒していて、倒すのも時間の問題だった。
どうやら苦戦していたのはオレだけだったようだ。
完全に気持ちの問題だった。
動揺する事で思考が停止してしまった。考える事が出来なければ勝てる戦いも勝てなくなる。教訓として覚えておこう。