第118話 アブ爺さんの宿
ギルド本部を出て清恋湖を目指す。この湖が街の目玉なのは間違いないだろう。一度近くで見ておきたいからな。
ギルド本部から清恋湖までは僅か100メートル。目と鼻の先だった。
湖の周辺は砂浜ではなく砂利になっていて、少し歩きにくい。湖の中も見える範囲は砂利になってるようだ。
「これが清恋湖か。近くで見ると普通の湖だな。」
「でも、清恋湖なんて名前が付くくらいですから、何か特別な伝説とかありそうじゃないですか?」
「ああ。悲恋物の伝説とかな。ありそうだわ。」
物語にありがちな駆け落ち自殺の伝説とかにありそうなネーミングとは思っていた。
だが、こんな漢字で表記するくらいだ。何か特別な意味を含んでる気がしてならない。
こうして見てても、只の普通の湖にしか見えないけどな。
「おや?清恋湖に人が来るとは珍しい。旅のお方かな?」
話しかけてきたのは昔からこの街を見てきた風の老人だ。
「どうも。お爺さん、珍しいって?清恋湖ってこの街の名所とかじゃないんですか?」
「とんでもない。今でこそ清恋湖となっているが、元はセイレーン湖。セイレーンという悪魔が居座り、湖畔に来た者を不思議な音色で魅了し攫っていくという伝説があるのじゃ。
ダンジョンが発見され、冒険者や客を集めるのに清恋湖と捩ったに過ぎん。そのダンジョンも奥深くで清恋湖と繋がってると聞く。セイレーンの魔力に誘き出された冒険者が餌食にならねばいいのじゃがのう。」
全然悲恋物じゃなかったな。ゴリゴリの魔物伝説だった。
それにしてもセイレーンか。ハーピーのような姿や人魚のような姿まで色々な伝説がある怪物だよな。
オレの知ってるゲームでも色々出てきているので、一応は知ってる魔物だ。
「セイレーン……怖いですね。だから地元の人々は近づかないんですね。」
「ああ。昼はまだいい。だが、夜は絶対に近づいてはならん。いいな?」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます。」
うーん、何かフラグが立った気がするんだが、気のせいであってほしいな。
「すみません。ついでと言ってはなんですけど、この街でそこそこいい宿って何処ですか?まだ決めてないんですよ。」
「なんじゃ、それなら儂の宿じゃな。ちーとばかしボロいがサービス満点じゃ。さあ、行くぞ。」
あ……これってやっちゃった展開じゃね?
いや、実は超リッチな高級宿かもしれないしな。親切な老人を疑ったらダメだよな。
なんて思ったオレが馬鹿だったよ。
スゲェオンボロ宿だった……
「ここじゃ。見てくれは悪いが居心地は保証するぞ。値段は気にするな。このライトレイク一安いと評判じゃからな。ファーッファッファッファッ」
皆、ごめんなさい。今日は我慢して下さい。
老人に付いて行くと、そこは目と鼻の先にあった古民家風の建物であった。
「別に見てくれは悪くないじゃないか。風情があっていいと思うけどな。」
「そんな事言ってくれるのはお前さんだけじゃわ。さ、入ってくれ。」
建物の中もイメージ通りであった。これぞ古民家という感じで、情緒溢れる懐かしい気持ちを思い起こされる。
幼い頃に行った田舎の祖父ちゃんの家。そんな感じだ。
それでいて、十分に手入れが行き届いており、汚いという事も全くない。本当に居心地は良さそうだ。
「この辺では見た事のない造りじゃろ?昔行った東のイージパン諸島の建造物を真似て作ったんじゃ。
儂はあれを見た瞬間に惚れ込んでしまってな。色々試行錯誤しながら建ててみたんじゃよ。」
という事は、東のイージパン諸島って所は日本のような所なのかもしれないな。
てか、イージパン諸島って……やっぱり良いジャパンだよな。うん。絶対日本だわ。
「一応最初に説明しておいた方がいいかの。一人一泊3千Gじゃ。勿論2食付きでな。部屋は余ってるから好きに使ってくれて構わん。」
「3千G?安すぎないか?儲けないだろ?いいのか?」
「それでも誰も来ないんじゃ。何が悪いのかさっぱり分からんし、とりあえず泊まってくれればそれでええわい。」
「結構無理矢理だったけど、皆はいいか?」
「いや、素敵じゃないですか。私は此処がいいです。」
「今更変えれねぇだろ。それに落ち着けるだろうしな。構わねぇよ。」
問題無いようだな。
「じゃあ、宜しくお願いします。えーと……」
「すまん。名乗ってもいなかったな。儂はこの宿のオーナーをしているアブニロマじゃ。アブ爺とでも呼んでくれれば結構じゃ。」
「オレはレイジだ。で、こっちからルナ、ミルファ、メイ、ケント。五人で旅をしてる冒険者ってトコかな。アブ爺さん、よろしくお願いします。」
「ファーッファッファッファッ。こちらこそじゃ。」
アブ爺さんに部屋へ案内されると、そこは畳張りの純和室造りだったから驚きだ。
イグサが採れる事にも驚いたが、それを畳にする技術がある事にも驚きを隠せない。
これは日本独自の技術だと思っていたからな。
「この並びの部屋なら好きに使っていいぞ。どこを使うかの?」
「俺達はこの部屋だ。」
ケントとメイは早々に目の前の部屋に決めたようだ。
隣だと音とか気になるかも知れないので、一部屋飛ばしてその隣の部屋にしようか。
「じゃあ、オレ達はこっちの部屋にしようか。」
「ん?三人一緒でいいのか?ふーん……お前さん、見かけによらずなかなかやるのぉ。
布団は押し入れに入ってるから自分達で敷いてくれ。従業員がおらんでの。すまんが頼む。」
「ああ、構わないぞ。ありがとう。」
「それと、畳の上は土足禁止だからな。靴を脱いで上がるように。」
畳の上は土禁。これは日本人には常識だが、この世界の人間には分からないかもしれないな。
アブ爺さんは食事の時間になったら呼びに来るといい、戻っていった。
とりあえず少し休むとしようか。まずは部屋を見渡す。
その時窓際にあった物に注目した。
「お!ロッキングチェアじゃん。これはリラックス出来るぞ。」
ロッキングチェア。椅子なのだが、普通の椅子とは違い床との接地面にアール掛かった板が備え付けられ、揺り篭のように揺れる椅子だ。
それが四脚置かれていた。
「ロッキングチェア?その椅子の事ですか?」
「ああ。揺り篭のようにユラユラと揺れながら座ってる椅子なんだ。心地よくて子供の頃は大好きだったな。」
ロッキングチェアに腰掛け、動かしてみる。
「これだよ。懐かしいな。二人共座ってみ。」
ミルファとルナも同じようにロッキングチェアに座ってみる。
「ああ……ポカポカした陽気と相まって眠気を誘いますね。気持ちいいです。」
「だろ?ルナもそう……思う……って寝てる?」
揺らすと同時に眠ってしまったようだ。効果ありすぎだろ。
「寝てますね。疲れてたのかな?」
「かもな。このまま食事まで寝かせといてやろう。二人っきりってのも最近無かったし、たまにはいいだろ。」
「……はい!えーと、そっち行っていいですか?」
「狭いぞ。それでもいいならおいで。」
ミルファはオレの太ももの上に腰掛け、その身をオレにもたれ掛かるように寄せてくる。
普段遠慮がちなミルファにしてはかなり大胆な行動だ。
「ど、どうした?ミルファらしくないな。」
「ルナと三人でも全然構わないんですけど、やっぱり二人っきりの時間は欲しくて……少しこうしてたいです。」
「あ、ああ。全然構わないぞ。いくらでもそうしてていいから。」
少し顔を赤らめながら言うミルファの姿に、思わずドキッとしてしまった。
でもそうだよな。二人っきりの時間か……考えてみるか。
ルナが寝てしまい、久々の二人だけの時間にその愛を確かめ合っているとあっという間に時間は過ぎ、気付けば陽は沈み辺りは暗くなっていた。
「お客さん、夕食の準備が出来ましたよ。食堂へお越し下さい。」