第116話 ヘルゼストからライトレイクへ
今日はこのヘルゼストを離れ、ライトレイクを目指す。
ライトレイクまでは馬車で3日だという事だ。
つまりこれから3日は野営をする事になる。その為昨夜オレ達は、かなりハッスルしてしまった。それは勿論ケント達も同じなようだが。
お陰で今日までに回復しきれなかったのだが、これを伝えたら怒られそうなので、皆には完全復活したと話してある。
「お客様、今回は誠にありがとうございました。これはこの宿の割引パスになります。今後このヘルゼストにお越しの際には当館は半額にて宿泊できるよう手配させて頂きます。どうぞこれを。」
おお!まさかの永久半額か。この街に来る楽しみが増えたな。
まして、ロードプルフに帰る際には必ず通る街だ。これは嬉しい物を頂けたな。
「マーサさん、ありがとうございます。けど、オレ達は冒険者として仕事をしただけなんです。あまり持ち上げられると申し訳ない気持ちになりますよ。」
「おにいちゃーん!」
遠くから走ってくる人影がある……あれはイオナちゃんだ。
「まにあった~……ママったらよういするのがおそいの。もうすこしでまにあわなくなるトコだったわ。」
ははっ、やっぱり女の子だな。言動が大人顔負けだ。
「イオナちゃん、ちゃんとお父さんとお母さんの言うこと聞いて、知らない人には気をつけるんだよ。」
「うん。ちゃんといい子にするよ。そしたらおにいちゃんのおよめさんになれるんでしょ?」
「え?」
思わずミルファとルナの顔を見てしまった。子供相手に嘘をつくべきか悩んでしまったからな。
さて、困ったぞ。
そんな中ミルファが一歩前に出てイオナちゃんと同じ目線まで座り込む。
「イオナちゃん、レイジお兄ちゃんは私とも結婚するけど、それでもいいかな?」
お、おい!子供相手に何を言ってるんだ?別れの時に泣かせるような事言うもんじゃないよ。
「おねえちゃんも?じゃあイオナはだいにふじんなのかな~。……それでもいいか!じゃあおにいちゃん、やくそくね。」
イオナちゃん……どこでそんな言葉を覚えたんだ……お兄ちゃんはちょっとショックだぞ。
しかし隣ではもっとショックを受けてる者がいた。
「第二夫人はウチなのです。イオナちゃんには譲らないのです。嫌なのです。」
これは収まりそうにないのでもう行くとするか。
「では、お世話になりました。また来ますね。」
獅子の咆哮亭の皆との別れを済ませ、一旦ギルドへ向かう。
今日はそこそこ人が居るようだ。だが、ワイバーンの処理が済み次第この街から冒険者は離れていくかもな。
魔物が居ない街に冒険者の仕事は少ない。飯を食う為にも稼ぐ事の出来る街へ流れていくのも致し方ないのだ。
「レイジさん、お待ちしておりました。こちら魔物素材の売却金となります。色々とお世話になりました。またこの街にお越しの際には当ギルドのご利用、お待ちしております。」
実に丁寧な対応だ。これはまた来てもいいと思ってしまうな。
「ありがとう。ギルド長はいないのか?」
「此処にいるぞー!」
オレが聞くと同時に奥からロランドが顔を出した。
多分昨夜の件で色々後処理に追われてるんだろう。既に顔がやつれているからな。
「ロランドさん、色々ありがとうございました。また来た際にはよろしくお願いしますね。」
「ああ。昨夜あんな事があったばかりだ。気を付けていけよ。」
ヘルゼスト冒険者ギルドにも別れを告げ、街の門付近の厩舎へ向かっていく。
そう言えばこの数日間、あの馬の様子とか一回も確認してなかったけど大丈夫だろうか。
そんな心配をしながら厩舎に行くと、全然問題なく干し草を食べていた。
そうだよな。スタンピードの後ずっと放置してても問題なかった馬だったんだ。心配するだけ無駄だよな。
厩舎は一泊1万Gで、5泊したので5万Gだ。馬の食事も考えたら安いのかもしれない。
馬と馬車を引き取り、このヘルゼストを後にする。
旅に出て初めての街だってのに色々あったな。恐ろしい目にもあったが、全体的に刺激的で楽しめた。
今後もこんな感じで楽しんで旅をしていけたら最高だ。
「準備はいいか!出発だ!」
従来の目的地のライトレイクへ向け、馬車を走らせる。
ミルファとルナは徐々に遠くなるヘルゼストの街を、見えなくなるまで眺めていた。
30分程走らせ、少し開けた草原地帯で一旦馬車を止めた。
「さてと、ケントとメイに御者を覚えて貰うわ。二人は前に来てミルファとルナは後ろへお願い。」
ずっとオレ達三人で御者をしている為、馬車の荷台には一度も座っていない。
荷物もないのにこんなだったら馬車の意味がないからな。この二人にもやる事はやって貰わないと。
「おお!ずっと興味はあったんだ。やっと出来るんだな。」
「精一杯覚えようと思います。是非、宜しくお願いします。」
そこから一人一時間ずつ御者をして貰い、スキルを獲得させる。
どうせスキルの熟練度の上がるスピードが短縮されてるんだから、レベル2になるまで付き合うとするか。
そこから二人がレベル2になるまでが思いの外時間が掛かり、この日はそれだけで終わってしまった。
それでも進んだ距離は問題ない。このペースでいけばあと二日でライトレイクに到着するだろう。
「それにしても全く魔物がいないんだな。これも全てワイバーンが食べ尽くしたからなのか。」
「みたいだな。まあ、ここから先はワイバーンの行動範囲外になるだろうから、少しずつ増えてくるんじゃないか?
オレも新しいジョブ付けてるからレベル上げたいしな。」
「え?レイジくんジョブ変えたのです?何なのです?」
「あれ?ルナに言ってなかったか?冒険者の上位互換だと思うんだけど、探索者ってジョブだ。知ってるか?」
「知らないのです。全く聞いた事が無いのです。」
「私も聞いた事がありませんでした。特殊なジョブなのかもしれませんよ。」
「いやいや、普通のジョブだって。オレがギルドで読んだ本に載ってたから。」
そう。ミルファと初めて話をしたあの雨の日に読んでいた、『冒険者とそのジョブについて』という本にしっかりと記されていた。
だが、その条件が冒険者としてかなりの経験を積む事、となっていて、その出現のタイミングを考えたなら、冒険者レベル30が条件だと思われる。
大半の冒険者がその前にジョブを変えてしまう為、情報が伝わる事が殆どないのだろう。
まして冒険者の半数は社会不適合者かお金がなくやむを得ずなった者であり、読書とは無縁だった事も、より一層その存在の掩蔽に繋がっていたようだ。
「て事は、他にも知られてないジョブって多そうじゃねぇか?」
「かもな。一般職は知れ渡っていても、戦闘職に関しては知られてないものは多そうだな。
実際騎士になる為に槍スキルが必要だなんて、あの本を読んでなかったら気付いてないし。」
「それな。オレは依頼で領主軍に出張行った際に槍を扱ってたから問題なかったけど、そうじゃないヤツは無理なんだよな。」
「ケントの槍を借りればいいのです。少し借りればスキルを獲得出来るのです。」
「少しは遠慮しろよ。このパルチザンは易々と誰かに貸せる代物じゃねぇんだよ。」
「うう……ごめんなのです。」
「場合によってはオレも借りるかもしれんわ。その時は宜しく。」
「おま……今の話聞いてたか!これは……はぁ、まあいいや。勝手に持ち出さなければ構わないからよ。」
ケントが遂に折れたようだ。パルチザンが本当に大切な物だってのはよく知ってるからな。ぞんざいな扱いはしないさ。
知られていないジョブか。調べる事が出来るとしたら王都へ行った時だろうな。
まだ先になりそうなので、今は考えないようにしよう。