第112話 ワイバーン
街道より北は岩肌がむき出しの荒野地帯となっている。
見た限りでは魔物の姿は確認出来ない。マップを見ると、結構遠くに数匹の反応はあった。
「1キロ先に多少は魔物の反応があるな。そこまで行ってみるか。」
この岩肌を1キロ先までとなると相当キツいかもしれないが、とりあえず行ってみるしかない。
シームルグで行ってもこの岩肌では降りるポイントを探すのに手間取るだろう。ここは徒歩がベストだろうな。
途中歩きやすい場所もあり、1時間も掛からずに到着した。
「いたぞ。あれがアーマークロウだろ。ホントに鎧を着てるようだな。」
そこにいたアーマークロウは全部で7羽。
ミルファが射抜くには少し数が多過ぎる。オレもやってみるか。
「ミルファ、あの弓って借りれるか?」
「あの弓って、アメジストの弓ですか?いいですけど、あれは全然扱えないですよ。レイジさんでもあればかりは流石に無理なんじゃ……」
ミルファがいいと言うと同時にアイテムボックスからアメジストの弓を出し、弦を引いてみる。
「うん。多分いけるな。よし!ミルファ、同時に射ち始め一気に倒すぞ。いいか。」
「え?え?扱えるんですか?ちょ、待ってください!今準備しますから。」
ミルファの驚きようが半端ない。オレが扱えるのは多分ジョブのおかげだろう。
ジョブ魔弓士。魔力の矢を放つ中級職だ。
「いくぞ。3、2、1……放て!」
ミルファの放った矢と、俺の放った魔力矢が同時に飛んでいき、2羽同時に仕留める事が出来た。
残りは5羽。思わず倒れるのを確認してしまい、間が空いてしまった。
「すまん。二撃目遅れた。ケントとルナも準備してくれ。」
アーマークロウは此方に気が付き、臨戦態勢を取るとこちらに向かって飛んでくる。
ミルファの二撃目に続きオレの二撃目、その直後にミルファに三撃目が飛んでいく。
てか、ミルファの硬直時間が異常に短い。スキルレベルの差がこのような形で出るんだな。
「キエェェェェッッ!」
全て命中。3羽が倒れ残り2羽だ。
此処でケントとルナが前に出て同時に武器を振るった。
「キエェェェェッッ!」
どんなに鎧を身に纏っていても、飛んでくる時の頭は剥き出しなので殆ど意味のない鎧だった。
これでこの周囲の魔物の討伐も完了だが、依頼の半分にも達してない。
この周辺だけで8種程の魔物が依頼されているのだが、マップでも確認出来ないな。
「思ったより全然少ないな。この周辺だけで8種類の魔物が討伐依頼に出されてるのに、たったの1種しかいないなんて……」
「えーと……それってどういう……」
考えられる答えは3つ。
一つは既に誰か別の冒険者によって討伐された可能性。これはあまり考えられない。
ギルドは討伐に名乗りを挙げる冒険者がいないと嘆いていたからだ。
二つ目は目的があってこの地を去った可能性。これは一番ありえないな。
1,2匹、若しくはさっきのアーマークロウのように同種で群れを作っている魔物であればそれも有り得るが、8種の魔物がいきなり移動をするとは考えられない。
最後の可能性が一番現実的か。
魔物同士の縄張り争い。この場合、二つ目に挙げたこの地を去った魔物に該当するのもいるかもしれないが、大半の魔物は争った末に殺されているだろう。
いくら力の差を見せつけても引き下がる事なく向かってくるのが魔物だ。この地を去る魔物がいても極僅かだけだと思う。
そう考えると、かなり上位の魔物が周辺にいるという事だ。
「結構ヤバイかもな。」
そう思ってマップを見るが、写る範囲に魔物は映らない。
周囲にいないのは対処しようがないな。
「ダメだ。マップには全く魔物が映らない。周辺にはいそうに無いから一旦戻ろう。」
「どうしてだ?もう少し探してみればイイじゃん。その内現れるかもしれないし。」
「これ以上奥へ入るのは危険だと思うぞ。俺の予想では1匹の強者によって他の魔物は全滅したと思ってるからな。」
「それって、強い魔物がこの辺にいるって事ですか?」
ミルファが青褪めながら聞いてくる。状況のマズさを理解したのだろう。
このままでは地形の問題で圧倒的不利になるのは間違いないのだ。
「レイジさんの言うとおりです。一刻も早く撤退しましょう。此処は危険です。」
メイは相当慌てているようだ。焦りの色が見て取れる。
「時期を考えても間違いありません。相手はワイバーンです。見つかれば必ず犠牲が出ます。急がないと!」
冗談ではなさそうだ。ホントに急いだ方がいいな。
「分かった。皆行くぞ。至急此処を離れる。」
ケントも渋々だがそれに従い、急いで街道へと戻り始めた。
だが、メイの一言は完全にフラグを立てたのだろう。マップの端に魔物を示す赤い光点が見えると、瞬く間に此方へ近づいて来る。
「ヤバい!一気に近づいてきた。戦闘態勢をとれ。」
そして北の空からそいつは現れた。
全長10メートルはあろうかという巨体。ファスエッジダンジョンで戦ったドラゴンなど比ではない、その圧倒的存在感。
ワイバーンが宙より眼前のオレ達を捉えていた。
「コイツがワイバーン……でけぇ……」
シームルグの時のような威圧感が無い分、気持ちに余裕はある。だが、その殺気はシームルグの比ではない。シームルグがどれだけ手加減してたかが、今になって漸く分かってきた。
「あ……あ……」
ワイバーンを目にしたメイの脳裏に8年前の出来事が蘇る。
メイが冒険者を辞めるまでに至ったあの忌まわしい出来事。当時のパーティリーダーだった男、マリウスを死に追いやったあの怪物が、今一度目の前に現れたのだ。
「メイさん!大丈夫か。早く逃げてくれ。ここはオレが食い止める!」
メイを守る為、ケントが前に出て槍を構える。
「ダメ……ダメなの……そうやってあの人も殺された……ケント逃げて!」
ワイバーンはそんなケントを目標に定めたのか、ケントを見据えたまま動きを止めた。
そして喉元が赤く光り出すと、口から炎を吐き出したのだ。
その一瞬の出来事に、メイもミルファも防御魔法を使う事すら出来なかった。
迫り来るその火炎のブレスにケントもメイもその場にいた者は絶望するしかなかった。ただ一人を除いて。
「アイスウォール!」
その瞬間火炎のブレスとケントの間に氷の壁が現れた。
その炎に氷は少しずつ溶けていくが、ケントには届かない。そして、炎が消えると同時に氷の壁も消えていく。
「はあっ、はあっ、オレ……生きてるのか?」
完全に死を覚悟していたケントは未だに状況についていけていない。
自分が未だに生きている事すら理解出来ていないようだった。
そんなケントを他所にオレとワイバーンの戦闘は始まっていた。
「サンダーショット!」
雷が伸び、ワイバーンに直撃する。
「キシャアアアァァァッッ」
叫び声を挙げるワイバーンに更に攻撃が降り注ぐ。
「アイスニードル!」
いくつもの氷の槍がワイバーンに突き刺さり、上空より地に降りてきた。
「ミルファ!頼んだ!」
ミルファの放つ矢がワイバーンの右翼に次々と突き刺さり、羽ばたく事が困難な程に痛めつけられている。
「なんで……どうしてこんなヤツに立ち向かっていけるんだ?」
戦意を削がれて動けないでいるのはケントだけではない。メイも、ルナでさえもワイバーンの姿に畏怖してしまい、座り込んだまま立ち上がる事さえ出来ないでいる。
だがそれは恥ずべきことではない。蛇に睨まれた蛙が動けないように、人にとっての龍という存在もまた、古来より恐怖の象徴であり動けなくなる道理であるのだから。
だからこそ今目の前でワイバーンと対峙している二人の姿があり得なかった。
いや、一人は理解出来た。神により選定され、この地に舞い降りた存在だと聞かされたレイジは特別だと理解できる。
だがミルファは?ミルファは自分達と同じ普通の人間だ。なのに何故ワイバーンに立ち向かっていけるのだ?
いくら考えても今は理解出来ないだろう。いや、ルナだけは同じように動ける可能性はあった。なぜならフギンムニンと対峙してるのだ。
だが、絶対的経験値が足りないが為に今はまだ無理だったようだ。
ミルファとルナは経験し、ケントとメイは未経験だという事。それは神の眷属との対峙である。
ミルファはその経験があるからこそ、ワイバーンの放つ威圧に臆する事なく立ち向かっていけるのだ。
「レイジさん!ワイバーンはもう簡単には飛べないはずです。接近戦に持ち込めます。」
「ナイスだ、ミルファ!」
レイジは鋁爪剣を構え、ワイバーンとの距離を縮めていく。
だが、そう簡単に接近を許すはずもなかった。
「キシャアアアァァァッッ」
ワイバーンは一切の溜めもなくノーモーションで火炎のブレスを吐いた。
いや、火炎とは言えない小さな火だ。火のブレスと呼んでもいい、小さなブレスを吐く。
そんな抵抗とも言える攻撃は、オレの魔法剣氷を纏った鋁爪剣の前では、全く効果はなく、ひと振りでかき消されてしまう。
「おぉらあぁぁーー!」
オレの放った渾身のパワースラッシュ。
それがワイバーンの胸を切り裂いた。
「ギュアオオォォォーー」
ワイバーンは雄叫びを上げながら倒れていく。
だが、まだ死んではいなかった。倒れる寸前、目を見開き最後の力でその腕を振るう。
ドラゴンの中でも中級レベルからはその腕にはドラゴン固有スキルが宿っている。
ドラゴンクロー。死の淵に立たされたワイバーンが最後にそのスキルを発動させた。
「レイジさん!まだです。ワイバーンが!」
オレがミルファの声に反応した時にはドラゴンクローが直撃する寸前だった。
「ぐ……ごほっ……」
ワイバーンの放った最後のドラゴンクローがオレの横っ腹に直撃し、その爪が内臓まで突き破った。