第108話 ヒルゼスト
部屋へと戻ってきたオレ達は、自分達だけで今一度祝杯を挙げている。
やはりあの場では子供達の手前もある為、そこまでハメを外したりは出来ないからな。
酒は食堂から多少だが持ってきた。足りない分はルームサービスで頼めばいいだろう。
最初は子供達が無事で良かったと言いながら始まったのだが、次第に課題や注意点の話になっていく。
やはり、ジョブが変更されて思うような動きが出来ないようだ。
今回は対人だったのと、戦闘慣れしていない相手だった事に助けられたが、今後はこうはいかないだろう。
レベルを上げる事もだが、今のジョブで戦闘に慣れる事も必要だと感じたようだ。
「手っ取り早く経験を積む方法はある。けど、今はその時ではないと思ってるんだよ。」
手っ取り早く経験を積む方法。それはお馴染みファスエッジダンジョンだ。
しかし、今の目的はそこにはない。先ずはライトレイクを目指し、そこで近くのダンジョンを使い多少のレベリングをすれば、ある程度は経験も積めるだろう。
「まあ、リーダーはレイジだし、全員の連動を考えてくれてるのが分かるからな。今はそれでいいさ。必要な時には考えてくれるんだろ。」
「ああ。勿論だ。」
「じゃあ問題ねぇ。先に風呂入ってくるわ。」
ケントは信用してくれてるようだ。
ならばオレはそれに答えるだけだろう。
「メイも一緒に入っておいで。」
「え?」
オレに言われて驚くメイ。そんな変なこと言ったか?
「いや、時間もアレだし、どうせ入るんだから二人で入っておいで。」
「ケントと一緒に……?ちょ、待ってください。流石にそれは……」
「私達はレイジさんと一緒に入りますよ。メイさんもそうしたらどうですか?」
ミルファ、ナイス援護だ!
ミルファに言われてメイは考え込んでいる。
「えーと、三人で一緒にお風呂に入るんですよね?でしたら私もケントと入ってきますね。」
よし、勝った!ケントよ、オレ達に感謝しろよ。
メイが入っていった数分後、ケントの叫び声が響き渡った。いい反応だ。
「二人は明日何がしたい?」
明日からは特に予定がない。
ミルファとルナのやりたい事をさせてあげたいと思う。
「うーん、特にないですけど……どうせだったらこのヘルゼストの街を見て回りたいです。」
「ウチもそれがいいのです。この街のいい所を見て回りたいのです。」
「じゃあ決まりだ。二人共同じ想いでいてくれて良かったよ。」
ショッピングとか、ギルドとか言われてたら困っていた。
元よりオレには観光しか頭に無かったから。
明日の予定も決まり普通の雑談をしていたら、ケント達が風呂から出てきたようだ。
かなり早いな。洗うだけ洗ったら出てきた感じかな。
風呂での行為とかは自重したようだ。いや、自重した訳ではなく、単に緊張と覗かれる恐れで何も出来なかったのかもな。
入れ替わりでオレ達も風呂へ入っていく。
ルナとも、一度だけだが一緒に風呂に入ってるので多少は慣れている。それでも緊張はするけど。
ケント達も早く出てきたからな。オレもここは自重するとしよう。
とは言っても、しっかり湯船に浸かって疲れを取るので、そこそこ時間は掛かった。
風呂上りにケントとメイには明日は自由に行動するよう伝えておいた。
オレ達と一緒に行動してもいいし、二人でデートしても問題ない。
ロードプルフを出発してからはずっと五人で行動してたからな。一旦別々に行動した方がストレス解消にもなるだろう。
さて、寝る為の部屋だが、オレ達は勿論キングサイズのベッドがある部屋を選んである。
ケントとメイだが、次に大きいクイーンサイズのベッドではなく、普通のダブルの部屋にしたようだ。
最初は何故か分からずにいたのだが、部屋の配置でピンときた。クイーンの部屋はオレ達の部屋と隣接していたのだ。
お互いのプライベートを考慮して選んでいたとは恐れ入る。
部屋に入るとオレは勢いよくベッドにダイブする。もうこれはお決まりだな。
てか、キングサイズはデカ過ぎる。三人どころかもっとハーレム作っても余裕だろうな。
寝る際のオレ達の並びは相変わらず変わらない。それは問題ない。だが、何故この広いベッドに此処までくっついて寝る必要があるのだろうか。
これはオレへの挑戦なのだろうか。例えどんな状況でもしっかり理性を保っていられるか。
無理でした。一瞬にしてバーサーカーになってしまいましたよ。
それはもう野獣のように。
まあ、仕方ないよね。寧ろ今日までよく耐えたよ。そんなオレを褒めて欲しいものだ。
両手に花どころか、果実をぶら下げて誘惑されて、これ以上我慢とか無理だよな。うん、そうに違いない。
ハッスルし過ぎて睡眠時間は三時間程しか取れてないが、オレは頗る元気に起床した。
ミルファも同じように元気に起きてきたが、ルナは……辛そうだ。ちょっと無理させてしまったな。
三時間で起きたのは、癖みたいなもんだ。
既にこの生活が当たり前になってるからな。どうしても起きてしまう。
あまり遅いと朝食の時間に間に合わなくなるだろうし、この時間に起きて正解だ。
ルナにはヒールを掛けると、とりあえず動けるくらいは回復したようだ。今後は気をつけます。
ケント達はまだ寝てるのか、共用スペースにはいなかった。まあ、今日は自由行動なので全然構わない。
朝食を食べ終えると、そのまま外出する事にした。
どこに行くか。マーサにこの街の楽しめるスポットを聞いておいたのだ。
街の南側は小高い丘になっていて、このヘルゼストの街を一望出来るとか。
そこには是非とも行ってみたい。明かりに乏しいこの世界では夜景には期待出来そうもないし、行くのは昼間がいいからな。
南地区に入ると、丘の頂上までの馬車が出ているのを発見した。
馬車待機所に書いてあった文字でそれが分かったのだ。
【ヒルゼスト行き】
これは間違いなくその丘の上まで行くだろう。
その馬車に乗り一時間、小高い丘、ヒルゼストに到着した。
此処は広い公園のようになっており、周囲に住宅の類は見受けられない。
何件か屋台は出ていたが、それくらいだ。
この内の一軒に思わず目を奪われた。その屋台で売っていたのはゼスト焼きという一風変わった食べ物だったのだ。
何だ、ゼスト焼きって?
店主のおじちゃんに聞いてみるか。
「すみません。ゼスト焼きって何ですか?」
「お!兄ちゃん観光客かい?ゼスト焼きってのは……まあ、食べてみたら分かるよ。どうだい?一つ200Gだ。」
商売が上手いな。気になるから買うけど。
「毎度あり。ほら、この緩和剤もセットだからな。辛かったらこれを一緒に食べるんだぞ。」
どういうことだ?なんて一瞬思ったが、直ぐに理解した。
この街の特産品である唐辛子。ゼスト焼きはこの唐辛子を使った料理のはずだ。
見た目は赤くもないし、匂いも問題ない。
恐る恐る一口食べてみた。その瞬間オレの顔は真っ赤になり汗が噴き出す。
「ぬあああぁぁぁ~~!!ヤバい!マジでヤベェって!あああぁぁぁ~~!無理だ。もう無理!」
オレのそんな様子を見た二人は若干顔が青褪めている。
折角買ったんだ。二人も食べてみるがいい。
ミルファとルナもゼスト焼きを口にすると、次の瞬間にはのたうち回っている。
この辛さは半端ないな。信じられん。
聞くと、ゼストというのはこの唐辛子の品名らしい。
ヘルゼストとは地獄のゼスト。それだけ辛い唐辛子だという事らしい。
いや、いい思い出になったよ。二度と食べたくないけどな。
それから丘の端へ行き、街を見下ろすと、その幻想的な景色にオレ達は言葉を失った。
地区毎に分かれている美しい街並みは勿論ながら、表現ではなく本当に輝いていたのだ。
この街の上空には、身体がスケルトンのように透けて見える虫が飛んでいるとか。
これらが太陽に照らされると、このようにキラキラと光り輝いて見えるらしい。
それも、下からだと何も見えず、このヒルゼストから見ると丁度光り輝く角度になるらしく、この場所が一つの観光スポットとなってる一因だという。
「これは見に来て良かったな。」
「はい……ホントに綺麗です。」
「オレが元々いた世界の冒険者……まあ、冒険家って言うのか。その冒険家は、なかなか人間が行けないような場所に行って、そこにある未知のものを目にする感動を味わう為にやってる人もいるんだ。
オレもこれからこの世界で、もっともっと感動出来る景色や物を見てみたい。旅の目的が一つ増えたな。」
確かあっちの世界の冒険家ってスポンサー契約で生計を立ててるんだっけ?後は本を出したりとか……この世界じゃ無理だろうな。
「ウチももっともーっと色んな物を見てみたいのです。楽しみなのです。」
「私も……レイジさんと一緒に色々な景色を見ていきたいです。」
「だよな。あと、美味いものな。あまり辛くないヤツで。」
二人は笑顔で頷く。この笑顔は最高だよ。
「ところで、此処から街が一望出来るのは分かったけど、反対の彼処からは何が見えるんだ?」
オレが疑問を持ったのはこのヒルゼストから北を向いた時、今の美しい風景があったが、逆に南には何が見えてるのかだ。
百聞は一見に如かず。オレ達は早速確認しに行く。
その景色は、先程見た景色に勝るとも劣らない素晴らしいものだった。
そこに見えたのは【清恋湖】と呼ばれるこのファスエッジ王国最大の湖だった。
何故かこの湖だけ日本語で漢字表記なのか疑問は尽きないが、触れはしないでおく。
異世界でそんなこと考えるだけ無駄だからな。
その清恋湖の湖面が光輝き、魔法に掛けられたかのように見とれてしまった。
湖の左の方にはうっすらと街が見える。多分あそこがライトレイクの街だろう。まだまだ距離があるな。
そして街を見下ろすよりも、湖の方が距離があるように感じる。
多分この街自体が結構標高の高い所にあるんだと、初めて理解出来た。
次の目的地、ライトレイクに行けば、この清恋湖にも行けるだろう。
あと数日、この街で休息したら、あの街を目指すことになる。
「次はあそこを目指すからな。」
これらの景色を瞼に焼き付け、このヒルゼストを離れていった。