第107話 おもてなし
無事に子供達を保護する事が出来、今日も同じ獅子の咆哮亭へと宿泊に来た。
どうなるか分からなかったから一日分しか宿泊予定をしてなかったが、これなら数日分予約しておけば良かったな。
「あ、お客様!子供達を救って下さったのはお客様だそうで。本当に、本当にありがとうございます。」
オーナーのマーサを中心に、従業員が揃ってお礼を言いにフロントに集結していた。
まるで来るのが分かっていたような対応だ。
「いや、ギルドの依頼を受けただけなんでね。全然気にしなくていいですから。」
子供達の笑顔と技能の指輪という最高の報酬まで貰えたんだ。至れり尽くせりとはこの事だな。
「お礼になるかは分かりませんが、本日よりお客様の宿泊費は無料にさせて頂きます。本当にありがとうございました。」
「いやいや、それじゃあ経営が厳しいでしょ?お金は払いますよ。その代わりに食事に少々色を付けて貰えたら嬉しいかなーなんて……」
マーサや他の従業員はキョトンとした顔をした後、エルニエルを見た。
「はい。お任せ下さい。このコック長エルニエル、誠心誠意お客様への感謝を料理に込めさせて頂きます。」
「ありがとうございます。辛すぎない料理でお願いしますね。それじゃあ受付いいですか?」
「は、はい。こちらへどうぞ。」
休息とこの街の観光を合わせて4泊分の支払いを済ませ、昨日と同じ部屋を希望した。
「あの……三人でこの部屋では手狭ではないでしょうか?三人でゆっくりお休み出来る部屋もございます。そちらをご案内する事も出来ますが……」
「ベッドは少し狭いですけど、寝れない訳でもないし、問題無いですよ。」
「ですが、恩人であるあ客様に対し、せめてそれくらいのおもてなしくらいはさせて頂けませんか?」
ミルファとルナを見るが完全にオレ任せって顔をしている。
オレとしては本当に今のままで十分なんだよな。
手狭ってのは二人と密着して寝てるってことだ。この方がオレとしては嬉しいからな。
「とりあえずそちらの部屋を見てから決めてみませんか?気に入らないようでしたら元の部屋にご案内致しますので。」
「それだったら一度見てみるか。二人共それでいいか?」
「私はレイジさんと一緒でしたらどこでも大丈夫です。」
「ウチもなのです。」
だよな。そう言うと思ってたよ。
「じゃあ、それでお願いします。」
案内された部屋は、昨日泊まった部屋の倍以上の広さがある所謂スイートルームのようだった。
中の豪華さは、オレがこの世界に来て最初に目覚めた辺境伯の屋敷と比べても勝るとも劣らない、何とも贅沢な作りである。
部屋は全部で4部屋に仕切られており、共有スペースになる部屋以外の部屋にはベッドが完備されていた。その内一部屋はキングサイズの特大ベッドだ。三人で寝ても全然余裕だろう。
何より驚いたのが、風呂付きだった点だ。
まさかこの世界でジャグジー付きの風呂をお目に掛かれるとは思ってもみなかったのだから。
しかも浴槽も大きい。この風呂だったら、三人で入っても余裕があるだろうな。
「どうでしょうか?このお部屋でしたらお三方が余裕をもってお休み頂けるかと思います。
こんな事でしかお礼をする事は出来ませんが、我々に出来る精一杯のおもてなしで御座います。
是非此方にお泊り頂けたらと思います。」
「ホント凄い部屋だな。因みにこの部屋って一泊いくらなんですか?」
「いえいえ、お代はそのままで結構です。我々がしたくてしてる事ですから。」
そうなんだろうが、そうもいかないだろう。
ただ、こんな部屋に泊まってみたい気持ちもある。贅沢過ぎるのだろうけど、一回くらいはいいよな。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰っていいですか?五人全員でこの部屋に泊まらせて下さい。」
そう。五人全員でだ。
寝室が仕切られてるし、あちらの部屋もダブルより大きいベッドだった。
それならケント達もこっちの方がゆっくり寝る事が出来るだろう。
しかも風呂だってあるしな。
「え?いえいえ、あちらの二名様も此処までではありませんが、それなりに広い部屋をご用意致しますので、皆様で御一緒しなくても大丈夫ですよ。」
「いや、部屋は分かれてるし、集まれる場所もある。一緒の方が都合がいい事もあるので。
此処に五人でお願いします。」
「か、畏まりました。ありがとうございます。」
明日からの行動の話をするにしても、その方が都合がいいだろう。
こっちと向こうの部屋なら声も響かないだろうし。
差額は後でチップとして渡せばいいかな?いくらお礼だとしても、それに甘える訳にはいかないからな。払うものはしっかり払うのだ。
マーサは既に昨日の部屋に入ってるケント達を呼びに向かってる。
何故呼ばれたのか分からずこの部屋に来た二人は、この部屋を見て驚愕している。
それはそうだろうな。オレ達も驚いたんだ。ケントとメイもその気持ちを味わって貰わないと。
「なあ、ホントにいいのか?この部屋って貴族とかが泊まる部屋だよな?俺達には不釣り合いだろ。」
「床がフカフカなのです。」
「このソファ、凄く沈んでいきます。うわ……あ、凄い。」
ケントの言葉には誰も耳を貸さず、思い思いにこの部屋を堪能している。
勿論今回だけだと釘は刺しておく。
毎回こうだと思われたくはないからな。
豪勢な作りの部屋を隅々まで観てまわってるだけで辺りはすっかり暗くなり、夕食時となった。
「お客様、此処のお部屋は食事を運んで来る事も可能ですが、今回は食堂へ足を運んで頂いても宜しいでしょうか?」
マーサがオレ達を呼びに来た。
昨日は来なかったのに今日は来る。対応がガラリと変わったな。
いや、元々良かったのが更に良くなったな。別に元が悪かった訳ではない。そこはハッキリ伝えておこう。
これはエルニエルが腕によりをかけた素晴らしい食事でもあるのかと、期待せずにはいられない。
それと、お礼としてのちょっとしたサプライズでもあるのかもしれないな。
そんな事を想像していたのだが、現実はそれ以上だった。
従業員は勿論、今回救出した子供達とその家族が勢揃いでオレ達を迎えてくれたのだ。
更には『ぼうけんしゃさん たすけてくれてありがとう』と書かれた横断幕が掲げられている。
これは子供達で書いてくれたのだろう。『さ』が鏡文字なのが子供らしくて可愛かったりする。
「皆様、本日は大変ありがとうございました。細やかではありますが、ちょっとしたパーティを開かせて頂きました。勿論料理はエルニエルを中心としたウチの自慢の料理人が作らせて頂きました。是非ご堪能下さい。」
これこそがオレにとっての最高の報酬だ。
いや、本来なら金の方が良かったのかもしれない。でも今は金が有り余ってるからな。
懐に余裕があると、心に響くものが本当に嬉しくなるものだ。
「おにいちゃん!」
「イオナちゃん!来てくれたんだ。」
「皆様、冒険者ギルドから話は聞きました。何でも発見があと少し遅れてたら手遅れだったとか……皆様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。」
この人がイオナちゃんの母親か。相当不安な日々を過ごしていたのだろう。顔がやつれてしまっている。
これから家族で楽しい日々を過ごしていけば、この人の体調も良くなっていくだろう。
「おにいちゃん。イオナからのおれいをあげるね。すこししゃがんで。」
イオナちゃんの目線まで屈むと、ほっぺにキスをされた。何ともマセた子供だ。ありがたく受け取っておくか。
「えへへっ。おおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになってあげるね。まっててね。」
「そっか。ありがとう。約束だぞ。」
イオナちゃんは5歳って言ってたな。リンと同い年か。
リンは前世の時にいた娘だ。オレの……唯一の心残りだな。元気にさえしてれば別にいいんだけど。
両隣りの二人が凄く機嫌が悪くなってらっしゃる。
まさか5歳児に嫉妬?それはないでしょ!
「レイジさんは分かってないです。女性っていうのは生まれながらにして女なんです。年齢は関係ありません。」
「ウチもまだレイジくんとキスしてないのに……先を越されたのです……」
う、うん。ミルファとも最近はご無沙汰だったし、ルナに至っては一度もそういうの無いもんな。
後でしっかりフォローしておかないと。
メイは孤児院を辞めて数日だが、子供達と戯れるのが懐かしく感じているようだ。
そんな状況にケントは暇なのか、一人黙々と食べ続けている。
オレもとりあえず食べるか。凄い豪華な食事だからな。食わなきゃ損だ。
この日の食事はどれも最高に美味かった。辛さは抑えてるし、それでいて食が進む絶妙さにエルニエルの本気が伺える。
食べる物もしっかり食べ、程よく飲んだら早々に立ち去るとしよう。
此処の人達は此処の人達でいた方が楽しめる事もあるだろうし、オレ達も感謝は十分に貰ったしな。
後は好きに楽しんだ方がいいだろう。
オレ達が部屋に戻った後も食堂の騒ぎは暫く続いていたようだ。