第100話 いざ、旅立ちの時
この家、そしてロードウインズの仲間との別れの日。
普段通り起きて、普段通りの行動をしている。
起きたらそのまま風呂へ行き、軽く体を流したらウォッシュの魔法で綺麗にする。
ウォッシュだけでもいいのだが、何となく気持ちが落ち着かないので、今のスタイルになっていた。
風呂から出るとディルが茶を入れてくれている。
それを飲んでいると朝食だ。
記憶からオレが消える以前はこのような生活が続いていた。
最近はこの生活をする機会は無かったのだが、この日は知らず知らずにこの流れが出来ている。
少し懐かしくも、最後にこの空間が出来た事が嬉しく思う。
ミルファとマリーで作った朝食を食べた。
マリーの作る食事を口にするのは、これで最後なんだよな。
今までと違うのはその後の片付けだろう。
使っていた食器は持って行く事になったので、洗い終わるとそのままアイテムボックスへ入れていく。
そして、オレがこの家で一番お世話になった台所の掃除をしていく。
え?一番世話になったのは風呂やベッドではないかって?ベッドも浴槽もこの家ではないからな。
浴槽はエイルの手作りだし、ベッドに至っては持っていくし。
となると、やはり一番世話になったのはこの台所だろう。
10分くらい磨いた後は、クリーンの魔法で一気に汚れを落として終わる。
これは最初からこういう楽をしちゃいけないのだ。
感謝を表す為にも、自らの手でしっかり擦ることが大事だとオレは思っているからな。
エイル達の家財は全て置いていくようだ。
処分が面倒だと言ってはいるが、次に住む冒険者の初期負担を軽減させる為だとオレは知っている。
オレ達が使っていた部屋に当初置いてあったマリーの本の数々はミルファが貰ったようで、アイテムボックス内に大事に保管されている。
他にもエイルやディルの大事なものをアイテムボックスに入れてあり、いずれ何処かに定住した際に引き取りたいとの事だ。
最後にオレ達の部屋の物をアイテムボックスへと仕舞い込み、準備は整った。
この部屋にも随分お世話になったな。(性的な意味で)ありがとうございました。
ルナとの合流はギルドで行う事になっている。
長旅という事で馬車を購入し、それがギルドに届くように手配しておいた。
その馬車を引くのはなんとあの暴れ馬だ。
あんなのが馬車を引ける訳がない。オレも最初はそう思った。
しかし、あのスタンピード以降、別な馬じゃないのかと思うくらい大人しくなっていたのだ。
試しにギルドの馬車を引かせたら、一切の問題なく引けていた為、そのまま連れて行くことになった。
◇
普段より遅い時間なのにギルドが騒がしい。
トラブルでも発生して、出発できずにいる冒険者でもいるのかと思ったのだが、どうも違うようだ。
近づいてみると、その殆どが見知った人達だった。色々話が伝わり、オレ達を見送りに集まってる人々だ。
マッドネスサイスにブラッドローズ、ブリュードルにギルド長を始め今までお世話になった職員の人達。
ラッセルは流石にいないな。オーグストンの泣き顔とか気持ちは有難いが、ちょっと引いてしまう。
既に用意された馬車の前にはルナが待っている。
「遅いのです。随分待ったのです。」
「ごめん。掃除してたら遅くなったわ。」
ルナの怒った顔は初めて見たな。それでも可愛いぞ。
「ウチの荷物は後ろに積んだのです。何時でも行けるのです。」
オレ達の荷物はアイテムボックスの中なので、馬車の荷台に積む分は一切ない。
そのまま出発出来る状態だ。
ただ、いくら見渡してもケントの姿はないな。
一緒に来れないのは仕方ないが、見送りもないのは少し寂しくもある。
まあ、永遠の別れではないので、気落ちする事も無いだろう。
「ギルド長、色々お世話になりました。」
「こっちこそ。旅って事は色んな街のギルドに顔出すんだよな。
これを持っておけ。ギルドで問題に巻き込まれたりしたら、これを出せばある程度融通を利かせてくれるから。」
ギルド長から渡されたのは一通の手紙に見える。
隣にいた受付嬢が言うには、この手紙はロードプルフ冒険者ギルド認定の特別支援者証だという。
簡単に言えば、『これを持っている冒険者はロードプルフ冒険者ギルドで全面的にバックアップしてます。扱いには注意してください。』と、他のギルドに伝える為の手紙らしい。
いや、悪用し放題だな。しないけど。
ギルド長もオレ達は悪用しないと分かってくれたのだろう。ありがたく受け取らせてもらおう。
「デイジー!元気でなー!まだこのまぢに戻っでぐどぅんだぞー!」
もうオーグストンは泣き過ぎて何言ってるのかも聞き取りにくいな。
そんなに涙腺緩くなる年でもないだろ。
「オーグストンさん、その時は覚悟してよ。今までの比じゃない程の素材持ってくるから。」
それを聞き、真っ青になるオーグストン。ギルド長は苦笑している。
「レイジ。今だから言うけど、お前に支払った金は辺境伯への借金だからな。
まあ、既に他国の商人に色々売り捌いて真っ黒になってるけどな。」
ギルド長による暴露を聞かされ、少し悪いことしたかと思ってしまった。
よくよく考えたら今では利益がかなり多いって事だ。褒められても責められる事はないはずだ。
「今度会う時にはお互いゴールドランクでだな。楽しみにしてるぞ。」
ブリュードルはやっぱり気楽に話せる相手だな。
もう少し早く出会っていたかったかもな。
「オレはなりますけど、ブリュードルさんは大丈夫ですか?今のままじゃ厳しいよ?」
「うるせぇよ。そこはお互い頑張りましょうで終わらせろよ。」
この感じ。最高だな。
「分かってる?ルナを泣かせるような事したら絶対に許さないからな。」
ブラッドローズの新リーダーのレイを筆頭に全員がルナを心配している。
ルナはいい姉を持ったようだ。
「任せてください。責任もって面倒みますから。」
「そこは幸せにするとか気の利いた事は言えないわけ?」
そう言えばソニアは最初からオレとルナをくっつけようとしてたよな。
なんか掌の上で転がされた気分だ。
結果良かったからいいのかもしれないが。
「ソニアさんこそ、エイルさん達を宜しくお願いしますね。」
「分かってるわよ。……ルナをよろしくね。」
最後少し寂しそうな顔をしていたな。
ルナの事もミルファと同じように幸せに出来るように頑張ります。
「すまんな。ケントのヤツ、俺らより先に出て行ったはずなんだが……」
パウロに変わるマッドネスサイスの新リーダーのダニエルは、パーティを立て直す為に明日から活動再開するようだ。
ケントもこの人の下でこれからも頑張っていくのだろう。
「仕方ないですよ。ケントには宜しく言っといて下さい。」
「ああ。この街に立ち寄ったらパウロの墓にも顔出してやってくれ。」
「はい。」
ダニエルと握手を交わし、馬車の前に向かう。
「それじゃあ、元気でな。ミルファを泣かせるなよ。」
「あははっ、分かりました。エイルさんも、マリーさんを怒らせる事無いように。」
「無理じゃないか?俺が悪くなくても怒られるからな。」
「……ありがとうございました。」
「おう。間違っても死ぬなよ。」
溢れる想いを堪えながら、この約二ヶ月の感謝を伝える。
「マリーさん、ディルさん、ありがとうございました。」
「ミルファちゃんを大切にしなきゃダメよ。」
「じゃあな。」
技術的な事はこの二人に教わったんだ。
本当にお世話になった。
三人から受けた恩は大きすぎて、なかなか返せそうにないな。
「皆さん、行ってきます!」
三人で御者台に乗り、ギルドを後にした。
ギルドいた人達は見えなくなるまで手を振り続けていた。
「いい街だな。」
「はい(です)。」
街の街門まで来ていよいよ外へと出て行く。
今までも魔物を狩りに出ていたが、やはり気分が全然違うな。
なんていうか、旅立ちって感じだ。
「おい!そこの馬車!そのまま行くのか?」
突如聞こえた声。
門横の通用口の前にいる二人組が声を掛けてきたようだ。
「ケント?」
見るとそこにいたのはケントだった。隣に立っているのはローブを身に纏ったメイだ。
「ケント、見送りに来なかったからどうしたのかと思ったぞ。こんなトコで見送りか。」
「これだけの荷物抱えて見送りだと思うか?お前がしつこいからな。仕方ないから付いてってやるわ。」
見るとカバンを二つとリュックまで背負っている。
しかしメイは大丈夫なんだろうか。
「戦闘では大した役には立ちませんが、多少の回復は使えます。どうか私もお供させて貰えないでしょうか?」
メイの姿を見て想像はついていたが、本当に二人で一緒に来てくれるようだ。
「実は私とルナちゃんでメイさんに話をしてみたんです。その時は断られたんですけど……」
どうやら買い物の最中、オレとケントが離れてる間にそんなやりとりがあったとか。
でも、断られたのにどうして来てくれたんだ。
「ケントが行きたい気持ちを押し殺してるのが目に見えて分かるんです。私がその足枷になってるのが分かっちゃって。
でもね、ミルファちゃんに誘われてその日一日考えたの。次の日、孤児院には辞める旨を伝えたわ。
昨日はケントを説得するのに大忙しよ。」
「俺の我儘にメイさんを振り回すのが心苦しかったんだよ。でも、付いて来てくれたことには本当に感謝してる。
俺だってパウロさんの仇を取りたいからな。レイジと一緒にいるのは何よりの近道だ。ミルファがそれを証明してる。」
やはりこういうトコには異常にな程頭が回るな。
まあ、それに関してはオレの力は関係ない。ミルファの努力ってだけだ。
メイが居るならミルファの立ち回りが変わり、戦力的にも増すだろう。
最初は冗談交じりで話していたが、実際に加わると本当に助かる。
後はどれくらいの回復能力があるかってだけだが、それは今後鍛えればどうにでもなるだろう。
五人パーティも慣れているからオレはやりやすいし、大歓迎だ。
「二人共ホントにいいんだな。」
「おう!」「はい!」
「じゃあ、これからよろしくな。ケント!メイ!」
ケントとメイ。二人を馬車に乗せ、オレ達はこの旅の第一歩を踏み出した。
レイジの記憶にある、ゲームのような冒険のその幕が上がったのだ。
一応第1章はこれで終わります。
次回、小話をはさみ物語は第2章へ!
お楽しみに~!