第99話 最後の晩餐
この家で、ロードウインズとして過ごす最後の日。
オレは朝早くから台所で色々仕込みをしている。
昨晩の食事はオレの希望で食楽亭での食事となった。
この街で最初に泊まった宿であり、大人気店でもあるこの店を最後に食べておきたかったからだ。
エイル達からは、「その分明日の食事はレイジの作った最高の食事な。」などと言われ、オレは朝から仕込みに入っている。
ファスエッジダンジョンで作っておいた調味料の中にはケチャップや各種ソースがある。
これらを使ってトマトソースを作っているのだが、これがなかなかの出来だ。
先ずはこれを大量に作っておこう。今日消費しなくても、これからいくらでも必要になるだろうからな。
そこから一部をミートソースにしていく。
トロルとオークの合い挽き肉を使ったミートソースだ。格別な味になるだろう。
これを夜までずっと煮込んでおく。
皆ハンバーグが大好きだからな。
ここらで煮込みハンバーグでも作ってみよう。
ハンバーグそのものも美味いだろうが、煮込みソースもしっかり作るのだ。絶対美味しくなるだろう。
この煮込みソースを作っててオレは思った事がある。
これってデミグラスソースになるんじゃね?
何で今まで気付かなかったのだろう。
これは間違いなくデミグラスソースで間違いない。鑑定してもそう出てるし。
これを使えばハヤシライスも出来るんだよな。
この際だから作ってしまおうか。
と、軽いノリで、ハヤシライスも作る事にしたのだ。
デミグラスソースも夜まで煮込んだ方がいいだろうな。
ここで二種類も煮込むとなったらスペースが足りなくなる。
そこでオレが考えたのが、鍛冶用の炉を錬成して鍋を煮込めるように改造してしまう事だ。
これで台所には余裕が出来ただろう。
この鍛冶場の奥ではミルファが調合に精を出していた。
この家を出れば、暫くは調合を出来るような環境は無いだろう。
そう思ったミルファはスキルレベルを上げるのもそうだが、今後の為にポーションや解毒薬、気付け薬など知ってるレシピで使えそうな物を片っ端に制作しているようだ。
それにしても凄い汗の量だな。何か飲み物でも用意してやるとするか。
氷魔法で小さな氷を用意し、水の中に投入。基本家の水は地下水を引っ張ってきてるのである程度は冷たいが、ここまで冷たいのはなかなか飲めないだろう。
「ミルファ、頑張ってるな。水持ってきたぞ。」
「ありがとうございます。いただきますね。」
一目見て、入っている氷に気付いたミルファはオレに笑顔を見せてから口をつけた。
「冷たっ。生き返りました。ありがとうございます。」
「程々にな。倒れるなよ。」
「はい。」
戻ろうとすると、炉の前にディルが立っていた。作ってる最中のデミグラスソースを真剣に眺めているようだ。
ディルはこのパーティで一番料理スキルのレベルが高い。
この見た事のない料理が相当気になるのだろう。
「やっぱり気になりますか?」
「ああ。後ででもいいから教えてもらえるか?今後はレイジが居なくても作れるようにならなきゃいけないしな。」
「勿論ですよ。もし手が空いてるなら手伝ってもらっていいですか?」
「ああ。何でも言ってくれ。」
とは言っても、こんな午前中から作り始める訳にもいかない。
なので、オレ達が持っていく料理を作って、アイテムボックスに収納しておく事にしよう。
それらを作りながらディルに教えていき、味見までしてもらっておけば、今後ディルがエイルやマリーに振舞う事が出来るだろう。
「ふむ。」「これは……」「おお!」
言葉数は少ないながら、ディルはそれらを一口食べる毎に感動を表している。
まあ、大半は肉料理なんだけどね。
元々のオレの知識がそれしかないのだから仕方ない。
そろそろ夕食の準備に取り掛かってもいい時間だろう。
鍋に油を入れ温めていく。作るのは揚げ物である。
最後の晩餐だ。どうせパーティーみたくなるならオードブルは必須だろう。
前菜のオードブルではなく、日本ならではのパーティーテーブルに出されるつまみの盛り合わせ的なオードブルがいい。
フライドポテトや唐揚げ、エビフライに卵焼きなど結構な種類を作った。
ウインナーなど定番でも作る事の出来ない物も多少あったが、問題ではない。
因みにエビフライは、この街で捕れるシュプリンクラブという蟹足が其々エビの味がする、一風変わった魔物を使用している。
小麦粉を捏ね、錬成でパスタ麺にしていく。
その種類は様々で、普通のロングパスタからペンネやファルファッレなどのショートパスタも用意。
エイルも錬成を使えるので、ディルに教えておけば何時でも作れるはずだ。
これと同時にハンバーグを焼いている。
実はディルが相当な腕前なので、これは任せてしまっている。
そして、最初に作っておいた煮込みソースに投入し、煮込んでいく。
そしてパスタを茹でていくのだが、よくよく考えたらこれだと生パスタだ。多分仕上がりはフェットチーネのような感じだろうか。まあ、問題ないだろう。
ハヤシライス用の米は既に炊き上がってるのがアイテムボックスにあるのでこれで問題ない。
うん、凄いな。一日料理だけをしていたなんて初めての事だ。
最後だし、美味いもの食べた方がいいからな。全然アリだろう。
出掛けていたエイルとマリーも帰ってきた。
ミルファも既に調合は止めて盛りつけを手伝っている。
ロードウインズ最後の晩餐だ。目一杯楽しむとしよう。
飲み物はアイテムボックス内のキンキンに冷えたビールだ。
料理に使って余ったワインもディルが飲んでいる。
今回作った料理も全てが好評だ。
一日掛けて作った甲斐があったな。
ディルは作り方を覚えたのか、かなり追求されている。かなり真剣に作り方を見ていたので、多分大丈夫だろう。
しかし、飲むペースが早いな。500ml缶で30缶くらいいってるぞ。ストックがピンチになってしまう。
これはおいそれと簡単に入手出来る物ではないからな。今後は節約しなければ。
いいだけ飲み、皆がいい感じに出来上がった頃、エイルがオレとミルファを呼んだ。
「レイジ、ミルファ。お前達はこれでロードウインズを卒業だ。
それでだな。マリー、頼むわ。」
「レイジくんとミルファちゃんにこれを渡すわ。」
マリーがオレ達に手渡したのはお揃いチョーカーだ。いや、ラリエットと言うのか。
革で作られたネックレスのような、首から下げる装飾品だ。
飾りになっている装飾は羽をモチーフとしたもので、多分ロードウインズを表した作りに見える。
「お前達が此処にいた証明みたいなもんだな。短い間だったけど、ありがとな。」
オレもミルファもそのラリエットを首にかけ、エイル、マリー、ディルと向かい合う。
「オレ達こそ、この期間に沢山の事を学ばせていただきました。
ありがとうございました。」
心から感謝をしている。
目が覚めた時この街にいて、最初に出会った冒険者がこの人達で本当に良かった。
オレはエイルとしっかり握手を交わし、再び飲み始めた。
最後になるこの時間を噛み締めながら。