『彗星』
前回のあらすじ
お手!
①
背中を替々に任せた尾方はステップして戦場を軽く俯瞰する。
「さて、あと誰が来てる...?」
瞬間、鋭い殺気が尾方の体を一閃する。
反射で身を翻した尾方の寸での所を神速の刃が通り過ぎる。
「ッッとと。容赦ないねキヨちゃん」
膝をバネにふわりと着地した尾方は顔見知りに挨拶をする。
「流石ですね尾方さん。私の初太刀をかわせる人は天使にだってそう居ませんよ」
「おかげ様でなんとかこれぐらいまではね」
尾方はにへらと緊張感なく笑う。
「...尾方さん。投降するつもりはありませんか?」
「あらら、なんでまた?」
「知っているんでしょう。この作戦のこと。分かっているんでしょう?」
「うん。知ってる。そして分かってる」
「...だったら」
清の言葉のとおり、幹部達はともかく、戦闘員の人数差は凄まじく。
既に戦場の情勢は傾きかけていた。
そんな事は、もちろん尾方の目には現実としてしっかり認識されている。
「でもね、キヨちゃん」
諦められないんだよ。
先ほどと違って酷く乾いたような笑顔。
計り知れない感情を押し潰したような。
苦い苦い。
笑顔。
清はその顔を見て、奥歯を噛み締める。
「尾方さん...私は...」
「うん、分かってる」
「でも、私は...」
「大丈夫、わかってる」
大天使は大太刀の柄に震える手を添える。
「戒位第三躯『正義』の天使、正端 清」
「メメント・モリ『戦闘員』、尾方 巻彦」
手の震えが止まり。
清の目に正義が宿る。
刹那。
清の手が柄に触れるか触れないかの刹那。
彗星が飛来した。
スタジアムの中央。
巨大なクレーターと轟音を伴って現れた影は、煙の中でゆらりと揺れる。
瞬間、煙が吹き飛ばされ。
「戒位第二十九駆ッ!!『筋肉の天使』筋頭 崇ッ!! 推ッ!! 参ッ!!」
中から筋骨隆々の大男が現れた。
「おじきッ!? なんで!?」
戦闘中の國門もこれには顔色を変える。
そう、メメント・モリの幹部達はあの暴力を知っている。
問答の埒外。
理外の筋力を。
悪魔一同に絶望の色がよぎる。
悪いどころじゃない旗色が、これではさらに悪く...
「事情により悪魔に味方するッッ!! 許せよッッ!!!」
はい?
快活にとんでもない言葉を言い放った筋頭に、再度戦場が凍る。
しかし、
「ぬんッ!」
軽く振るった重い一撃が天使の一団を薙いだ時、それは現実だと誰もが悟った。
「おう、尾方の。久しいな?」
事も無げに尾方の後ろに跳躍してきた大男は快活に笑う。
「えーっと、筋頭さん? お気は確かで?」
尾方は片手で頭を押さえながら呆れ顔で言う。
「応ともさ! 諸々承知の上よ!」
何の憂いもないかのように大男は笑顔を崩さない。
「一応聴きますけど誰の差し金です?」
「ん? 替々のジジイ。見事言いくるめられたわい!」
こりゃ一本取られたとばかりにまた笑う。
尾方が替々を呆れ顔で観ると、鎖をかわしながらこちらに手を軽く振った。
「筋頭さん...これ詐欺です。申し訳ない」
「応ッ! 諸々覚悟の上よ! 気にするな!」
「...」
尾方は口を紡ぐ。
全力で闘ったからこそ分かる。
この男の性根。
言葉ではなく行動で現天使の体制に物申してきた。
だからではなく。
私と闘った事で彼は決めてしまったのだろう。
この選択を。
だとしたら自分は―――
「尾方の」
思い悩む尾方に筋頭は笑いかける。
そして、
ズッパァァァァン!!
ビンタした。
数メートル飛んだ尾方は数瞬の気絶から目覚める。
「いっっった!?? えッ!? 痛ッ!? え!? 痛い?? えっ??」
この世の痛みとは思えない痛みに尾方は混乱し転げまわる。
「目は覚めたか?」
「意識が墜ちてましたが??」
涙目の尾方は若干キレぎみである。
しかし、筋頭は満足げに言う。
「尾方! 俺はいずれ『こう』していた! 良いのだ!」
自分に言い聞かせるように筋頭は言う。
「でも今じゃなかったんじゃないです? 機会を窺っていたんでしょう?」
頬を擦りながら尾方は言う。
「応ッ! だがな! 所詮は俺の我侭だ! その我侭がこの機会ならお前たちの助けになるのだろう? 正に一石二頭よ!!」
「石でなにを仕留めてるんですかね...」
尾方は立ち上がり呆れ顔に戻る。
「...ところでなんでビンタしたんですか?」
「ノリよ! なんかあるだろう? そういう時!」
尾方の体育会系嫌いが加速する音がした。
「じゃあもう無理難題吹っかけますよ筋頭さん」
「応さッ!」
構えなおす二人。
「筋頭さんはキヨちゃんのお相手と。戦闘員の手薄な箇所の救援を頼みます」
「心得たッ!!」
「...いや二つ返事て」
「俺の筋肉なら雑兵への手出しなど片手間よ。わかっちょろうが?」
むんッと巨大な力こぶを光らせる筋頭。
「...そうでしたね。では、後任せます」
「応ッ!!」
ズンッと足を地面に沈める筋頭。
そこへ後ろを向いた尾方が付け足す。
「あと、どうも。気合入りました」
それだけ言うと尾方は跳躍した。
筋頭は満足げに笑う。
そして、
「さて、待たせたの清さん」
戦場に向き直る筋頭を。
半身で待つ正義が対峙する。
「俺が勝ったら按摩券貰おうかのう」
ゆったりと腕を回す筋頭に正義は真顔で応えた。
く