『睦首劇団』
前回のあらすじ
ヤの付く人、やっぱりガテン系
①
さて続いてはこの人、睦首劇団の副団長にしてメメント・モリ特務大使、搦手 収。
彼? 彼女? の動向について目を向けてみよう。
ところ変わってここは悪道邸。
そこには、エプロンを身につけ、家の掃除に勤しむ家政婦の姿があった。
「今日もいい天気ねぇ♪」
失礼。なかった。家政婦の姿などなかった。
あったのは何故かピッタリのハート柄エプロンを身に着けたオネェの姿であった。
彼女は家主が不在なのにも関わらず、せっせと部屋という部屋の掃除に精を出していた。
そこへ、目に隈を蓄えた葉加瀬が心底眠そうにやって来る。
「ふわぁ~ぁ、おやようございますッス搦手さん。今日もお掃除ッスか? 精が出ますなぁ」
鼻歌交じりに窓を新聞紙で拭いていた搦手は振り返る。
「おはよう葉加瀬ちゃん…ってその目、また夜通し作業してたわね。駄目よ、まだ若いんだからしっかり寝なきゃ」
「ふあ...中々そうも行かないッスよ。これでも技術顧問ッスからね。やることはやらないと」
そう言うが、葉加瀬は心底眠そうにキッチンのテーブルに座り、頬杖をつく。
「もう、あんまり言わないけど無理しすぎちゃ駄目よ。はい、これホットミルク。ふーふーして飲んで♪」
「合点承知ッス...ってこのメニュー、寝かしに来てるッスよね?」
「貴方に耐えられるかしら...?」
「意味もなく試しに来てる風...!」
二人がわちゃわちゃしていると、
「ただいまー!」
玄関から元気な声が響いてくる。
そして洗面台から手洗いうがいと思われるガチャガチャとした音がやむと、二人の居るキッチンに入って来る。
「帰ったぞ。おお、葉加瀬と搦手殿か。留守番ご苦労であった」
声の主は家主である少女。悪道姫子である。
「あら、お帰りなさい姫子ちゃん。珍しいわね、一人?」
家主を出迎えた搦手は、コップを用意しながら言う。
「うむ、尾方と居ったのだがな。なにやら借りアパートの後処理があるとかでワシを家の前に置いて逃げおった」
「あらあら、相変わらずつれないわね、我が組織の大黒柱様は」
「全くじゃ」
姫子はふんすとキッチンの椅子に深く座る。
「はい、お茶で良かったわよね姫子ちゃん」
「うむ、ありがたくいただくぞ」
暖かいお茶を出された姫子は一心地つく。
「ふう、身体がポカポカじゃ。して、葉加瀬はなぜにうつらうつらと船を漕いでおるのじゃ?」
「うう...罠だったッス...こんなの...耐えられないッスよ...」
しっかりとホットミルクを飲んだ葉加瀬は、重そうな瞼を必死に支えていた。
「あ、葉加瀬ちゃん。布団なら居間に敷いてあるからそこで寝るのよ?」
「そこまで準備済みなんて...勝ち目はなかったんスねぇ~」
そう言い残した葉加瀬はフラフラと居間の方へ消えていった。
「うむ、察するにまたハカセは無理をしておったのだの。気にかけてくれて感謝するぞ搦手殿」
「いえいえ、これぐらいお安い御用よ。うら若い乙女の柔肌を護るのは大人の義務だもの」
「柔肌は兎も角、ハカセは我らが組織の頭脳であるからのう。いつでも万全であって欲しいものだ」
どこからか取り出した煎餅をいい音で噛み砕いている姫子。
その様子を搦手はにこにこと眺めている。
「ところでじゃが」
「なにかしら姫子ちゃん?」
「尾方から話は聞けたのかの?」
「話...?」
「旧メメント・モリの話じゃよ。そもそもそれを交換条件に同盟を結んだのであろう?」
「ああ、あ~...そうだったかしら? そうだったわね確か。うん」
「??」
搦手のハッキリしない反応に怪訝な顔をする姫子。
それをかわすように搦手は事も無げに言う。
「まだ聴けてないわ。でも、機会があったらでいいわよ。そんなに急いでないもの」
「そうなのか? 組織の存続に関わる話だったと思うたが」
「うーん、それもそうなんだけれどねぇ...」
搦手はどこか歯切れの悪い様子であったが、少しすると何かを思いついたように手を叩いて言う。
「あ、そうだ。代わりに姫子ちゃんに教えて貰いたい事があるんだけれど。いいかしら?」
「ん? ワシにか? 別に構わんが...なんじゃろ?」
掃除の手を止めた搦手は姫子の方に向き直る。
「貴方は、メメント・モリをどんな組織にしたいのかしら?」
予想外の質問に、虚を突かれた姫子は少し考える。
「どんな...? どんな組織か...ふむ...」
その様子を、搦手はニコニコと微笑んで見ている。
「あ」
思い悩んでいた姫子がぽつりと言葉を零す。
「なにか思いついたのかしら?」
「い、いや、思いついたと言うかなんというか...のう」
「いいわよ。大丈夫。私はどんな答えでも本心が聴きたいの」
搦手に促され、姫子は口を開く。
「...居場所じゃ」
「居場所...?」
「皆の...、あー...尾方の? 居場所...だったり...」
「あら、あらあらあらあら」
搦手は口角を上げに上げる。
「い、いや、組織を私物化して願いを叶えようって訳じゃないんじゃよ? 組織を大きくするのは言わずもがなじゃろ? 天使と戦うのもそうじゃ。で、それ以外にどんな組織にしたいかと言われるとじゃな? 最初に思いついたのがこれでな? いや、考えればいっぱい出てくるんじゃよ?」
姫子はワタワタと大忙しに両手を動かしながら言い訳をしている。
しかし、少し俯くと言葉を紡ぐ。
「最初に尾方に会った時。尾方はな。信じられないかも知れんが。こんなワシにさえ、組織の面影を追っておった。渇望じゃよ。擦り切れておった」
姫子の視線はどこか遠くを見ている。
「これは驕りかも知れんがな。今の尾方はどこか。充実している様に見えるのじゃ。まだちっぽけなこの組織でじゃよ?」
ニカッと笑うその笑顔はどこか大人びて見える。
「だからワシは、恩人である尾方に。ワシの夢を笑うどころか共に歩んでくれる尾方に。報いたい。そう、思ったのじゃが...」
ここまで話して姫子は恥ずかしくなってしまったらしく。顔を覆って机に沈む。
「どう...かの...? いや、なにを長々と...ご静聴...? 傾聴...? アリガトウ...ナノジャ」
もはや最後の方はよく聞き取れない。しかし、それを観ていた搦手は心底嬉しそうに微笑んでいた。
「うふふ...うふふふふ」
心の底から愉快そうに搦手は笑う。
「それが聴けたらもう十分よ! そう、もう十分! 私は、この組織の為に全てを賭けられるわ!」
ひっそりと顔を上げる姫子。
「大仰じゃよ搦手殿...ワシの個人的な願いはそこまで気にしなくていいんじゃよ...」
「いいえ! 賭けるわ! 全ベットインよ!」
いいながら、搦手はエプロンを無駄にスタイリッシュに脱ぎ、畳む。
「じゃあ、姫子ちゃん。私少し行く所が出来たから、夕飯までには帰るわね」
「むむ、そうか。いってらしゃい。気をつけて行くんじゃよ」
「はいはいー、いってきます」
自分の発言を反芻しているのか、どこか上の空の姫子。
それを尻目に、搦手は悪道邸足早に後にした。
②
「やぁ、戻ったかい搦手。待っていたよ」
ここは悪魔組織、睦首劇団のアジト。その団長室。
ここに顔パスで入る事が出来るのは、この組織において二人。
団長【写楽 明】
副団長【搦手 収】
だけである。
故に、この場で話しているのは自然と二人に絞られる。
「写楽ちゃん。お話しいいかしら?」
搦手は、部屋に入って早々に口を開く。
「モチロンさ副団長」
「私、メメント・モリにつくわ」
スパッと、その意志に隙間が無い事を悟らせるように、搦手は言い放つ。
「その心は?」
返答が予想の外でもなかったらしく。写楽は事も無げに質問する。
「心の底から可愛いと思った子の愛い愛いしい願いを聴いたの。このせっまい世界でもそれは育まれているのよ。捨てたもんじゃないわ」
「きっと、広い世界にはそれが溢れているよ?」
「だからって、あの子の願いは色褪せない」
「分かっているのかい? メメント・モリにつくと言う事は...」
「天使につく睦首劇団を敵に回すってことでしょう。分かってるわよ」
写楽は顔を伏せ、少し溜息を吐いてから続ける。
「...天使の中にね。特定の未来を知覚できる正装を持っている奴がいるんだ。それで、サービスだって僕と君を視てくれた」
「そ。ラッキーアイテムだけ教えて貰えるかしら」
「君は死ぬ。そう遠くない未来に。他人の願いの為に死ぬなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。こっちで引き続き楽しくやらないかい?」
今度は搦手が溜息をする。
「死ぬからって理由で自分曲げれるんだったら悪魔やってないでしょ。私は殉じたいって思える人の願いを見つけたの」
「それは楽しいのかい?」
「心底楽しいわよ。今だって意味も無く笑っちゃいそうなぐらいにはね」
「そうか。だったら仕方が無いか」
「そうよ。仕方がないの」
二人の間に長い沈黙が流れる。
しかし、暫くして搦手は踵を返した。
「じゃあね。お世話になったわ団長さん。天使寝返りに不賛同の一部構成員は連れてっていいわよね?」
「ああ、好きにしてくれ元副団長。彼らはもう組織員じゃないしね」
「そ。ありがと。それじゃあ元気でねぇん」
ヒラヒラと手を振り部屋を後にする搦手。
写楽はその姿を黙って見送った。
無論、天使からは反発者を消すように言われていたが、
「あの搦手の最期がそんなのなんて。楽しくないしね」
そういうと一枚の手紙を懐から取り出し。使者に持たせた。
後日シャングリラ戦線を騒がせる。同盟の承諾書である。